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第十二話 隷属魔堰



 僕はムヅキの命令で再び奴隷商館へ来ていた。


 とはいえ、用があるのは立派な屋敷の方ではない。


 屋敷の裏手に建ち並ぶ平屋へ入ってみれば、木の格子が嵌め込まれた牢屋が並んでいる。


(外にいる連中より酷い)


 狭苦しい檻に10人ほどの奴隷が詰め込まれていて、同じサイズの牢屋が左右に10ずつ並んでいた。


 5歳に満たない子供もいれば、胎の大きく膨れた女までいる。


 あんな奴隷が売り物になるのか知らないが、僕が今までに見てきた中では最も人間らしさから遠い存在だ。


(人間は人間を家畜にするのか……食べるわけじゃないだろうけど)


 平屋の数は全部で5棟あり、あの奴隷商人は単純計算で1000人もの奴隷を飼っていることになる。


 ムヅキから渡された似顔絵を元に対象を探してみると、最近になって身請けされた遊女たちのほとんどが首輪を着けられて檻の中にいた。


 コマ師に騙されて奴隷に堕とされたのだろうが、これだけの人数を閉鎖的な遊郭から連れ出すにはコマ師の方も相当な数が必要だろう。相手はコマ師の群れなのかもしれない。


 養生処にいた遊女たちと同じように気の萎えている人間ばかりだが、その中にあって歯を食いしばり、大きく膨れた胎をさする女は別だった。


 問題は常人以上に丹田を回す女の不自然な気の流れにある。


(隷属魔堰の効果なのか?)


 隷属契約を結んだ相手の命令に背いたり、自ら外そうとしたりすると苦痛を与える魔堰だそうだが、具体的にどのような苦痛なのか気になるところだ。


 平屋からの帰り際、せっかくなので屋敷に忍び込み、魔堰保管庫から隷属魔堰を1つ盗み出した。

 

(試すなら……)


 やはりアイゼしかいないだろう。



**********



 基地に戻ってアイゼの部屋に押しかけた。アユーは何やら閣下を手伝っているらしく不在だ。

 

「嫌だ! 絶対に嫌だからな!」

「少し試すだけだ。すぐに外せばいいだろ」


 隷属魔堰それ自体はただの道具だ。ヘクサ・オルターとは根本的に違うが、ひょっとすると類似性があるかもしれない。


「ちょっと命令してくれたらいいんだ。僕はそれに歯向かうから」

「どうしてもって言うなら私に着けてくれ! ヤクトを奴隷になんかしたくない!」

 

 それだと苦痛の具合がわからないじゃないか。これは単に僕の好奇心なのだ。

 

「王族たる私が奴隷に……あぁ……どんな命令されちゃうんだ」

「だから逆だって」


 押し問答の末に半ば無理やり隷属魔堰を着けさせて契約してみた。特に何も感じない。


「私はなんてことを! でも、私がヤクトのご主人さまか……あぁ……どんな命令にしよう」

「とりあえず簡単で明瞭な命令にしてくれ」


 アイゼは室内をウロウロ行ったり来たりしながら悩みに悩んだ挙句、やっと最初の命令を決めた。


「私を抱きしめるな」


 命令に背けば契約の効果が発動するはず。隷属魔堰が光って苦痛が訪れるらしい。


「あっ……逆らわれちゃった♡」


 抱きしめても何も起こらない。ちっとも痛くないし、苦しくもならず、さらにキツく抱きしめても変わらない。


「次だ。もっとわかりやすい命令にしろ」


 隷属魔堰は主人に逆らう奴隷の存在をどうやって感知しているのだろう。そこが大きな謎に思える。


「わ、私の乳を揉むな。手荒に揉むな。揉みしだくな」


 手荒く揉みしだいてやった。思いっきり逆らっているのに、どれだけ揉んでも苦痛が来ない。


「程度の問題かもしれない。僕の匙加減で結果が変わる命令は無しだ」

「ハァハァハァ……あぁ……凄まじい匙加減だった」


 アイゼの命令は色々とおかしいが、愉しそうなので好きにさせることにした。


 様々な『するな系』の命令に逆らい続けたが結果は同じ。主人が奴隷に命じるものとしてはよくある条件付けな気もするが、隷属魔堰はまったく仕事をしてくれない。


「うほん……す、少しだけ趣向を変えよう」

「どう変える?」


 今までとは違って僕に主導権を与えないような命令をすると言う。いまいちピンとこないが好きにさせてみた。


「んっ……ごぐりっ」

「すごい唾飲んだな? どうした?」

「ゆ、ゆくぞ」


 意を決したアイゼの放った命令はと言えば――、


「動け」


 非常にわかりやすい端的なものだった。


(なるほど)


 これなら僕は動かないだけで命令に逆らえることになり、装着者の個人差は一切無く、隷属魔堰も誤認しようがない状況だ。


「動く……いや動け。動けよ〜」


 アイゼがじりじり迫ってきた。


 動け動けと言いながら僕の胸板を撫で始める。口も動かしてはいけないだろうから『何してる?』とも聞けない。


「動け。動けヤクト」

「…………」

「動け動け……動けぇ……」


 片手が背中に回って引き寄せられ、もう一方の手の指先が脇腹を滑る。こそばゆい。笑ってしまいそうだ。


「フゥフゥフゥ……動け……あぁ……動け」

「…………」

「あぁ……やっちゃう? やっちゃうのか私? 動け」


 アイゼの鼻息が荒い。耳元でブッフブッフと豚みたいに。笑わすな。動いちゃうだろ。


「動くにゃあ! ――えいっ! ……ふぉおおお〜っ」


 即座に動いてアイゼから離れた。


「なんで動いた!? やっと触れたのに!」

「最後に動くなって言っただろ」

「ああっ!? 千載一遇のチャンスを……あぁ……でも触っちゃった」

「僕の急所に触れたことは褒めてやる」

 

 男にとって最大の弱点を防御しないなんて殺してくれと言っているようなものだ。


 アイゼは僕のナニに触れた。何か違う気もするが、その事実は素直にすごい。


「ヤクト。もう一回……動け」

「いや、もういい。ここまでやってダメなんだ」


 この隷属魔堰は不良品だったのだろう。


 魔堰には故障も多いと聞くし、保管庫の施錠が厳重な割に保管方法は雑だった。


「なぁ〜。ヤクトぉ〜」

「僕は仕事に戻る」

「――あっ!」


 首から外した隷属魔堰を床に叩きつけると、粉々に砕け散って黒い砂に変わった。魔堰は壊れると必ずこうなるのだ。


「……ちぇ」


 砕けた隷属魔堰への未練をありありと浮かべて、爪先で砂を蹴るアイゼは不服そうに唇を尖らせている。


(僕を奴隷にしたくなかったんじゃないのか?)


 やはり女はよくわからない。


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