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第六七話 丹田を回せ



 アイゼとティタンは師匠言葉にえらく驚いているが、それよりも重要なことは人間が魔女の気を当たり前に受け入れている事実の方だ。


「契約深度? 魔力容量じゃなかった?」

 

 悪し様に語られる海の魔女は太古に封印されたことになっていた。しかし、実際にはああして繋がれて人間に利用されている。


 現実的な脅威である以上もっと深く知るべきだが、女神の伝説が綴られた教会の聖典にはところどころ矛盾や欠落が見られて、当てになるのか微妙だ。

 

「大英雄の逸話はそういうことだったのか……!」


 大英雄ニイタカ・ホヅミは数々の偉業を為したと語られているが、中には変な話も多くあるらしい。


 その1つが帝国の港町オプシーで行われた臨時鑑定だ。


 凪海で遭難していたところをビクトリア号に助けられたニイタカ・ホヅミは、自分の魔力容量やら適性やら、魔法に関する事柄をすべて忘れていた。


 その男のことを好きになった傾奇姫は金とコネを活用し、たった1人のために鑑定の儀を手配させたと言う。


「くそヒモ野郎ってそういう意味か」

「ビクトリア・アジュメイルに男を見る目があったんだ。大英雄がヒモなわけないだろ」


 その魔力容量鑑定で100を叩き出した直後に鑑定魔堰を殴り、無理やり0にしたという変な逸話がある。


「忌まわしき魔女との契約を拒絶したということか……なるほど。さすがは大英雄だ」

「アレを殴っただけで?」


 そんなはずはないと思うが、死んだ男の話なんかどうでもいいし、本当かどうかもわからない。


「ということは百分率……単位は%ということです」

「ハリッシュ殿は魔女と70%も繋がっているということか!? ヤバいじゃないか!」

「……深いほどヤバそうではあります」

 

 状況から察するに、人間たちは女神からだと思い込んでいるが、実際には魔女と契約を結んで魔力を得ている。


 そのための窓となっているものがヘクサ・オルターという魔堰で、ヘクサ・チェーンとは魔女をあの奈落に繋いでいた鎖のことだろうか。


「魔女の覇気はものすごく気持ち悪かった。ヘクサ・オルターから微かに漏れてる嫌な気配と同じだ……たぶん」

「あの寒気や吐き気はそのせいか! おのれ魔女め!」

「お前らが勝手に触ってんだろ」


 本当に危なかった。本気で食われると思った。あんな危ないモノは他に無い。


「僕は二度と触らない。お前らもそうしろ」

「それはわかったが、ハリッシュとアユーはどうする?」

「症状を見ないとわからない。行くぞ」


 隣の部屋に入ってみると、ハリッシュはアユーを抱きしめて虫の息になっていた。


「ぜひゅ〜、ぜひゅ〜。ヤ、ヤクト……」


 アユーを包んでいる変な光は強化魔法だ。耳を澄ませるとアユーの肉体は平常な音を奏でている。


 平常すぎる。師匠みたいにまったく揺らがない。


「強化魔法のせいか」

「やめると……アユーが苦しむのである……」

「生きてれば苦しいに決まってる。変なこと言うな」


 苦しみに耐えられなければ死ぬ。そうはっきり言ってやると、ハリッシュは僕を睨みつけて叫んだ。

 

「我のせいなのだ! 我が覇気を扱い切れぬから!」

「扱う? バカなのか?」


 僕は覇気が嫌いだ。


 他を呑もうとしてくるし、全を畏れない異様な気配が気に食わない。


「僕にぶつけてみろ」

「ダメだ! お前を殺してしまう!」

「お前には無理だ。魔力があろうと弱いヤツは弱い」

「ぐ……っ! うぅ……うぉおおおおおおおおお〜!」


 瞳を見開いた瞬間――ハリッシュの覇気が迸る。空間を歪ませ、僕を呑もうと押し寄せてきた。


 パァンッ――!


 魔女の覇気に比べればよそ風みたいなものだ。こんなもので全を呑もうとは笑えてくる。


「わぁああああああああ――っ!」


 パァンッ――!


 ハリッシュは何度も何度も赤銅の覇気を放つが、不自然な気配の奔流は柏手の一発で散り、全に溶けて消える。


「自覚しろ。お前は(ことわり)からズレた」

「何を言ってる!? アユーが死んでしまう!」


 脂汗を噴き出し苦しげなハリッシュの症状は魔力欠乏。アユーに付与し続けていた強化魔法の光も消えた。


「ズレた自分を自覚しろ。この期に及んで全に還ろうとするな」

「わからないと言っている!」


 汗の勢いと比例するように噴き出す覇気も荒々しくなり、まるで溺れた者が必死に息をしているようだ。


「それでいい。わかったか」

「わからない! わからないィイイイ――っ!」


 僕だけではなく、室内のすべてを呑み込もうとする赤銅が噴き出した。


 パァンッ――!


