第五話 閣下と火弾女
直線的な豪速球を囮に曲線軌道を描く変化球が左右から襲い、異なる直径の円弧を描いてぐるぐる回る複数の『火弾』が退路を塞ぐ。
(サボってない。ちゃんと脳みそ回しながら戦ってる)
気合と根性で渾身の一撃を放つのもいいが、それをどの機会に繰り出すか――常に変化する戦いの流れの中で最も有効に手札を切ってこそ、勝ち筋を見出せる。
最善は相手が動く前に、こちらを認識する前に一瞬で仕止めることだが、その戦法を人間社会で使う機会は滅多に無いだろう。
使ってもいいが、それをやるとアイゼが泣く。
(姿を見せない。後手に回らされた)
この敵はその手段があることを理解している。
だから建物の影に隠れて魔法のみを晒し、『火弾』の発射点も散らして自分の位置を秘匿している。
(だけど移動しないのは悪手……できないのか?)
魔法も剣術と同じで一定の流れがあり、不規則に見えて各個の『火弾』は1つの意思に沿って動いている。
僕を取り巻き牽制し続け、この場に釘付けにしようとしている『火弾』の行使者の目的は時間稼ぎだ。
建物の裏手から多くの人間たちの動く音が聞こえる。壁の外にも複数人が回り込んで逃げ道を塞ごうとしている。
あれらは『火弾』とは別の意思の下で動いている。戦場で兵隊を動かす人間は指揮官と呼ばれるのだ。おそらくソイツが此処のボスだろう。
(火弾使いの居場所は掴んだ)
岩男のように決まったパターンで動く魔法ならこれほど面白くはならない。『火弾』の挙動と攻撃の筋から行使者の視界を逆算した。
(あとは邪魔なこの魔法……僕にもやれるか?)
ベルさんが駄々をこねて働かない時は、決まって身体強化して不貞寝する。
薄ら光る人体は不自然の極みだが、それがどう不自然なのかわからない僕には付与された強化魔法は消せない。
しかし、師匠は軽く打ち消してベルさんを叩き起こし、買出しのお役目を与えていた。
(……やってみるか)
飛んでくる『火弾』自体はただの火の玉だ。この魔法の不自然な部分は空気に冷やされても消えず、人の意思に従って動き続けるという2点にある。
パァンッ――!
目前に迫る『火弾』を知覚し、柏手を打ち鳴らす。
顔の横を通り過ぎた火の玉は壁にぶつかり、焦げ目を残して消えた。
成功だ。コツは掴んだので後は時間との勝負。戦局が変わったならば敵に猶予を与えないことが大切だ。
パァンッ――!
残り9個の『群れなす火弾』を一挙に打ち消し、四方八方に飛び去る火の玉に変えて、すぐに行使者目掛けて駆け出した。
建物の裏手から慌てたようにワラワラと出てきた兵隊たちが進路に割り込むが無駄だ。統率が取れていない。
そこそこやる何人かを眠らせて突き進み、目標まであと100メートル――沖合から号鐘乱打が鳴り響く。
「――散れぇ!」
「撤退だ! 走れぃ!」
「来るぞぉおおお!」
行使者を守ろうとしていた兵隊が波の引くように下がる。
そして空に響く轟音――大型鳥のものとは違う。
風切音がヒュルルと迫り、空気を裂いて黒い何かが飛んできた。
「――ぬおっ!?」
10メートル手前の地面に突き刺さり――爆ぜた。
次々と響く轟音と風切りの音を乗せて、僕に迫るそれの破壊力は1発ごとにティタンの『圧縮火球』を超えていた。
避けるだけなら容易いが、爆裂する地面と共に吹き荒れる爆炎は熱と衝撃を伴って襲ってくる。
(これはアレか? 例のアレなのか?)
