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第六八話 大きな船


「ヤクト! 私は早くも圧縮火球を覚えたぞ! 当たればお前もただではすまん! ははは!」


 ティタンが五月蝿い。


 丹田がよく回るようになって気が大きくなっているのだろうが、まだまだサボっている。


「気が大きくなってるんだろ。呼吸法が疎かだからダメだ」

「むっ。たしかに……調子に乗っていたかもしれん」


 万物は巡っているのだから人体も同じ。すべてが調和しなければ充分ではないし、僕も完全ではない。師匠の境地にたどり着くにはまだまだ足りないのだ。


「すぅうう〜……ふぅうう〜……」


 ティタンへのダメ出しが聞こえたのかハリッシュも呼吸法を意識し始めた。ティタンより上手いが、気を抜くとすぐに脂汗が浮かぶ。


「――あっ」

 

 アイゼも変わった。

 

「ふひっ……あぁ……へへへ〜♡」


 チラチラチラチラと僕を見て、目が合うと真っ赤になって逸らす。


 その割に笑っているからよくわからないし、あれから毎晩流している勁がちゃんと効いているのかもわからない。


 やはり女は不思議な生き物だ。


「ヤクト殿。今日もよろしいでしょうか?」


 女と言えば、アユーとアイゼは全然違う。


「体術だな?」

「当たり前です。殺しますよ?」

「お前には無理だ」

 

 ハリッシュの覇気で死に掛けたことが余程堪えたらしく、自分にも同じことを教えてくれと言い出した。


「アイゼ様に言いつけますか?」

「……わかった」


 だから、アイゼと同じように丹田を起こそうとしたら、1回目で激怒して襲いかかってきた。


 もちろん無力化して続けようとしたら、今度はアイゼが泣きながら襲ってきた。自分は是非やってくれと言うくせに何故か怒り狂っていた。わけがわからない。


 ハリッシュに至っては自分が弱いからダメだったくせに憤慨して、他の方法は無いのかと無理なことを言ってくる始末だった。


「タンデンを回しながら動けるのですか?」

「止まってる方が簡単なだけだ。寝てる時は勝手によく回る」


 結局アユーも、ハリッシュやティタンのように床を転げ回る羽目になり、3人ともまるで僕が悪いかのような目を向けてきたのだ。


 以来、アユーは魔法に頼らず強くなるため体術にのめり込んでいる。


「もう少し検証は必要だが……おそらく間違いない。きっとビクトリア号クルーの強さの秘訣はコレだったのだ」


 ティタンは持ち前のインテリぶりを発揮し、気が大きくなっただけなのに「これは精力である」とか言い出した。


「丹田廻しと魔法の相関関係がわかれば……。ふぅうう……ゆくぞ!」


 聖痕を走らせたティタンの手元に火の玉が湧き、身長ぐらいの直径に膨らんだところで、今度は小さくなっていく。


 あれは『圧縮火球』という熱量魔法。いつぞやの衛兵が岩男相手に放って石飛礫を撒き散らしたアレだ。派手なだけで邪魔な迷惑魔法である。


 ボムッと鳴って飛び出した火の玉が海面に突き刺さり、直後に爆発して大きな水柱を上げた。


 たしかに当たればただでは済まない。遅すぎて遠距離からは絶対に当たらないし、距離が近ければ撃つ前に止められるだろう。何か動かない物を壊す目的なら有効かもしれないが、それは土建魔法の延長じゃないのか。


