第六五話 鑑定の儀
翌早朝から王都のドラント女神教会には大勢の子供が大集合していた。
いよいよ『鑑定の儀』の開幕である。
平時は無聊を託つ教会だが、この時期ばかりは死ぬほど忙しくなる。
人数によっては数日間に及ぶこともザラにあり、僕のような裏方の人間から見れば胸の空く思いだ。白服の奴らはもっと働いた方がいい。
だが、どうやら僕に一般司祭たちの繁忙期を見物して悦に浸っている暇は無いらしい。
「ヤクト……」
宿屋のベッドに横たわるヤクトの傍らには、泣き腫らした目の下にクマを作ったアイゼが寄り添っている。
ヤクトは一晩経っても目覚めず、こんこんと眠り続けていた。
部屋の扉がノックされ、遠慮がちに開かれるとティタンが入ってくる。
「義姉上。私たちも行って参ります」
「ああ……子らのことは頼むな」
軽く会釈して出て行こうとするティタンをアイゼが呼び止めた。
「昨日はすまなかった。少し……取り乱してしまった」
「いえ。ヤクトは問題ないと医者も申しております。義姉上もお休みください」
ティタンがハリッシュとアユー、子供たちを連れて教会へ向かった後、アイゼはヤクトのシーツに顔を埋めた。
「私が……無理強いしてしまったな」
昨晩から何度も繰り返している悔恨を呟き、いつしか眠りに落ちていった。
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時刻はもうすぐ日没を迎える頃、3人は子供たちを伴い教会の待合室で順番待ちしている。
「まだー? ねぇアユー? まだなのー?」
「まだよ。暇ならバクベアーでも読んでなさい」
子供たちが垂れてきているが、それは司祭たちも同じこと。
控え室では垂れた白服たちが大勢いることだろうが、実際に『鑑定の儀』を行う教皇大使は休み無しだ。
その分だけ桁違いの厚遇を受けているはずなので、年に一度の子供地獄くらいは我慢してもらいたい。
「若さま〜。70ってスゴいね?」
「さすが若様だ。ブラフマの誇りだな」
「アユーは若様が好きなの? ねぇどうなの?」
「若様は? ねぇねぇ!」
子供たちに絡まれるハリッシュの表情は冴えない。
寡黙な男がムッツリと押し黙っている姿は見ていて近寄りがたいが、その手の偏屈に慣れてるのかブラフマ島の子供は物怖じしなかった。
「……アユー」
「は、はい」
ハリッシュに応じたアユーは子供を押し止め無礼な言動を咎めるが、1人で全員の面倒を見ることはできない。
「コラお前たち。いい加減せよ。アユーが困っているだろう」
見かねたティタンが口を挟むと子供たちの矛先は分散する。アユーも少しほっとして半数をティタンに任せた。
「デンカさまは20だもんね」
「スゴいけど若さまの方がスゴい」
「うぐ……そ、それはだな」
「殿下さま。男の魅力は魔力じゃないってお母さんが言ってました。だいじょうぶ」
「はぁ? 何言ってんだ。大きい方がいいに決まってる。ブラフマの勝ちだ」
無邪気にセンシティブな部分に踏み込む子供に、ティタンの立場を慮る能は無い。
帝国への留学を勝ち取った今のティタンはただの殿下では無いのだが、どう説明したものかと悩んでいると――、
「……アユー」
「――申し訳ありません!」
すぐにやってきて平伏したアユーにハリッシュは「違う」とだけ告げ、真っ青になった彼女はティタンの足下で土下座した。
「ア、アユー殿! 何をしている!?」
「王太子殿下……どうかご無礼をお許しください」
「私はまだ……いやそうじゃない! それはどうでも……よくはないが! そうじゃないだろう!?」
「男爵家に叛意はありません……どうか……」
突然のことにティタンは目を回し、子供たちは呆然として黙り、何人かは泣き始めた。
アユーの不可解な行動を理解できる者はこの場に居ない。
「ブラフマ島の皆さーん。どーぞー」
