第十三話 どんくさい商人
ムヅキは紙に何やら書き付けながら、頭をガシガシ掻いて筆を置き、メモ用紙を火鉢に焚べた。
「ダメざんす……どうやっても店が存続できんせん」
「なんでそんなに助けたいんだ?」
「主さんにはわかりんせん」
ムヅキはどうあってもコマ師の被害者たちを拾いたいらしい。
最低でも再び遊女として働けるように整えたいと言うが、既に奴隷商人と隷属契約を結んでいることが問題だった。
「おそらくは『逃げるな』……他にも『檻に戻れ』などの命令をされてんす」
「あんな檻すぐに抜けられる。戻らせないように匿えばいい」
「無理に助けたら苦しめるだけ……最悪の場合は死ぬざんす。確実を期すなら主人の方を――」
「僕は殺さないからな」
冗談だと肩を竦めるムヅキにもそのつもりは無いらしい。閣下に呼ばれて基地を訪うたびにアイゼから殺気を向けられるのだとか。
「アイゼは覇気も殺気も使わないぞ?」
「わっちはよく知りんせんが、殺してやろうと思えば出るものが殺気でありんす。とあるお方の名言ざんす」
「覇気はどうやって出す?」
「潰してやろうと思えば出るだろ……との事にござりんした」
ハリッシュの言っていた扱うとはそれを指しているのだろうか。アイゼがあんなものを使うとは思えないし、僕は見たことがない。
「女とはそういうものでありんす。ようよう覚えておきなんし」
やはりわからないが、ムヅキの言葉には船長の忠告にも通ずるものがあった。
ゴーイング・ブラド号は旅客と穀物を乗せて既にドラントへ引き返した。アイゼに請われた閣下の計らいもあり、出港に際して少しばかり融通が利いたらしい。
「なんだかんだで鉄血姫の異名は伊達でありんせん。閣下ですら無碍にはできないほど故、わっちもかのさまの意に沿わねば……やれやれ」
あの閣下が自分の女に殺気を向けられて黙っているとも思えないが、雇い主であるムヅキが描く青図にはアイゼの存在が邪魔であり、間接的に僕も助けられているということだろう。
「せいぜい優しくしてあげなんし」
「当たり前だ。アイゼには特に優しくしてる」
「……アレを毎晩?」
「気が変になるまではな。変な気だからそこでやめてるけど」
「よほどコマ師ざんす……」
暫くは様子を見るしかないと、遊女たちが売られていないか毎日確認する仕事を命じられた。
「ついでに奴隷商の弱みも探ってきなんし」
「注文の多い女だな」
「さっさと行きなんし。夜は別の仕事が待っていす」
「ちっ……はいはい」
「ハイは1回「はい」……よか。行け」
「ちっ!」
「舌打ちすんな!」
最近の僕の夜勤――コマ師集団の調査、および黒幕の洗い出し、からの証拠集めである。
普通の若衆ならとっくに逃げ出しているとか、仕事の内容がおかしいとか、このままだと危ないから辞めとけとか。
(ワチキに鞍替えしろ……とか。今日で何人目だっけ?)
ムヅキ以外の遊女が妙に優しいのが気になるところだ。
こっそりと手渡される金や食べ物はすべて貰っているが、それらと一緒に押し付けられるコンドームが謎だ。
どういう意図があるのかわからないし、僕には使い道が無く、売って儲かるような値段でもない。
とりあえず、アイゼに贈ってみたら嬉しそうだった。何が嬉しかったのだろう。
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奴隷市場の奥まった裏路地で、賊に追われる2人組が居た。
「待ちやがれコラぁ! 逃げられると思ってんのか!」
1人は中年の男だ。僕と歳が近そうだし、似たような平凡な顔立ちは如何にも非モテ属性で親近感が湧く。
「走れ走れ走れ! 私に続け!」
とにかく足を回す男は後方を振り返りもせず端的な言葉だけを送り、追手を巻くため更に隘路へ入っていく。
もう1人は男か女かもわからない。前を走る男と同じくらいの背丈だが、とてもおかしな身なりをしていた。
肩から足首まですっぽり覆う大きすぎる貫頭衣には長い袖が付いていて、手指の先まで袖下に隠されている。
その上からこれまた大きなサイズの外套を羽織り、付属のフードで頭部を丸ごと包んでいて、首から肩にかけて幅広のマフラーでぐるぐる巻きにしている。
鼻まで隠すマフラーとフードの隙間に覗く双眸は何故か笑っていた。
「どこ行きやがった!? コソコソとネズミみてぇに!」
