第六〇話 被鑑定者の御一行
パッカパッカと軽快に街道を進む。
貰っておきながらゴーラガートの港に乗り捨てていたヤクトだったが、馬は相変わらず主の来訪を待っていた。
地獄聖女作品『忠犬ヒチ公』のように主への忠節に熱い馬だ。
ただ、ヒチ公とは違って地元衛兵を世話人扱いしたり、何故か他の馬たちのボスに収まっていたり、複数頭の雌馬を孕ませたりもしていた。
「ブルルル……」
ヤクトは馬の背で手綱を握り、アイゼはヤクトの後ろに座って腰に手を回している。
以前のように首すじに伏せさせるようなことをしなくなった点は評価できるが、少し様子がおかしい。
「アイゼ。尻は痛くないか?」
「痛くないぞ」
「アイゼ。馬の乗り心地はどうだ?」
「普通だぞ」
「馬。もっと静かに歩け。速度を落とすな馬」
「名前……付けてやったらどうだ?」
「お前は今日からウーマだ」
アイゼにとても気を遣っている。
何かにつけて彼女の意向や気持ちを尋ね、近づく男を殴り倒すことはなく、本能の赴くままに乳を揉むこともない。
「アイゼ。肩は凝ってないか?」
「……凝ってきた。全身が微かにむくんでいる気がする。今夜もほぐしてくれ」
「わかった」
「ヤクト……」
「なんだ?」
「……何でもない。優しくな? 絶対に優しくな? 絶対に激しくしちゃダメだぞ? 絶対だからな?」
聞けば何でも答えてくれるわけではなく、時には本心と真逆の言葉も発するのが女の難しいところだ。
アイゼは比較的まっすぐな男っぽい性格だと思うが、ヤクトに対しては時々わからない言動をすることがある。
「……今日は前回よりマシか?」
「格段にな。だが油断はするな」
「姫殿下……何故なのです?」
「イケメンだからだろ」
「「「死すべし」」」
馬改めウーマと共に馬車の車列に並走する騎兵たちは、警戒してヤクトの挙動を注視している。
老兵がアイゼに諫言するため近づいても落馬させられなかったが――、
「騎兵長殿……大丈夫ですか?」
「姫様……なんちゅう目でわしを見るんじゃ。どこの馬の骨とも知れん男に……情けなや……」
「お労しい……」
「そっとしておけ。勝手に孫みたいに思ってんだ」
しかし、今回はアイゼから精神的ダメージを受けたようだ。
鉄塊の中で何があったのか。あれ以来、アイゼはヤクトに絡む男やヤクトを狙う女に対して、虫を見るような目を向けるようになった。
「デンカさま! おっきい壁! 壁が見えるよ!」
「うむ。あれが王都の堤だ。中に入ればさらに高い城壁がある」
「お城! 見られる!?」
「こら、お前たち。はしゃぐな」
「ハリッシュ様のおっしゃる通りです。ブラフマを背負っている自覚を持ちなさい」
「アユーは鑑定しないじゃん」
「お黙り」
ティタンとハリッシュは子供たちと馬車の中ですし詰め状態。
ハリッシュの隣はアユーが確保してピタリと身を寄せている。従者として当然の位置だと言ってスンとしていた。
「殿下……お帰りなさいませ」
「うん。ブラフマの子らを連れてきた。通せ」
「……馬を降りた方がよろしいのでは?」
門番の衛兵はあの日のことを後悔している様子だ。
公衆の面前でイってしまったアイゼはある意味で時の人となり、責任の一端は門番のススメにあったと怒られたらしい。
「このままでいい」
「二度とおやめください……次は打首らしいので」
「案ずるな。大丈夫だ……あぁ……たぶんな」
渋面を浮かべる門番は王女の命令で仕方なく門を押し開いた。観音開きの片方は同僚に押させて責任を分散している。
「ヤクト。ゆっくり進め」
「わかった」
先日の訪問時より人が多い。王城へと続く目抜き通りは王都民で溢れていたが――、ウーマが現れると波の引くように路肩へ寄って道が開いた。