困り果てたティタンに助け船が訪れた。
「あっ! はい!」
司祭の呼び掛けに応じ、アユーを引き起こして席に座らせ、子供たちに「行くぞ」と促す。
「なんとか日のあるうちに終えられそうです。やれやれ……はぁ」
教会の1階広間で行われる『鑑定の儀』には日の光が欠かせない。ティタンは司祭から諸々の説明を受けて、ハリッシュを呼んだ。
「……ティターン。すまぬが先に行ってほしい」
「わかった。アユー殿も休んでいてくれ。疲れているのだろう」
アユーはティタンに頭を下げて、そのまま項垂れた。
ティタンと子供たちが去った待合室にはハリッシュとアユーの2人だけが残されている。
「……アユー」
ハリッシュの呼び掛けに肩を震わせ、冷水を浴びせられたかのように背すじを伸ばしたアユーは畏れを含んだ眼差しでハリッシュを見やり――、悲しげに顔を歪ませた。
「ハ、ハリ様……」
「……アユー」
ハリッシュもアユーと同じように項垂れており、その表情は固く強張っている。
「……我の傍らにいてくれ」
「――」
ハリッシュに駆け寄ったアユーは彼の頭を掻き抱き、嗚咽を漏らして泣いた。
「頼む……」
「ずっと……お傍におりますよ」
ハリッシュは勝手に噴き出す覇気を、アユーに漏らすことで耐えていた。
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西日が差し込む大きな蒼い板ガラス。
海底から発掘された欠片を寄せ集め、一度溶かして固めたそれは波打つように歪み、日光を屈折させて床の一画を照らす。
「掛けまくも〜畏き女神〜。北の〜日向の〜教義の小室に〜」
白い法衣を纏った色黒の教皇大使が板ガラスを背に立っている。
褐色の肌に選民意識を持つドラントの人間に侮られては儀式が成功しない。老体に鞭打ち日焼けに努めているのだろうが、素晴らしいプロ意識だ。
「御禊祓へ〜給ひし〜時に〜生〜り〜。諸諸の〜禍事〜罪穢〜有らむを〜ば〜」
緩やかに紡がれる祝詞と光を浴びて、膝を突くティタンは床を切り取る波打つ光の中心にいる。
時々刻々と変化する日光の入射角に合わせて、被鑑定者と教皇大使の位置取りが変わる。
「祓へ給ひ〜、清め給へと〜白す事を〜。聞こし食せと〜恐み〜恐みも〜白す〜う〜」
教皇大使が掲げる盃は『聖杯』と呼ばれる特別な魔堰――ということになっている。
海水が並々と注がれた盃の水面は光を取り込み反射して、超一流の工芸品に込められた職人魂と相まってとても荘厳――そう思ってくれないと困る。
ティタンはしっかりと騙されてくれているようで、恭しく聖杯を受け取り、水面を目線の高さまで下げて魔力を込めた。
聖杯の中の海水から湯気が立ち昇る。熱量魔法適性だ。
「女神に感謝を。貴方に幸運を」
「ありがとうございました」
これにて儀式は終了だ。
すべては演出。被鑑定者の集中力を高め、己れの中の魔力を信じさせることで各人の魔法の才能を引き出している。
事前に『聖杯』の効果だけ説明することで、五大魔法の内どの適性かがわかるという一種の小道具に過ぎないが、その真実を知っているのは教会内でも上級司祭以上の地位にある人間だけである。
人によっては儀式を受けずとも魔法を行使する場合もあるが、ほとんどの人間は自分の適性を知らない。親と同じ適性に目醒めやすい傾向はあるが、必ずそうなるわけでもない。
ちなみに、僕は『鑑定の儀』を受けていないし、鑑定魔堰に触れたのも魔法を覚えてからのこと。
魔力容量は45くらいだったと記憶している。
女神の試練も受けずに70を叩き出したハリッシュが如何に異常な存在かわかるだろう。
もっとも、僕の見立てではヤクトの方がおかしい。鑑定魔堰に触れて、ヤクトに何があったのだろうか。
濡れ場ではなさそうだが、僕に観測できなかった点はとても不安だ。