「しらみ潰しだ! どうせ裏路地から出られやしねぇ!」
呼びにくいので変な格好の方はフマフラーと呼称しよう。
男とフマフラーは薄暗く狭い裏道を通り抜けて、大きめの貯水タンクの陰に身を隠した。
「参った。まさかこんな雑な手で来るとは……悪い商談じゃないと思うんだけど」
体格を見れば自明だが、男は戦う者じゃなさそうだ。走りにくそうな服を着込んだフマフラーよりも鈍足で、我に続けと言う割に後続の足を引っ張っていた。
「やっぱり100人は欲張りすぎたか? でも最初は値を吊り上げるもんだし……ってそういうことじゃないのかな。おっと、もう少しそっちに退きたまえ」
どんくさい男の指示に粛々と従うフマフラーは何も言わず、ただ眼だけは笑っている。
2人が隠れた場所は一見して見えにくいだけで逃げ道の無い袋小路だった。我に続けと言う割に男は土地勘が無かったらしい。
「そっちはどうだった?」
「いや居なかった。スラムに逃げたわけじゃなさそうだ」
追手の男たちの声は着実に近づいてきている。どんくさい男は冷や汗を垂らして青い顔をしているが、フマフラーは相変わらず無言で笑っているだけだ。
笑っていられる状況ではないだろうに、正直言って気味が悪い。
「え~。こっちがスラムだと思ったのに……こりゃあ詰んだか?」
男の針路は本当に当てずっぽうだったようだ。複雑に入り組んだ路地裏を適当に駆けていれば迷うのは当たり前だが、よりにもよってこんな開けた袋小路に迷い込むとは。どうやら運も無いらしい。
「いや、諦めるのはまだ早い。こんなところで終わってたまるか。あと少しなんだ……たぶん」
独り言の多い男は両手を固く結んでブツブツと祈り始めた。諦めない心意気の結果が神頼みとはまったく呆れる。この世に女神は居ないのだ。
「――様……どうかご加護を。よし……いざとなれば殺傷を許可する。だが、私の指示があるまでは待機したまえ」
神頼みが終わるや不穏なことを言い始めた。フマフラーが男の切り札であるかのように聞こえるが、当人はニコニコ笑っているだけで声を発さず、動揺した素振りも見せない。
「ここかぁ~! ほら居やがった! 余所者が逃げられるわけねぇだろ!」
「大人しくしろ! 素直に引き渡せば悪いようにはしないと仰せだ!」
「ふざけるな! 私が主人の間だけだろ! こんな違法行為をやらかして生かして返すわけがない!」
どんくさい男が威勢よく叫ぶ。貯水タンクの陰に隠れながらではあるが、続々と集まってくる屈強でガラの悪い男たちにも臆さぬ点は見事だ。
「私のひと声でケリが着くんだからな! お前らみたいなチンピラに半魔の相手が務まるものかよ!」
「クソ商人! 状況を見てものを言え! 2、3人やられてる隙にテメェを締め上げれば済むだろうが!」
何となく状況が見えてきた。フマフラーはどんくさい男の所有する半魔奴隷なのだ。
よく観察すればわかるが、瞳の色は青緑で目元や目蓋の肌は薄紫色をしている。どちらも魔人の有する特徴を受け継いでいた。
「は、はんっ! ただの半魔じゃない! 魔血の色濃い半魔だ! 2、3人で済むを思ったら大間違いだからな! あと私の逃げ足は物凄いからな!」
「は、はったりだ! 今時そんな半魔が居るものかよ! あとテメェの逃げ足は超遅えから! まだまだこの倍の人数が来るぞ! 諦めろボケ!」
虚勢の応酬が続く。追手の方も若干びびっていて、フマフラーの魔血が濃いと聞かされ逃げ腰になるチンピラもチラホラと。
「許可しよっかなぁ~! 殺傷ぅ! 許可しちゃおっかなぁ~!」
「テ、テメェ! そりゃ違法だろうが!」
「お前らが言うなぁ! このチンピラどもぉ!」
矮小な男たちの口喧嘩は佳境を超えてダラダラと続き、遂にチンピラ側が覚悟を決めた。
「全員! 精力を振り絞れ! 一気にかかるぞ!」
「元気があれば~! 何でもできる! 行くぞ~!」
「「「イーチ! ニぃ~! サーン!」」」
「うわっ!? お前らスサノース教徒かよ!」
「「「「「んだぁあああああああああああああああ――っ!」」」」」
無用に元気なチンピラたちが貯水タンク目掛けて駆け出し、
「「「「「どわぁああああああああああああああ~~っ!?」」」」」
上から降ってきた第三者にぶっ飛ばされた。
「なんだ? お前ら?」
近道して民家の屋根を走っていたヤクトの登場である。




