第十四話 海の行商人
「ひぇ〜……君って強いんだねぇ」
強烈な女の匂いを感じて降りてみれば、無闇やたらに丹田を回す変なヤツらと、妙な感じの弱い男と、さらには匂いの元が居た。
「その女は何だ?」
とりあえず五月蝿いほど元気な連中を追い払い、女の近くにいる男に問うてみたが、この男の気配も今までに感じたことの無いものだ。
顔の造形がベルさんを彷彿とさせるものだったこともあって、少しだけ興味が湧いた。
「これは商機だ!」
「勝機? その女がか?」
「あっ。違う違う。いや……別に違わないのか。でもね! 私の言う商機とは君の事だよ!」
何か思いついたように掌を打ち、口角を引き上げて人懐っこい笑みを浮かべる男は喜んでいた。
(……なんだコイツ)
喜んでいるように見えるし、実際その通りなのだろうが、まったく気が乗っていないのだ。丹田は激しく回っているがそれは元からそうであって、状況に応じた変化が見えない。
「まずは自己紹介をさせてくれ。私の名前はスヴェン。しがない商人だけど、世界を股にかけるしがなさだ。君の名前を教えてくれないか?」
「ヤクトだ。自前の船を持ってるってことか?」
「おっ! 鋭いねぇ! 持って回った言い方をしてカッコつけたのに恥ずかしいじゃないか」
スヴェンは小さな貨物船を所有しているらしいが、船舶の個人所有はなかなかできることじゃない。
「廃船間際の老朽船だけどねぇ。古い馴染みと協力して何とかやり繰りしてる」
昔は大陸で荷馬車を引いて行商をしていたらしい。なかなか芽は出なかったが、人魔戦線の折に北方で剣や盾を売り歩いていたら奇跡的な出会いに恵まれたのだと自賛し始めた。
「まさに命懸けの商売だったがその価値はあったんだ! 私の馬車が拾ったお方はなんと! 先々代の皇帝陛下だったのだよ!」
皇帝とは大陸にある世界一大きい国の王様のことだ。先々代というのが微妙な感はあるものの、きっと稀有なことなのだろう。
戦後に入り、先々代皇帝を旧帝都――現在の学園都市まで送り届けた功績でたんまりと褒美を貰い、それを元手に荷馬車から貨物船に乗り換えて海運業に乗り出した。
「船が小さすぎて穀物も鉱石も割に合わないからねぇ。価値あるものを自分の足で探して他島で売ってと繰り返すだけだ。結局やってることは昔とあまり変わらないな」
今の自分は海の行商人だと胸を張るスヴェンは船乗りでもある。
船舶管理会社に運航を委託する余裕も無いので自ら船長の真似事をやり、乗組員も自前で揃えたと言うが、それも簡単なことではないだろう。
「言っただろ? 古い馴染みさ。知り合いの何人かが船員をやっていたから雇い入れたんだ。みんな同郷だし、気も合う連中だから快諾してくれたよ。給料は激安だけど」
「最低10人は必要だろ」
「おお。よく知ってるね。足りない分は奴隷で補ってる。人間奴隷なら格安で手に入るから」
船持ちの商人。自ら出向いて商品を仕入れる。奴隷も使う。
怪しげな女の顔が脳裏に浮かんだ。
「ヘルメスって女商人を知ってるか?」
「いや、知らないな。商品は? 何を扱ってる人?」
「知らないならいい」
嘘をついている顔ではない。スヴェンは徹頭徹尾、本音で語っている。少なくとも今のところはそうだと思う。
コマ師のような人を騙すことに長けた人間もいるが、スヴェンにはあの男みたいな軽妙さは無いし、ヘルメスは完全に別格だ。
「さて、自己紹介はこの辺にして、そろそろ本題に入ろうか」
飄々としているように見えて根っこのところでは素直。しかし、同時に頑なな何かを抱えている。
スヴェンという人間のよくわからない部分はベルさんに近い気がした。
「商人というのはね、欲しい人に、欲しいものを、欲しい時に売るのが仕事だ。ヤクト君は何が欲しい?」
欲しいものなら色々とあるが、ここで聞かれているのはざっくばらんな物欲の話ではないだろう。
しかし、たった一つの明確な何かはまだ無くて、それは探しても見つからず、まだ見ぬ女に可能性を感じて島を出たわけだが、今の僕には即答できない。
「奴隷にされた遊女の身柄」
ならば今現在、目先で最も必要としているものを望んでみようと、そのように答えた。
「だと思ってたよ」
スヴェンはわかった風な口を聞いてカッコつけているが、これは絶対に嘘だ。予想外の注文だったのか今になって必死に脳みそを回している顔が見て取れた。
「ヤクト君。今から時間ある?」
「あるぞ」
「私の船に招待する。君の欲しいものも手に入るかもしれない」
落ち着ける場所で作戦会議だと言って、女に立つよう命じたスヴェンは先に歩き出し、はたと立ち止まると僕を振り返って――、
「商業港はこっちだよね? あと道中のチンピラは任せていいかな?」
我に続けと言う割に情けないことを宣った。
**********
「ようこそ。貨物船スヴェン号へ」
「そのまんまだな……というか嘘つけ。まだ乗船してないだろ」
中継島西岸の波止場に張り出す桟橋はどれも船でいっぱいだった。
着桟している船同士の距離も近く、潮目が変われば危険ではないかと思われるほどの混雑ぶりだ。
桟橋にいた僕たちが舷梯を登って乗り込んだ船は貨客船ブラック・ホェールズ――スヴェン号じゃなかった。
「これは大丈夫なのか?」
「いい場所だろう? 沖合いがよく見えるんだ」
「それはいいことなのか?」
「ははっ! 見ろ! 船がゴミのようだ!」
遠くの錨地で待たされ続けている多くの他船を見れば、多少の優越感は得られるらしい。
いくつかある桟橋の1つに左舷付けで2重係留されている2隻の大型船のさらに右舷側。陸側にいる他船の動静次第で動かなければならない面倒な位置を割り当てられたスヴェン号は、聞いていたとおりの小さな船だった。
スヴェンは他所の船の甲板を横切り、舷側を乗り越えて自船に向かって歩いていく。
「どーもども! お疲れ様です!」
「はいよ〜!」
「とっとと通れ! 椰子ずりの邪魔だからよ!」
「はいはい! ちょっとお邪魔しますよっと!」
働く船員たちと挨拶を交わしながら船を渡って、2隻目の右舷から見下ろす位置にスヴェン号が浮いていた。
左隣に並ぶ2隻と比べると、全長50メートルに満たない古めかしい木造の船体が余計にショボく見える。
「ちょっとスヴェン! どこ行ってたのよ! こっちは食糧の積み込みやらで大変だったんだからね!」
「ただいまラム。お客さんだよ」
「お客って……どういうこと? 仕入れは? またアルシャにどやされたいの?」
持ち船に帰るなり乗組員に叱られる船長。
情けなさに拍車が掛かるが当のスヴェンはどこ吹く風だ。
「ちょっと想定外の事態に見舞われた。彼は私の命の恩人だ。丁重にもてなししてくれたまえ」
「――何があったの?」
僕はスヴェンに案内されて居住区へ向かうが、ラムと呼ばれた女の鋭い視線を背中に感じる。
(結局……あの女は何なんだ?)
一言も声を発さず、笑って付いてきた強烈な甘い匂いを放つ女。
ずんぐりした衣服を着込んだまま甲板に突っ立って、笑いながら海を見ていた。




