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第十一話 コマ師



 無音歩法で男を尾行し、やって来たのは島の東部の内陸寄り。湖とスラムの間にある奴隷市場だった。


 路上に引き出されている男。


 薄い古岩香水の匂いを放つ女。


 人間に混じってチラホラ見かける半魔。


 いずれも首に無骨な輪っかを着けている。この一帯に漂う不自然な気配の源だろう――隷属魔堰だ。


 周囲を気にする男は大きな屋敷の前までやってくると、玄関の扉を叩いた。


「最近の駒師はいい仕事をする」

「今日は銀将を持ってきた」


 扉越しに交わされる変なやり取りは何かの暗喩だろうか。男の真後ろに立っている僕には何の意味も無い。


(やっぱり鈍い。よく生きてられる)


 男と一緒に招き入れられた屋敷の廊下を進み、応接室まで入り込んでも気配を消した僕に誰も気付かない。


「身代金は?」

「350で手を打ちました」

「ふむ……質を考慮すればまあまあだ」


 壁際の調度品として化している僕を無視して、屋敷の主人と思われる男と身請人の男が向かい合っていた。


「だが、その身なりはなんだ。我が商館を訪ねるというのに」

「これぐらい勘弁してください。大事な商売道具ですよ。イメージは絞り切った平民とスラム住民のギリギリ平民側。これができるのは私だけです」

「そんなことを聞いているのではない。整えてから来いとクレームを付けているだけだ」


 商館とやらの主人の方は頬の垂れた豚のような容姿をした初老の男。


「それこそ勘弁してください。わざわざスラムを経由して来てるんですから」

「ここにスラムの空気を持ち込むな。何故そこまで警戒する?」

「遊郭の小鬼の噂を知らないんですか? 神出鬼没すぎて帝国情報部の手先じゃないかって話です」

「貴様のような子悪党を相手にするものか」

「ですよね。それは冗談ですけど、お化けはいますよ。若くして死んだ若衆の霊かもしれません」

 

 戯けてみせる身請人の男はまだ若く、服装を改めればかなり見栄えがいい。


(僕みたいな強いイケメンは論外。ひ弱そうで()()()()イイ男が遊女のツボ……だったか? よくわからないけど)


 ここ最近は昼夜を問わず遊郭の内外を嗅ぎ回り、見聞きした情報をムヅキへ報告すると共に、遊女たちに危険が迫れば必ず助けている。


 それが僕に与えられた仕事だった。指示が大雑把すぎると文句を言ったら「ちゃんと助けろ!」と怒鳴られた。


(無理強いで交尾されるのも危険の内って……先に言え)


 店の中でも起こり得ることで、特に安い店では多くある危険だと言うが、合意の上で無理強いすることを愉しむ連中もいる。


「やめてやめて」と叫んでいたから助けてやったら、「商売の邪魔するな!」と女の方に怒られた。


(嗜好……イメージプレイ……セックスを盛り上げる要素……)


 どの女の説明も意味不明だ。


 人間の交尾は七不思議の1つだったが、もしかすると最大の不思議かもしれない。遊郭で働き始めてから女の謎は益々深まるばかりだった。


「旦那ぁ〜。もうちょっと色つけてくださいよ。こちとら数ヶ月も通い続けて経費だってバカにならないんです」

「人間奴隷の市場は下火でな。持っているだけでニホン人から白い目で見られるらしい。こちらも薄利なのだ」

「今回も後払いで?」

「当然だな。こちらはリスクを冒して身代金を用立てているのだから。成功報酬としては……こんなものだ」


 そこそこイイ男は奴隷商人の差し出した通貨魔堰の数字を目にしてガックリと肩を落としている。

 

「はぁ……世知辛い世の中になったもんだ。どっかに半魔の遊女でもいませんかね?」

「くだらん……あり得んな。破滅願望を持つ変態にしか売れんだろう。女郎屋にとっても望ましくない」


 人間よりも半魔の方が高く売れると言って溜め息を吐く奴隷商人はポロポロと愚痴をこぼした。


 ニホン国が世界中から半魔奴隷を買い漁っているせいで価格が吊り上がり、逆に人間奴隷の相場は下がり続ける。


 半魔奴隷の売買に乗り遅れた奴隷商は次々と潰れているらしい。

 

「貴様らの商売は遊女に限った話でもないだろう? 野生の半魔をコマしてみればいい。それなら高く買ってやる」

「冗談ですよ。決まってるでしょう? コンドームでも防ぎ切れるかわからないのに……半魔専になったらお終いじゃないですか」

「それは何より。こちらとしても息の長いコマ師の方が信頼できる。今後も良い取引を期待する」

「毎度どうも。お引き渡しの目処がついたらご連絡します」


 人間の生き方の多様性には本当に感心する。


 それは得てして金儲けの手段となって現れるが、コマ師の強さは僕には真似できない種類のものだろう。



**********



「駒師? ああ……コマ師……そういう意味でありんすか。遊女の敵ざんす」

「どうする?」

「殺してやりたい気分ではありましが、それを主さんにやらせるとわっちがお姫様に殺されんす」

「人間は殺さない。食えないからな」

 

 今となっては僕にもベルさんの発言が冗談だったと理解できている。


 食おうと思えば食えるのだろうが、人間社会でそれは禁忌とされて然るべきだ。人間は家畜ではない。


「その外道の顔を覚えておりましか?」

「ちょっと待て」


 男の顔を思い浮かべて紙に模写してみた。


 一昨日のこと、この店の遊女の1人に身請けの誘いがあり、今日がその女の身代金の支払い日だった。


 ここ数ヶ月のうちに遊女の身請けが相次いでおり、怪しんだムヅキはその遊女と店の女将を説得して一芝居打たせたのだ。


「こんな感じだ。化粧を剥がしたらこうなる」

「うまっ!? ここまで覚えられるもの!?」

「人間の顔なんか一瞬で覚えられるだろ」


 肉体の膂力で遥かに及ばない獣を相手にするのだから、知恵を凝らして工夫しないと勝てるわけがない。


 戦いながら有利な状況を導いてやるには、周囲のコマ送りの変化を見落とすわけにはいかないのだ。


「顔が昨日よりむくんでるぞ。乳が崩れ落ちる前兆じゃないか?」

「あり得ないほど失礼ざんす! 意味もわかりんせん!」


 幸いなことに店は金を受け取っただけで、女の身柄はまだここにある。


 身支度を済ませるために3日の猶予を設けることは遊郭の慣例であり、それを無碍にするような野暮な男に遊女は靡かないのだとか。


「ムヅキ。よくやってくれた。女郎組合でも探ってはいたんだが……連中はなかなか尻尾を掴ませなかったんだ」

「おかさん! あの外道の〇ン〇マ潰してよかざんす!?」

「やめときな。アンタだって半分わかってたことだろう」


 さすがは高級遊女というべきか、コマ師に狙われた女は気を落とすどころか猛り狂っていた。


 他の遊女たちも興味津々で仔細を聞きに来ている中で、やれ粗チンだっただの、やれ回数が少なかっただのと悪口を言い、自分の値段が350万ムーアぽっちで済むわけがないだろうと怒り、皆で嘲笑って丹田をぐるぐる回している。


「暫く泳がせて楽しむざんす」

「「「それは面白うござりんす」」」

「ひひっ……お身代は返さないからね」


 ムヅキの助言があったとはいえ、今回は店と遊女が一枚上手だった。


 金だけ取られて女を引き渡せないあのコマ師がどういう運命を辿るのか、考えずともわかるというものだ。


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