第五七話 最深部へ
湧き出す岩男を適当にあしらいながら、僕にたどり着ける最も深い場所までやってきた。今回は1人でやってきたがこれまでと大した違いは無く、やはり先に進めそうにない。
遭難した人間には1人も会わなかった。
もっと深い場所に居るのか、壁の向こう側か、あるいは別の空間にズレているのか。何も見えず、何も聞こえず、気配を感じることもできない。
「無理か……」
このまま帰ってもアイゼは笑ってくれる気がする。だが、それだと僕が笑えない。
僕が笑うと、アイゼは本当に嬉しそうなのだ。もう一度あの感じを見せてほしい。何度でも見てみたい。
そのためにはアイゼの喜ぶことして、僕も共感するべきだが、目の前にある分岐のどちらへ進んでもダメだということは理解している。理解してしまっているからダメなのだ。
ここで立ち止まっていてもどうにもならない。別の方法を考えて戻ろうとした時――、
トン――。
誰かに背中を押されて一歩前に出た。
「――っ!?」
即座に振り返って距離を取るが、背後には誰も居ない。
経験したことのない事態に鳥肌が立ち、全力で気配を探るが近くには誰も居ない。
(また……新手の魔法か?)
まるで師匠のようだった。
音や匂いは無く、空気も揺らがず、敵意すら感じなかったが、今のが刃物の一撃だったら僕は死んでいた。
「――え?」
そして、気付く。今の一歩で、僕は先に進んでいた。
**********
なんてことだ。
普通ではないと思ってはいたが、まさかあんなものだったなんて。
ヤクトは気付いていないが、僕には状況を認識できている。
入り組んだ鉱山洞を迷いなく進み、何もない場所で立ち止まると――、
トン――。
ヤクトは、また背中を押された。何者なのか。いや、アレは一体何なのか。
僕には何もわからないが、何度も繰り返される不意の接触を警戒しているはずのヤクトが反応できない。
明らかに異常なことだ。あの男はヤクトに何を与えたのか。
ヤクトが立ち止まるたびに、ファンタスマゴリアから生えた白い手が背中を押している。
まるで鉱山の水先案内人のように振る舞うアレはヤクトの魔法ではない。
何者かによる遠隔錬成という可能性もあるが、僕とあの男以外にヤクトを知っていた者は居ないはずで、あの男は魔法を行使しないはず。
押されるたびに辺りを見回し青ざめている。あんなヤクトは見たことがない。
もはや引くこともできなくなったヤクトは白い手に押されるままに深部を進み、やがて大きく開けた場所に出た。
白い手はそれっきり現れなかった。
**********
「はぁ〜! はぁ〜! はぁ〜!」
呼吸がひどく乱れている。こんな事ではすぐに死んでしまう。
敢えて息を止めて心臓の音に耳を傾け、心拍に合わせて呼吸を戻していく。
「ふぅううう〜……」
アレは一体何だったのか。あんな怖い思いをしたのは久しぶりだった。
殺意が無いからなお恐ろしい。不自然の極みのような現象だった。
(ベルさんが言ってた……お化け?)
死んだ者の魂が現世に迷い出したモノらしいが、人間の空想上の産物だと言っていたのに。
人間のイメージが具現化する魔法の中に居るから、変なことが起きた。そう思っておくしかできることがない――これがお化け。なんて恐ろしいんだ。
実際のところ何かはわからないが、ともあれ、お化けの目的はわかる。
(ここか……最深部)
今までに見た中で最も広い地下空間だ。
真円に近い球状の空間で、地面も大きく窪んだ盆地のような形状。
岩男の湧き出す気配は無い。遭難した人間たちの姿も無い。
ここがブラフマ島の鉱山の中枢であることは確かなようだ。組み上げられた魔法の流れは球状空間の中心点から発しており、その一点が魔女の概念魔法『鉱山』の中心。
(とりあえず……真下まで行くか)
クレーター状の地面を下り、盆地の中央へ向かって歩いていく。
侵入によって罠が起動することを念頭に警戒しつつ進んだが、中央に着いても何も起きなかった。
頭上には魔法の核とも呼べる不可視の何かがあり、それが鉱山全体の楔のようになっている。
目的地にたどり着いたはいいが、僕にできることは何も無い。
(困った……何をどうすればいい?)
結局、遭難者は1人も見つからず、どうすれば連れ戻せるかもわからない。
「ふぅ――」
こういう時には座禅だ。この場所でなら何か見えるものもあるかもしれない。
地面に腰を下ろして脚を組み、頭上の魔法を感じつつ思考を止めずに意識を拡げる。
それから数時間が経過して、新たにわかったことは何も無かった。
やはり凝り固まっているのは島民の無意識の方であり、鉱山はそれを受けて応えているだけ。
(僕には理解できない……今はまだ)
遭難者が生きていたとしても、死ぬ前にアイツらを理解できる気がしない。
理解できなければ相手の認識を変えるなんてことは不可能だ。ならば魔法自体をどうにかできないかと考えるが、既に顕現している魔法に対して基本的に僕は無力だ。
鉱山が自然だとは思わないが、僕1人の認識で全に還せるほどこの魔法は小さくない。僕の知覚を大きく超える全にも近しい大魔法だ。
基本的な概念を捉えられたことも、多くの島民を観察して認識を上書きし、積み重ねた果ての成果。
意識を拡げれば拡げるほどに、その大きさを実感して――、
(――ん?)
今、一瞬の違和感を感じた。
あまりにも大きな不自然の中で気付かなかったが、微かな自然の気配があった。
魔女はどうやって鉱山を創ったのか。
魔法的にどのように事を成したかという意味ではなく、どういう手順で鉱山を生み出したかである。
(なぜ創ったかはわからない……けど、そこには人間が居たはずだ)
それは組まれた概念からも明らかだ。採掘する人間が居なければこの魔法は成立しない。
つまり鉱山誕生の瞬間から、あるいはもっと前から、ここには人間が生きていたことになる。
(人が生きていくために必要なものは……元からあった)
この『鉱山』は『林檎の樹』のように突然生えたわけではなく、自然の土地から造られたのだとすれば――、可能性が見えた気がした。
(感覚を拡げろ……魔法は気にせずに……)
あるべき全の欠片を探せ。