 瀕死の獣の悪あがきだ。


 わからないなら、わかるように言ってやろう。


「女に縋るな」

「――」


 ハリッシュは今後、延々と続く魔力欠乏に生涯苦しむことになる。苦しむことをやめたその時は、僕が殺してやろう。


「はは……ははは……」

「ハリッシュ……大丈夫か?」

「ティターン……いや、大丈夫……ではないな。だが、なんとも……簡単なことであった……」


 アユーの顔色は徐々に良くなり、呼吸が落ち着いて汗も引いてきた。

 

「我が……耐えれば良いのだな」

「耐え切れなかったら死ぬ。苦しむのに疲れたら殺してやる。それだけだ」

「ヤクト!」

「ティターン……これで良いのだ。我の生き方は何も変わっていないのである……」

 

 ハリッシュの強さは見た。この男の強さは耐えることにある。


「ヤクト……」

「…………」


 ただ、アイゼの顔を見るに、もう少し優しくしてやった方が良さそうだ。


「丹田を回せ。他に縋るな。自分で捻り出せ」

「……魔力のことであるか?」

「それは知らない。だけど力は自分のものだ」

「与えられるものではない……ということか」

 

 わからないというので、ハリッシュの丹田に軽く発勁を当ててやった。


「〜〜〜〜っ!! ぶぅうう〜! んんんん〜っ!?」

「ヤクト! もがき苦しんでるじゃないか!」


 本気でやったら爆散するからこれは成功だ。本当に手加減が難しい技だ。


「……お前も20だったな?」

「お、おい……ヤクト……?」


 あの数字にどれだけの意味があるのかわからないので、ついでにティタンの丹田も醒まさせてやった。


「ゆんんん〜っ!? うぅううううっ!」

「むふぅううう〜っ! ん〜っ! ん〜っ!」


 2人の男が床を転げ回って苦しんでいる。僕はなんて優しいんだろう。


「ヤクト……ヤクト……私は? 私は25超えなんだ。大丈夫なのか……?」

「アイゼは……うーん……」


 不安そうなアイゼの顔を見ていられない。何とかしてやらなければならないが、この2人のように苦しむ姿も見たくない。


「発勁の練習だ。付き合え」

「あ……あぁ……私は何をされるんだ」

「優しくしてやる」


 アイゼには特に優しくしなければ。


 優しく優しく、そっとじっくり時間をかけて、じわじわと流し込んでやろう。



**********

 


「あぁああああああああああああ――っ!!」

 

 2時間後――、自ら鍵をかけた部屋の中、アイゼはベッドの上で弓形に反り返り、白目を剥いてビクビク痙攣していた。


 慎重にゆっくりと勁を丹田に流し込んだのだが、また力加減を間違えたらしい。何回やっても似たような反応しか返ってこない。丹田も回っているのかよくわからない。


 それとも女の丹田は男とは違うのだろうか。そんなことは無いと思うが、永遠の謎がまた1つ増えた。


(むぅ……ちゃんと届いてるのか?)


 アイゼもハリッシュ程ではないが理からズレてしまっている。


 今までに出会った人間のほとんどが多かれ少なかれそうだったのだと気が付いた。まともだったのは師匠と鑑定前の人間たちだけだ。


 理から外れた魔女を認識することで魔女と同種の力が扱えるようになる――という感じかもしれない。


 概念魔法じゃないのは本物の劣化版だからだと考えれば辻褄も合う――と言えるのかもしれない。


 みんなが鑑定だと思い込んでいるヘクサ・オルターの契約と、魔法の関係はそういう仕組みではないだろうか。


(魔力ってのが謎だ)


 ハリッシュの極端な例を見るとわかりやすい。契約深度が深いとむしろ奪われる。


(あの女が人に何かを与えるか? あり得ないだろ……)

 

 魔女と人間の繋がりはあっても、魔力の流れは逆じゃないだろうか。


(何にしても……しっかり覚えさせなきゃ)


 アイゼがハリッシュみたいにならない保証は無い。


 僕は気を取り直して、アイゼの丹田に掌を当てた。


 たぶん臍の下、下腹部のこの辺だろう。実際にそういう臓器があるわけじゃないので判りづらい。


「あひっ!? おほぉおおおおおおおおおおおお――っ!!」


 アイゼが魔女みたいな笑顔を浮かべた。大変だ。もっと頑張らないと。


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