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第五九話 おいでませブラフマ島



 遭難者の中には岩男に殺られて帰らなかった人間もいたが、戻ってきた者たちはそれぞれに質の良い大きな鉱石をたくさん持ち帰っていた。


 遭難してもガメツイ。いや、ガメツイから遭難したのか。


「ラシぃいい〜!」

「生きてたのね! よかったわ!」

「2人とも急に消えちゃうんだも〜ん。ウチも迷っちゃったし〜。領主様たちに会わなかったら危なかった〜」


 男爵たちは遭難したことにも気付かず、ひたすら採掘を続けていたらしい。部隊が半分になっていることにも暫く気付かなかったと言う。


「またもや落盤とはな。何にしてもハリッシュ、よくぞ退けた」

「いえ親父殿。ティターン殿下のご尽力あったればこそ」

「殿下には感謝申し上げる。しかし、これでもまだ足らぬな……」


 落盤で得られた大量の鉱石を合わせてもまだ足りないと男爵は頭を抱えているが、モクモクと湯気を吐き出す深部に下りる気は無さそうだ。


「何言ってんだ? もう薪なんか要らないだろ」

「む……ヤクト殿……この煙はどうしたことか?」

「温泉を引いて暖を取ればいい。堀と汲み上げは必要だけど」

「そうか……あいや待たれよ。何故に鉱山から温泉が湧く? 岩男は湧かぬし……えっ? ――何故湧かない!?」

「岩男より温泉の湧く方が普通だろ」


 ここはもう普通の山と洞窟だ。


 海の魔女の概念魔法『鉱山』は天然の温泉に呑まれて消えた。


 人間が抱く鉱山のイメージを自然が完膚なきまでに破壊して思い知らせたからだ。組まれた魔法の構造上、ブラフマ島の鉱山は存続できないほどに変わってしまったのである。


「つ、つまり……鉱山が無くなったのか!?」

「代わりに温泉が湧いた。かなりの湯量だし、源泉の温度も高い。それで何とかしろ」


 温泉を薪の代わりに冬を越し、温泉を鉱石の代わりに活用して稼ぐ。それしかブラフマ島の生き残る道は無くなった。


 男爵は当然ながら、島民たちも放心してふらふらと鉱山を離れ、手持ちの鉱石を抱えて組合支部へ向かった。


 この後に及んでまだ鉱石への執着が捨て切れないらしいが、今ある分を売ってしまえば次は無いのだ。


 そのうち観念するだろう。


 