「「「おぉおおお〜!」」」


 ティタンの派手な攻撃魔法に船員たちの野太い歓声が響いた。


 僕らは今、大きな船の甲板にいる。


 ティタンの入学を急いだ王家によって手配された木造船は、帝国海軍が払い下げた旧型駆逐艦ゴーイング・ブラド号。


 大陸人魔戦線の前線で戦い抜き、奇跡的に生き残った老朽艦であると自慢された。幸運を乗せて運ぶ船魂(ふなだま)が宿っているらしいが、何を言っているのか意味不明だ。


 船員に尋ねれば普通の商船はもっと大きいと言うので驚く。軍艦の方が小ぶりとは。


「どのくらい大きいんだ?」

「いろいろと種類があるからなぁ。特に大きいのはVLTCだ」

「ぶぃえるなんだ?」

「……偉そうなガキだな。ヴイ・エル・ティー・シー。大英雄が考案されたんだぞ」

「真水を運ぶ超大型水輸送船だ。全長333メートルもある」

「嘘だな。サメの3倍もあるわけないだろ」

「ははは……言ってろガキ」

「てか大型のサメ見たことあんのか?」

「狩って食った」

「「「嘘だな」」」


 この船の乗り心地は僕の手漕ぎ舟とは雲泥の差があった。


 あれと比べればほとんど揺れないし、ウーマを乗せても、アイゼが大量のファンタスマゴリアを持ち込んでも沈まない。大きいことは良いことだ。


「バカ野郎〜。大事なのはテクの方さ」

「大艦巨砲はもう古い。大事なのは回数だ」

「おれはガキに1票。デカけりゃいい」

「なんの話だ?」

「「「ナニの話だ! ギャハハハ!」」」


 船員とは変な連中だ。とはいえ、この世界で人間の社会が回っているのはコイツらのおかげらしい。


 海ばかりの世界で穀物を大量に生産できる土地があるのはムーア大陸だけ。だから帝国が1番強い。


 他の国はドラントのような島の集合体ばかりで、人数と食糧生産能力が合っていない。だから帝国から食べ物を仕入れなければ生きられない。


 広大な海を越えて遠くに食糧を運ぶためには船が必要で、船を動かすためには船員が必須。だからコイツらが世界を支えている。


「どうだ! 恐れ入ったかガキ!」

「食べていけるぐらいまで人間が減れば済む話だ」

「「「怖ぇよ」」」


 それが生き物の当たり前だと思っていたが、どうやら人間とは食べ物があるだけでは満足しない生き物らしい。


 そのくせ楽に生きようとするふざけた生き物だが、それを可能にするだけの強さが必ずあるはずだ。そうでなければとっくに滅びている。


「なぁ? お前らはなんで生きていけるんだ?」

「「「だから怖ぇよ」」」


 ブラフマ島民にせよコイツらにせよ、自分の食べ物を得るためだけに動いていない。


 船を動かすだけで食べ物は手に入らず、金を介して間接的に食べ物を求めているかと言えば、そういうわけでもない。


「じゃあ、何のために生きてる?」

「もう、このガキ嫌だ……」

「女房子供のために決まってんだろ」

「遊郭で豪遊するために決まってんだろ」

「遊郭は知ってる」

「後ろを見ろ。めっちゃ睨んでっから」

「ありゃあ、将来いい女になる」

「何言ってんだ。アイゼは女だ」

「おっ! やるな〜、このガキ〜! あの鉄血姫を食っちまったのか? 女にしてやったのか?」

「ホントに何言ってんだ? アイゼは女だし人間は食えないだろ」

「やっぱガキだわコイツ」

 

 他人のために動いている。そういうことなのだろうが、その方が自分のためだけに動くより群れとしては強くなるということだろうか。


「お前ら、面白いな」

「「「偉そうだぞガキ」」」


 それにしても、船とは随分のんびりとした乗り物だ。


 どちらを見ても見渡す限りの水平線が広がるばかり。景色が変わらないから、どの程度進んでいるのかわからない。


 いつになったら目的地に着くのだろう。


「もっと速く動かせ」

「魔力カートリッジがもったいねぇ」

「なんだそれ?」

「何にも知らねぇんだなガキ」

「来いよ。推進室を見せてやる」

「予備カートリッジが無けりゃ、下手すりゃ死ぬってことも知っとけ」

「法定予備品だから無かったら出港できんがな」


 鉱夫たちにも感じたことだが、自分の得意分野になると気が大きくなるのが男の特徴だ。


 船を語る船員たちの丹田はぐるぐる回っていた。



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