ドラント州王国軍が物量とゴリ押しで落盤を収めた際に使われた兵器――砲魔堰だ。
黒い砲弾は建物の向こう側、海上の複数の場所から放たれているようで、無力化するにはさすがに距離があり過ぎる。
(ふんっ……なら精度で勝負だ)
どれほど精密に狙えるものなのか興味もある。
着弾点は僕の周りに集中しているが、射手からは建物の陰になって見えないはず。
あの建物は敵方のボスの持ち物。ならば建物に当てるわけにはいかないはず。
僕はあえて建物に向かって距離を詰めていった。
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結論から言うと、此処のボスはアホだった。後から聞いた話では脳筋と呼ばれる人種らしい。
「ガハハっ! 何じゃ働き口を探しとったのか! それならそうと早よう言わんか! ガハハハっ!」
「最初に言ったぞ」
建物は半壊し、あちこちで火災が起きてモクモクと噴煙が昇っている。
沖合に停泊する軍艦から放たれていた砲撃は僕が屋内に入っても終わらなかったのだ。
「自治部会が事情説明を求めております。どうなさいますか?」
「演習じゃと言うとけ!」
「はっ。そのように伝えます」
時刻は夕方に差し掛かり、砲撃跡でボコボコに荒れた敷地内に焚き火を設え、何故か宴会が始まっていた。
「でじゃ。冗談はさせおき異様に強いお嬢ちゃんは何処の手の者じゃ? 新入りの異端審問官かの?」
「閣下。この衣装は女装ざんす。この子は男の子でありんすよ」
「なぬ!? ムヅキや……そりゃ本当かのう?」
歳の割に筋肉質で大柄な老人が此処のボス――帝国大使館の駐在大使にして、海軍基地司令と艦隊司令を兼任するブリエタース・ノーマンという名前の男だ。
帝国の名門貴族ノーマン公爵家の前当主だが、今は隠居して家督を息子に譲り、悠々自適に天下り。その名前の持つ力で中継島に駐留する分艦隊に箔を付けつつ、短い余生を気ままに過ごす老いぼれだ。
そのように自己紹介された。
「とても美形なので中性的に見えんすが、この歳で男の色気をぷんぷん放っておりんす。今まで何人の女を泣かせたことやら……末恐ろしいくらいでありんす」
「ふむ……そう言われると……急に憎たらしく見えてきたのう」
「まぁまぁ閣下。もうおひとつどうぞ」
「うむ! 苦しゅうないぞい! ガハハハっ!」
隣に侍らせた若い女の細い肩を抱き、盃に注がれる酒をガバガバ飲んでいる。
ムヅキというこの女が先ほどの『群れなす火弾』の行使者だ。
魔法を破られたムヅキに危険が迫ったことでキレた閣下は強硬策に打って出た。
海上に浮いている艦隊へ目標座標を伝えて艦砲射撃による殲滅戦を命じたらしいが、指示される座標が基地建屋にも被ったことで此処はこんな有り様になっている。
「――えっ? わっちは気づきんせんでした」
「あやや……本当に男でありんすね。すごいイケメンざんす」
「目元だけでもわかりんす。あんなイケメン見たことありんせん」
ムヅキと同じような変な言葉遣いの女が他にも居た。
ニホン国大使館の5階で嗅いだものと同じ匂いを放つ女たちは、誰もが個性的な派手めの着物を身に付けて着飾っている。
「女の子だと思って油断しんした……」
「どうしよ……しっかり揉まれました。お代を取らねえと……まぁいいか」
「あの子よか〜。あちきの子飼いにしんしょうか……」
「なぁ〜。おれも揉んでいいか?」
「主さんはもっと通っておくんなんし。そしたら考えんす」
ムヅキ以外の女は全員揉んで確かめた。
ビビッとこないし、やはりアイゼの乳に勝る乳は無かった。何が良いのか自分でもよくわからないが、今のところアイゼが1番だ。
ムヅキには触らなかった。閣下とやらの女らしく、下手に触るとまた砲撃してきそうだったからだ。
コイツらの中では閣下が1番強い。