**********



 翌々日――、男爵は再びニホン国大使館を訪れていた。


 温泉を目玉にした観光地としてブラフマ島がやっていけるか、文官達に試算させてみたのだが、何ぶん誰も観光というものを知らないため無理だった。


 他に相談先も思いつかず、男爵は応接室で再びイーロと向かい合う。


「ニホン国には旅行代理店なるものがあると聞いた。どうか知恵を貸してほしい。イーロ殿、何卒お頼み申す」

「はあ……鉱山に……温泉っすか? マジで?」


 イーロは一頻り悩み、昔アルローで一躍脚光を浴びた公衆浴場、またの名を銭湯の導入を薦めた。


「銭湯なら当面は箱物1つで済みますし、地底から温泉引くなら造水器もボイラーも不要っすから。送液魔堰と……あと最低限の配管設備があれば」

「観光とは如何なるものであるか? 本当に儲かるのか?」

「人工島のニホンはもちろんっすけど、アルローでも温泉が湧く島はバレン島だけっす。今は諸島の人魔戦線の最前線になっててそれどころじゃないんで」

「つ、つまり……?」

「サービスの充実は必須っすけど……まず間違いなく流行りますよ」

「そうか! 島に客を呼べるか!」

「つーか、こっちからお願いしたいです。初期投資はしますからブラフマ島の再開発に噛ませてください」

「おおっ……! そうか! そうかぁ!」


 こうしてブラフマ島は首の皮一枚で繋がった。


 イーロを通じてニホンの大手旅行代理店とコンサルティング契約を結んだ男爵は、即日、島へ舞い戻り、命運を賭けた改革に乗り出した。


 問題は寡黙で不屈が取り柄のブラフマ島民に観光業が務まるかだが――、


「やらねばならぬ! 為せば成ると考えておかねば!」

「領主様! ニホン国から銭湯の設備配置図と構造図面が届きました!」

「大工を手配せよ!」

「木材が足りません!」

「石材で代用せよ!」

「鉱夫たちが騒いでます! 岩男が1体も湧かないと!」

「銭湯までの堀を造らせておけ! 公共事業である! ついでに配管費用の節約である!」


 新たな温泉島に目を付けたニホン国の支援を得て男爵は頑張り、その熱意は徐々に島民たちにも伝播していくこととなる。



**********

 


 そして『鑑定の儀』の前日――、ブラフマ島の大人たちは満を持して少年少女をドラント本島へ送り出す。


 日程はギリギリだった。ティタンが確認したところ、他の島の希望者たちは昨日までに魔力容量鑑定を終えたそうだ。


「アンタら気合い入れて行きな!」

「適性は錬成魔法でお願いね! 色々と造んなきゃいけないから!」

「ちゃんとバグベアー読み込んだ〜? 白塩姫の回だよ〜?」

「あれが好きな子供はイケるって噂だもの。きっと大丈夫よ」


 宣伝のために『おいでませブラフマ島』と書かれた(のぼり)を持たされ、いつもは「強化だ強化だ」と五月蝿い大人たちがコロっと言うことを変える様を見た子供たちはジト目で親を見上げていた。


「アユー。本当に良いのか?」

「はい男爵様。これからのブラフマ家には先立つものが必要です。私ごときの鑑定料で使い潰すわけには参りません」

「そうか……すまぬな。ハリッシュは必ず帝国へ行く。そなたは従者として同行せよ」

「もったいなき……ありがとうございます」

「……魔力容量20以上であったな。為せば成る……か?」


 ヤクトの鑑定料はアイゼが持つことになった。


「ヤクト……本当にいいのか? 貰っちゃって」

「いい。アイゼにやる」

「――いいっ!? 1億ムーアをポンと私に……あぁ……なんて甲斐性のある男なんだ」

「ハリッシュ様だってそのくらい……魔力さえ得られれば甲斐性もつきます」

「おいアユー? どうだ? 羨ましい? なぁ?」

「…………ちっ」


 1億相当の金鉱石を丸ごとプレゼントされて嬉しそうなアイゼを見て、ヤクトは金の大切さを再認識したようだ。


 金は食い物に変わるばかりではない。時にはそれが男の価値を上げることもある。


「義姉上……私も鑑定を控える身なのですが?」

「言うなティターン。我らは20をもぎ取ることだけ考えればよいのである」

「ハリッシュ……そうだな」

 

 ティタンとハリッシュは各々に軽すぎる期待と重すぎる責任で挫けそうになりながら、同じような顔をして大型の高速艇に乗った。


「ハリッシュ様〜! 頑張って〜!」

「きっと帝国からも千客万来よ!」

「そりゃそうさ! 若様が宣伝して下さるに違いない!」

「ご学友も来られるかもしれんな! 未来の帝国貴族様だ!」

「上客だわ。魚カレーのレシピも増やさないといけないわね」

「魚ならわしに任せとけ! もう本島には売らん!」


 ハリッシュの胃がキリキリと痛む。


 鑑定魔堰に触れたほとんどの人間は吐き気をもよおし、実際に吐くが、我慢強く不屈な彼はいかにもブラフマ然としている。


 酸っぱい胃液にどれだけ耐えられるかが勝負の鍵となるだろう。


「我の鑑定は最後にしてもらおう……」

「わかった……通しておく。お前も大変だな」

「ヤクトは適当でいいぞ? ダメでも私の従者ってことで連れていくから」

「そうか。わかった」

「そんな……義姉上は私を迎えに来られたはずなのに……」


 すっかりアイゼに興味を持たれなくなったティタンは意地を示すことができるのか。


「おのれヤクト……目にもの見せてやるっ!」

「そなたも大変であるな……それはそれで」


 子供たちを乗せた高速艇は一路ドラント本島を目指して北へ向かった。


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