「鉄血姫さまだ……」
「まあ大変。あの時の男の子もいるじゃない……」
「今回は目隠し無しか……ごくり」
「ちょっと変態。成人前のお方に何を……ごくり」
「今日もナサっちゃうのか……?」
「クセになっちゃったんじゃ……?」
見物人の群れを虫を見る目で睥睨したアイゼはヤクトの背中に胸を押し当て「ゆっくり進め」と耳元で囁いた。
ウーマが先頭に立ち、騎馬隊に挟まれた車列が人集りの間を進んでいく。
一見して凱旋やパレードのようだが、大通りはしんと静まり返り、ヤクトとアイゼに好奇の視線が集中する。
アイゼは群衆の視線を浴びてゾクゾク身を震わせ、ヤクトの背中に肢体を擦り付けて恍惚としながらも、民へ向ける眼差しは男爵芋に向けるものと大差無かった。
「ヤバ……なんかゾクっとした」
「はぁ〜……姫さま。もっと見て」
「イケメン羨ましい……あのイケメン死ねばいいのに」
「お美しい……以前の10倍は美しくなられたわ」
「おいでませ? あの旗は何だ?」
「そんなのどうでもいいじゃない。鉄血姫さまが覚醒あそばされたのよ?」
「……何に目醒めて、何がいいんだ?」
「「「わかってねーなー」」」
アイゼの人気は平民を中心に別の方向性で浸透し始め、王家からはほぼ見放されていた。
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「はぁ〜……あぁ……よかった」
「何がよかったんだ?」
王都の中心部にある城を囲む一段高い塀を抜けたところで、アイゼは変な笑顔でグっと背伸びをした。
周りに屯していた人間たちも変な感じだったが、あれは何だったのか。
初めは警戒していたものの向けられるものは敵意でないとわかって、背中に当たるアイゼの感触に集中する余裕もできたが、相変わらず人間はよくわからない。
「このまま進めばいいのか?」
「ああ。鑑定の間は王城の中だからな」
鑑定魔堰は黒い遺跡の中にあるらしく、太古の昔から同じ場所にあり続けている。
それぞれの地域の権威の象徴として時の権力者たちはその土地に居座り、遺跡を中心に屋敷や城を建ててきたということだ。
「ドラント王家の興りは千年ほど前だ。と言っても島内の小競り合いが終結しただけで、この本島が西南五島の中心であり続けたことは変わらない」
「鑑定魔堰があるからか? 独り占め?」
「それは無理だ。鑑定魔堰の占有は最も忌避される禁忌だからな。下手をすれば異端審問官が出てくるし、いずれの王朝でも教会に逆らって無事に済んだ試しはなかったと伝わっている」
古くから鑑定魔堰は教会の管理下にあった。適性鑑定ができるのも教会だけで、女神の教えを広め魔法や魔力を説く伝道者という立場だという。
女神教会には地域のものとは別の権力があるということだろう。
「まぁ、最近は事情が違うがな」
大陸内に法国を興し、林檎の樹を得たことで帝国とのパワーバランスが崩れた。鑑定魔堰の所管を各国に委任したのも何か不都合があったのだろうと思われる。
鑑定のやり方や遺跡の管理、鑑定料は国ごとにバラバラらしいが、鑑定を望む者を拒否することは帝国が厳しく禁じているということだ。
したがって、鑑定魔堰を独占することは今も昔もできないようになっている。
「ちょっと愛嬌があって面白いぞ」
「なんてしゃべる?」
「古代語だからな。発音は何処にも残っていない」
謎のしゃべる魔堰が人の魔力を測定する。
そんなことが可能なのかどうにも納得できないが、適当でいいと言いつつアイゼが僕に期待していることはわかる。
大きな魔力容量を見せれば、また笑ってくれるだろうか。




