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第十六話 ウィンウィン



「おい。そんなことより他の奴隷はどこだ」

「他の奴隷?」


 あの女を数に入れたとしても6人しかいない。いくら小さい船だとしても航海当直だけで手一杯だろう。


「全部売った。金は貰いそびれたけど命があるだけ儲け物だ」

「確かに航海士はアルシャだけだけどね」

「ECDIS航法を使えば楽なもんさ。アタシに、バーブとボコハも運動魔法適性だから」

「荷運びや船底掃除などの重労働は仕入れた奴隷にやらせるからな。藻や貝は付くが暫く放置しても問題ない」

「エクディ……なんだ?」

「エクディス航法だよ」

 

 座標魔堰を連打して位置座標を海図にプロットし続ければ、星読みなんか必要無い。素人でも予定航路にピタリと乗せられるという身も蓋もない航海術だ。


 座標魔堰は魔力消費が激しいと聞いたが、3人の適性者たちは特に問題ないと胸を張る。


 経験に重きを置く年嵩の船乗りには毛嫌いされている邪道らしいが、アルシャはその考え方はもう古いとバッサリ断じた。


「ロートルはお呼びじゃないさ。なんたって彼の偉大な大英雄がご考案なさった画期的な航法なんだ」

「……また大英雄か」

「聞いて驚きたまえ! 私はニイタカ大使閣下に会ったのだ! 直接お会いしてお酌までして! お声を掛けて頂いた! どぅだ参ったか!」

「また始まったよ。スヴェンの自慢話だ」

「すげぇ羨ましい。何回聞いても羨ましいじゃん」


 何処にでも出てくる大英雄。語られる偉業はどれも英雄っぽくないものばかりだ。

 

「大英雄の何がいいんだ?」


 その瞬間、場の空気が凍りついた。


(――っ)


 不覚だ――気圧された。


 もし同等以上の力を持つ相手だったならば、僕の敗北が確定していた。


「ヤクト君。申し訳ない。大人気ないとわかっていても譲れないものはある」

「…………」

「この気持ちを理解してもらえるとは思わないが、どうか配慮してくれないだろうか」

「……わかった」

「ありがとう。私たちはあのお方に救われたんだ。今だからこそわかる。正しく……本当に正しく救っていただいた」

「わかったから落ち着け。深呼吸をしろ」


 こんな丹田は見たことがない。


 激しく渦巻き体内で暴れ狂う気は命を削って燃え盛り、呼応する感情は度し難い怒りだった。


「今もこの目に焼き付いてる。月明かりの揺らぐ海に立ち去るお姿がね……」

「始めはわけがわからなかった。その場で土下座できなかった自分を悔やまない日は無い」

「みんな一緒っしょ……全部終わってから気付くんだ」


 全員が何かに深く呑まれている。それを有り難がっている。


 大英雄はコイツらに何をした。


「あと……何が足りないんだろうなぁ」


 スヴェンの呟きは怖気が走るほどに恐ろしく、胸の奥を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。


「ほらほら! この話はおしまいだ! まったく寄って集って……大人気ないなんてもんじゃないさ!」


 パンパンと手を叩いて空気を変えようとするアルシャの言葉に、気を取り直した面々が僕に頭を下げてきた。


(なんだ……何を考えてる?)

 

 それでも尚、さらに恐ろしいのはアルシャだった。


 他が怒りに呑まれて丹田を回す中で、この女だけは一拍遅れて最も激しく気を乱し、深い哀しみに猛っていた。


「僕にはわからない」

「はは……それが普通だ。ヤクト君は悪くない」


 嘘の無い善良なスヴェンの笑顔も同じくらいに恐ろしい。


 これが人間というものなのだろうか。


 だとしたら、僕はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。



**********



「私たちはウィンウィンの関係になれると思う」


 両手の人差し指と中指を立てたスヴェンはチョキチョキと指を動かし、わからないことを言い出した。


「ニホン語でね。『自分も勝ち、相手も勝つ』って意味があるの」

「商売では取引を行う双方にメリットがあり、円満な関係を築ける状態のことを言うんだ」

「双方が勝つ?」


 商売とはどちらかが負けて損をするものだと思っていたが、ヘルメスにやられたような状況はゼロサムと呼ばれ、ウィンウィン以上に珍しい。


「というか、それは商売ではないよ」

「詐欺だよね」

「そんな高精度の偽造エン玉があるなんてね。スヴェンも騙されんじゃないよ?」

「エンは二度と受け取らない。そもそも、私はニホン人が嫌いだ。ニイタカ閣下をまるで自国の英雄みたいに……度し難い連中だ……」

「やめろ。それやめろ」


 また丹田が変な回り方を始めるスヴェン。気持ち悪いからやめてほしい。


「――うっく」


 安楽のツボを軽く突いて気を抜かせ、偽エン玉から連想された大英雄の話を打ち切った。


「……スヴェン? 突然どうした?」

「…………」

「お、おい……スヴェン!? 死なないでぇ!」

「――はっ!?」

「……おいアンタ。アタシをおちょくったのか? あ?」

「えっ!? アルシャ? なんで怒ってる? え?」

 

 少し強く押しすぎてしまった。一瞬だけ気が飛んだスヴェンをアルシャが看取りかけた。


(やっぱり難しいツボだ……封じ手にしよう)


 僕のツボ押しが見えた者は居ない。見えないようにやったので当然だが、加減を間違えて殺してしまったらウィンウィンにならない。


「で? どうウィンウィンなんだ?」

 

 詐欺はともかく、商売において何が利益を生むかは人それぞれの立場や状況によって異なる。


 だからこそ協力体制を組むメリットも生まれるのだとか。


「ヤクト君は奴隷に堕とされた遊女たちを助け出したい。そうだったね?」

「まぁ……そうだ。僕が欲しいわけじゃないけど」

「若衆が遊女のために……泣かせるじゃん」

「さすがは遊郭の若衆だ。幼くとも漢気がある」


 遊女や若衆に対する評価が異様に高い気もするが、この際それは置いておこう。コイツらの変な部分は魔女の魔法よりも読みづらい。


「私たちはできるだけ多くの人間奴隷が欲しい。中継島で最も多くの奴隷を囲っているのはあの奴隷商だ。私にチンピラを嗾けて黒いのごと攫おうとした張本人さ」

「敵じゃないか。無理だろ」

「私たちだけなら無理だ。でもヤクト君が手を貸してくれるなら可能になる。私が最初に商機だと思ったのはまさにそこなんだ」


 聞かされたウィンウィン作戦の詳細は確かにどちらにもメリットしかなかった。


 それだけではなく、あの奴隷商人にも相応のメリットがある。


 ウィンウィンウィンの状況を作ってやれば必ず乗ってくると言うが、それは得られる奴隷の人数にも寄るだろう。


「そこは私に任せてくれたまえ。落とし所を探るのは得意なんだ」


 ムヅキに許可を得なければならないと言うと、了解を得られたら明日の正午に桟橋まで来てほしいと言う。


「ブリーダーの話は報告しないでくれると助かる。商売には第一印象が大事だからね。鋭い君には通用しなかったみたいだが」

「……わかった」


 居住区から出て甲板へ向かうと『黒いの』が半分のヤシの実で木甲板を磨いていた。


 1人で働きながら、女はニコニコと笑っている。

 

 それを横目に通り過ぎて桟橋へ渡り、僕を見送るため付いて来ていたスヴェンに疑問を投げ掛けた。


「なんで『黒いの』なんだ?」

「ははっ。それは明日のお楽しみさ」


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