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第六話 遊女ムヅキ



 時刻は深夜を回り、基地での宴会が一段落して帰途に付く女たちと北へ向かって歩いている。


 閣下の許しを得たムヅキに連れられやってきた場所は、湖と基地の間にある塀で囲まれた一画――中継島の遊郭だった。


「僕の仕事は何だ?」

「ヤクトにはわっちの子飼いとして働いてもらいす」


 隣を歩くムヅキも含めて、この女たちは噂に聞いた遊女という人種らしい。


 細かいことは知らないが、ベルさんが言うには普通の女と上手くいかない男に安らぎを与える職業だそうだ。ムヅキに確認したら笑ってその通りだと頷いた。


「なんで基地に居た?」

「わっちらは高級遊女でありんす。故に、おゆかり様からお呼び出しが掛かれば、こうして塀の外まで出向くこともござりんす」


 普通の遊女が塀を越えることは許されない。


 遊女たちは文字通り遊んでいるわけではなく、莫大な借金を返済するために日夜務めを果たすことで生きている。


 幼い時分に借金のカタとして売られて遊郭に入り、そこで一人前の遊女に育てられ、やがて客を取って稼ぐようになるが、稼ぎのほとんどは店に納めなければならない。


 働き始めるまでに必要なものを店から与えられ、それらはすべて借金に上乗せされる。その元本には大きな利子が掛かっているため自力で完済して抜け出すことはほぼ不可能だ。


「遊女が足を洗う道はたった1つ……お客に見初められて身請けされることでありんす。さもなくば心身を病んで、最後はスラム堕ちざんす」


 スラムとは東岸の悪臭漂う一画を指しており、あの場所に居た連中のほとんどは様々な理由で負け続けた人生の敗者。


 普通の生き物は負ければ死んで喰われるだけだが、人間の場合は負けても何だかんだで生きていけるということだろう。


 道理で僕が知らない気配を放つわけだ。

 

「ミウケって何だ?」

「ふふっ……そのうちわかりんす。遊郭は金と色がすべての地獄の1丁目……ベルさんがおっしゃっていたのは華やかな表の貌のことざんす。強いヤクトには裏を担ってもらいんす」


 ムヅキは宴会で見せていたものとはまったく違う顔で遊郭の門をくぐり、後に続く遊女たちも同じように冷めた様子で煌々と灯りが漏れる建物の間を進む。


「今日はもう遅うござりんす。店に着いたら休んでおくんなんし」

「わかった」


 もちろん呑気に寝るなんてあり得ない。一晩かけてこの場所をしらみ潰しにして、まずは職場環境を把握しなければならないだろう。


 こうして僕の中継島初日の夜は更けていった。



**********



 遊郭には遊女だけでなく、若衆と呼ばれる男たちが居た。


 若衆というのは遊郭で働く若い男の総称であり、その中身は千差万別。個々に立場や役割りが異なり、勤め先も様々である。


 遊郭全体をまとめる楼主や各女郎屋の主人に雇われている者もいれば、遊女個人に従っている者もいる。


 僕の立場はムヅキの子飼いの若衆。つまりムヅキに従って動き、ムヅキから稼ぎを得ることになる。


「ヤクト。新素材の卸問屋に行きんすから着いてきなんし。護衛ざんす」

「営業か? 朝から飲むやつがいるのか?」

「基地が半壊しんしたから資材が必要でありんしょう?」

「ムヅキに関係あるのか?」

「かなりの量になりんす。閣下が仕入れやすいように整えておきまし」


 昨日の後始末ということらしいが、遊女の仕事からはズレている気がする。そこまで面倒を見る必要があるのか疑問だ。


「空港の拡張工事がいつまで経っても終わりんせん。あんなもの……旅客の数を考えればこれ以上不要と言うに」

「クーコー?」

「自治部会に食い込んでいるドラントの思惑が働いているのでありんしょう。鉱石と一緒に取れる石材はVLFSsに必要な材料の1つでありんすから」

「ブイエル……なんだ?」


 随分と博識なムヅキの話を聞いているうちに、僕はとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。


「ぶふっ! ふふふは……くふふ……! ヤ、ヤクト……笑わすな……ふひぃ!」

「……本気か? あの大型鳥が……人間の乗り物?」

「ふはっ! あははは! 大型どりぃ〜!」


 そういえばアイゼも中継島まではヒコーキで来たとか言っていた。


(なるほど……飛行機か)


 世界各地にある空港から空港へ、空を飛んで人や物を運ぶ乗り物らしい。


「ドラントにはまだ空港が無いから驚くのも無理はありんせんが……」

「初めて見た」

「だからと言って……鳥と間違えるのはどうざんしょ? 賢いのかバカなのかわからねえ子でありんす」

「なんだ……乗り物なら食えないじゃないか」

  

 そう言ったらまたムヅキに大笑いされた。


 朝から食べ物にありつけたので文句は無いが、やはりいざという時に狩る生き物が居ない島は落ち着かない。


「ちっと出てきまし」

「ムヅキの姉さん。お気をつけて」


 普段は塀の外に出られないはずの遊女でありながら、門番を務める若衆はムヅキを止めなかった。


 若衆の半纏を着込んだ僕が同行しているから、と言うわけでもなさそうだ。


「この遊郭でわっちに逆らう間抜けはおりんせん」

「そうなのか?」

「すべては閣下のお力でありんす。ヤクトがいるからお付きも減らせて、わっちも動きやすうなりんした」


 あの基地のボスの女だから他の男も手を出さない。わかりやすい話だが、女を守るにも色々とやり方があるようだ。


「閣下はわっちの間夫でありんすから」

「マブって何だ?」

「……好きな男という意味合いざんす」


 どうにもわからない。ベルさんが遊郭に行けと奨めた理由も謎だ。


 地獄の1丁目という表現が当てはまるのかもピンとこないが、遊郭という場所は男と女が放つ数多の匂いが充満していて気持ち悪い。


 はっきり言って大嫌いな場所だった。


 夜明けまでに見て回った限りでは、そこかしこの建物の中で個室に入った男女が寄り添って眠り、場合によっては無防備に交尾していて吐き気がした。


 山狼が交尾する際にはもっと神経を尖らせているものだが、強い個体も最中なら比較的楽に狩れる。寝込みに次いで大きな隙だ。


(ホント……よく生きてられる)


 湖畔の舟屋で渡し舟に乗って対岸へ向かう。行政地区にある商店街に用があるらしい。


 島の中心にある湖に漕ぎ出した渡し舟が、その真ん中に差し掛かった辺りでムヅキに聞いてみた。


「なんで遊郭にいる?」

「……遊女だからでありんしょう」


 ムヅキは閣下のことを好きだと言って尽くしているが、閣下の方はそう思っていないんじゃないだろうか。


(もし、アイゼがあの場所に居たら……)


 想像しただけで気持ち悪くて、アイゼを買うであろう客と店の人間を殺したくなった。


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