第六六話 アユーの強さ
聖杯の海水がぐるぐる回ったり、内面に塩の結晶が析出したり、湯気が立った者もいたが、やはり最も多かった適性は強化魔法だった。
「女神に感謝を。貴方に幸運を」
「あ〜! 強化だった! 母ちゃんに叱られる!」
「……女神に感謝を〜!」
「はい! ありがとうございました!」
これで子供たちは全員が鑑定を終えた。
精製魔法、もとい錬成魔法の適性を示して喜んでいる子も居るが、通常ドラントでは強化魔法が尊ばれる。
教皇大使が首を傾げていると、大トリを飾るハリッシュが広間にやってきた。
「――おおっ!」
「すごいですね……アレが噂の神童ですか」
「我々もしくじれないぞ」
教会関係者から驚きの声が上がった。
各人の魔力容量については報告を受けていたのだろうが、70を記録したブラフマ家の嫡男は全身に赤銅色の光を帯びて現れたのだ。かなり強い強化付与の魔力光を放っている。
身体強化は魔力の消耗が激しくイメージも難しいとされる魔法だが、ハリッシュは儀式を受ける前から高難度の魔法を行使してみせた。
「より大きな力を授かった者には相応の責任が伴います。数回繰り返しますので、心して儀式を受けるように」
「……はい」
教皇大使はハリッシュに期待しているらしい。
ここで別種の適性を示せば二聖となる。いずれの魔法も強化魔法と複合すれば鬼に金棒だ。
最強の火力を持つと言われる大魔法『火柱』は熱量・運動・強化の複合魔法。これらの適性を併せ持つ三聖は滅多に居ない。
祝詞が紡がれ、ハリッシュに聖杯が渡される。
水面の波紋がピタリと止まり淡い魔法の光を放った。わかっていたことだが強化魔法適性だ。
教皇大使は再び最初から儀式をやり直し、ハリッシュが示した適性はまたしても強化。何度繰り返しても強化だった。
「女神に感謝を。貴方に幸運を」
「……ありがとうございました」
教皇大使は少し残念そうだったが、ハリッシュは長い儀式の間ずっと身体強化を続けている。
強化した状態を長持ちさせることは難しい。剣や防具など物であればどれだけ魔力を込めても1週間が限度とされ、身体強化の場合は僕でもそれが限界だ。
ハリッシュは噴き出す覇気をどうにか抑えようと足掻いているようだが、魔力を消費することで成そうとしているなら有効なのか、疑問が残る。
覇気や殺気をどれだけ使っても、魔力の減る感じがしないからだ。
**********
翌朝、子供たちを島に送り返し、宿屋に戻った直後、アユーが倒れた。
慣れない身体強化を魔力に任せて行使し続けたハリッシュだったが、やはり効果は無かったようだ。
「魔力欠乏のような症状です。少し休めば回復すると思います」
「そうですか……しかし、アユー殿はまだ魔法を使えません」
ティタンが呼んだ医者の診断結果は魔力欠乏。
呼吸が荒く、脂汗を流し、意識障害に陥る症状はまさにその通りだが、通常は魔法を乱発した際に起こるものだ。
「ふむ……他に考えられるとすれば……覇気や殺気に当てられた者の症状ですかな」
「……覇気ですと?」
「それらも魔力に由来すると言われておりますが、詳しいことはわかっておりません」
いずれにしても、魔力は時間と共に回復するものなので問題は無い。しばらくは安静にさせておくようにと言い残し、医者は特に何もせず帰っていった。
医者は頼りにならなかったが、こうなった原因はピタリと言い当てた。
「ハリッシュ……お前……」
鑑定以降、明らかに様子のおかしいハリッシュを見据え、ティタンはその異常を確信した。
「うぅ……っ」
身体強化を解いて床に崩折れたハリッシュは苦悩する。
アユーは時折り呻き声を漏らし、症状は徐々に悪化していく。
「……やめろ」
「わかっている……わかっているのだ!」
「アユーに何してる!?」
「やめてくれティターン! お前にまで……それはならん!」
漏らさなければ気が狂いそうになる。アユー以外の人間に加減できる気がしない。
そう繰り返し、ハリッシュは必死になってティタンに訴えた。自分から離れろと。
「私を舐めるな! 魔法も使えぬ女に劣るつもりはない!」
「そうではないのだ! これは我の問題なのだ!」
「――゛うっ」
「アユー!」
アユーは口から泡を吹いて痙攣し始めた。
ハリッシュはアユーに取りすがり、子供のように泣きじゃくって彼女の名を叫ぶ。
「ハ……リ……さま……」
「アユー! アユー!」
奇跡的に意識を取り戻したアユーだが、色白の肌は蒼白く血の気が失せている。
情けない男の姿を見て、ティタンはようやく理解した。身の丈に合わない魔力を得たハリッシュを、アユーが1人で支えていたのだと。
魔力とは一体何なのか。
僕の知る限り、女神教会にもその本質を知る者は居ない。
「アユー! 逝くな!」
「ずっと……おそ……ば……に……」
「――おぉおおおおおおおっ!」
ハリッシュの全身に聖痕が駆け巡る。
アユーは淡い光を帯びて、それっきり動かなくなった。
**********
「それで……アユーは?」
「生きてはおります。ただ、目覚めることもなく……」
ティタンはヤクトの部屋を訪れ、先ほど隣室で起きた事態をアイゼに相談した。
ハリッシュが強化魔法を施し、何故か一命を取り止めたアユーだったが、安らかに眠り続けるだけで目覚めない。
「今度はハリッシュが弱り始めました。魔力欠乏の症状が出始めております」
「そんな……魔力容量70なのに?」
生体への強化魔法付与はいずれも同様だが、人間に対するものが最も難易度が高い。
さらに他者の肉体を強化する魔法は自身の強化よりも格段に難しく、また膨大な魔力を消費する。
「……もっとよく聞かせろ」
「ヤクト! 目が覚めたのか!」
アイゼはヤクトに抱きついて涙を流した。
体に異常は無いにも関わらず丸2日も寝ていたのだから心配して当然だろう。
「ヤクト。病み上がりで悪いが、力を貸してくれ」
「……わかった」
アイゼの泣き顔を見て歯ぎしりしつつ、ヤクトはティタンの頼みを請け負った。
状況を聞くにつれて端正な顔を苦々しく歪ませ、舌打ちしてベッドから身を起こす。
「やめとけば良かったんだ」
「すまない……私が……無理に鑑定させようとしたから」
「違う。アレは鑑定じゃない」
ヤクトは鑑定魔堰に触れて、海の魔女に会ったらしい。
「「――は?」」
呆気に取られる2人に対して、ヤクトは鑑定魔堰、もといヘクサ・オルター六号機がしゃべった内容を翻訳して聞かせた。
「アレは魔女と契約を結ばせる魔堰だ」
幼いヤクトが喚いていたのは古代語だったらしい。
あの男、なんてものを教えたんだ。




