第六四話 ERROR
ヤクトの鑑定は随分と長い。これは期待が持てそうだ。
人間に魔力をチャージし、その数値を示すものが鑑定魔堰だ。
鑑定魔堰には魔堰に付き物の用途説明が付随しないため詳細は不明だが、その効果だけは知られており古くから魔力容量の鑑定に利用されてきた。
詰め込むことができた魔力の量がすなわち魔力容量という乱暴な手法だが、他に魔力を計測する手段が無いのだから、これが最も公正な方法と言えるだろう。
「出たぞ!」
「長かったな……どれどれ」
ヤクトの鑑定結果が表示されたようだ。
『ERROR』
僕の知らない古代語が表れていた。
え? あれ? 古代数字は全部知ってるし、現代と同じ十進法だから……えええええ〜!?
こほん……余りのことに、ナレーションが乱れました。気を取り直して参りましょう。
ヤクトの鑑定結果は誰にも読めなかった。
担当官の男は表示が消える前に慌ててメモに取り、赤い文字が消えた時――、ヤクトが倒れた。
「ヤクト!」
すぐさま駆け寄ったアイゼがヤクトを抱き起こして容態を確認すると、ファンタスマゴリアで保護しつつ担当官に退出を告げた。
「義姉上……ヤクトは?」
「気を失ってるだけだ。どけ」
「あの鑑定結果は何なのです?」
「知るか! 自分で考えろ!」
アイゼは父王を見もせずに階段を上がり、遺跡から出て行ってしまった。
「父上……申し訳ございません」
「よい。アレはもうダメだ。ティターン、其方に期待してよいな」
「……はい」
担当官は古代語の辞典とメモを見比べ、文字化けした鑑定結果の意味を調べるがすぐにはわからないようだ。
「再鑑定すれば正しい値を示すかもしれません」
「アレの好きにさせよ。ただし、再鑑定料は規定通りだ」
「はっ。承知いたしました」
「陛下……過去にあのような結果を出した者はおらぬはずじゃ。よくよく調べるべきではないかな?」
進言した老人を煩わしそうに見やると、王は担当官に教会へ問い合わせるよう命じただけだった。
「大英雄殿は100を記録されたそうですからなぁ。それに比べれば大したことではありますまい」
「いやいや、その直後に己れお力で0とされたそうな」
「なんと! 何故そのようなことをなさったのか?」
「さて、変わった御仁であったそうですから。極まった鑑定結果が気に食わぬ、とかですかな?」
「はははっ! さすがは大英雄殿! 豪胆でいらっしゃる!」
王は深い溜め息を吐くと、手を叩いて賑やかしい場を静めた。
「先の件は遺跡担当官に一任する。残るはブラフマ家の嫡男のみだ。早々に済ませよ」
この男の考えは透けて見える。興味があったのはティタンの鑑定だけであり、他はどうでもいいから早く休みたい。
その程度の内心を僕に見破られるようでは為政者としての底も知れようというものだが、切れ者らしき隣の老人は何も言わない。
「ハリ様……」
「アユー。案ずるな」
担当官に促され鑑定の間へ向かうハリッシュは不安げなアユーを手で制し、怖気ることなく鑑定魔堰に手を触れた。
直前に異常な鑑定の光景を見せられて恐ろしかったはずだが、彼の責任感はそれを踏み越えるに足るものだったようだ。
「…………」
王は気怠げに背もたれ寄りかかり、観覧者の王族たちは私語を慎まない。
軽く見られている。アユーはそれが許せないのだろう。燃えるような瞳でハリッシュの背中を見つめていた。
そして、図らずもアユーの願いは女神に届く。
『70.53』
ハリッシュの魔力容量は異端審問官を大幅に上回り、歴代教皇にも迫るものだった。
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ティタンが鑑定を終えた者たちを連れて王都の宿屋へ移動した後のこと、王城の一室では喧々轟々の論争が繰り広げられていた。
「いかん! アレはいかんぞ!」
「何たることだ! ブラフマにあんな化け物が産まれていたとは!」
「陛下! 如何なさるおつもりか!?」
いや、論争と呼ぶには相応しくない責任のなすり付け合いだった。誰も具体的な話をしないにも関わらず、王に決断を迫る。
「……ヤツは大陸行きを望んでいたな?」
「は、はい。学園への入学資格は満たしております……遺憾ながら十二分に」
「ならば行かせてやればよい」
「――アレを野に放たれるおつもりか!?」
「20以上であろう? 帝国の人材集めに協力してやろうと言うのだ。何が悪い?」
「そ、それは……度が過ぎると申しております」
「それと、ヤツを島に帰すな。これは厳命する」
またもや考えが透けて見える。
化け物の相手なんかしたくない。ましてや今まで散々に締め付けてきた一族の人間だ。
怨みを買っていると思い込み、話をすることすらなく仮想敵と断じている。
「野のトラは狩られるものだ。帝国には達者な者が多くいるだろう」
「な、なるほど……しかし、帝国に大きな借りができるのでは?」
「70超えだぞ? 嫌なら貴公が私兵を率いて狩ってまいれ。適性を得ておらぬ今が好機ぞ」
「し、失礼しました。御下命に従いまする」
敵は倒すものだが、自分ではやりたくない。そんな弱音もありありと聞こえてくる。
ドラント州王国の現国王はそんな男だった。
そんな男の周りに集まる者たちも、また然りである。
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深夜、遺跡担当官の執務室を訪れた老人の姿があった。
「ユ、ユルゲン様? お一人ですか?」
ノックの音に扉を開けて顔を出した担当官は目を見張り、廊下の左右に人を探す。城内とはいえ、夜中に1人で出歩くような人物ではなかったようだ。
「わざわざお運びに?」
「ギュンター君。少し良いかね」
「も、申し訳ございません。狭苦しいところですが……どうぞお入りください」
ギュンターと呼ばれた男は熱量魔法で湯を沸かし、慣れない手つきで上等な茶器を用意して老人に差し出す。
金箔で縁取られたカップの中にはティーパックが浮かんでいた。
「申し訳ございません……つい……」
「ははは。いや何、わしもニホン製品は好きだから構わぬ。大使館で売っているのかね?」
遺跡内で見せていた厳しさは鳴りを潜め、気さくに世間話から始めるユルゲンは王族、それもかなりの重鎮らしい。
足を運ばせて申し訳ないと何度も謝るギュンターを制しながら、紅茶を飲み終えた頃に本題を切り出した。
「例の少年の鑑定結果だが」
「ブラフマではなく、黒髪の方ですか?」
「そうだ。あの一件、わしに預けては貰えまいか?」
それはつまり、王の命令を無視しろという意味になる。ギュンターが渋っていると、ユルゲンは加えてとんでもないことを言い出した。
「わしに再鑑定をお願いしたい」
「……はい?」
「無論、内密に」
老人の鑑定料がいくらになるのか、年齢がわからなければ何とも言えないが、莫大な金額になることはわかり切っている。
「できれば1ドランに負けてくれるとありがたい」
「……ユルゲン様」
王の命令を無視するどころの話ではない。
「君も再鑑定すると良い。1ドランで良かろう」
ユルゲンは鑑定魔堰の占有に協力しろと言っているのだ。
「……何を考えておられるのです?」
「皆が再鑑定すれば良いが、無能は要らぬ」
「……?」
「いずれにせよ、魔力容量は大きければ大きいほど良い」
ユルゲンの浅葱色の瞳は、老人とは思えないほど強い光を放っていた。




