第五四話 数の強さ
鋭く空気を切り裂いた矢が岩男の額を打ち、鉄の重錘が硬い岩肌を破砕する。
「ふしっ! 次!」
「はいっ!」
ティタンはアイゼの錬成した鉄塊を背にして立ち、岩男の群れを迎え撃っていた。
子供が差し出す矢を受け取ると、すぐさま番えて撃ち放つ。
「チャーナ! 後ろに落ちたわ!」
「わかってる! ダミニ! 左のヤツ復活しそう!」
女たちは岩男の復活を妨げながら矢を回収し、老人はトンカチを細かく振るって曲がった矢を直し、子供たちがティタンに届ける。
「5メートル級が来るぞ! 一旦下がれ!」
女たちが散開したことを確認したティタンは強く弦を引き絞り、力を溜めた強射を放つ。
5メートル級は弓矢の一撃で沈んだ。
「すごい! デンカさま!」
「殿下さま! また当たりました!」
「う、うむ。子供は苦手なんだ……」
ティタンの矢は百発百中。
動きの遅い岩男が相手とはいえ、拠点付近に発生した落盤はかなりの規模だ。
手勢は他領の老人と女子供、あとは負傷者のみで、攻め手は己れの弓矢だけという状況にあって、まるで詰め将棋のように最上の一手を打ち続ける。
魔法も使えない10歳の少年がこれを為す。まさに将器である。
「1人でも欠けば崩れる盤面と心得よ! 仲間の背を守り! 後方を守れ! さすれば私が皆を守ろう!」
複数の童女からキラキラした瞳で見上げられたティタンは痒そうに鼻を鳴らし、次射で2メートル級の急所を外した。
カッコつけた直後だけに尚のことカッコ悪い。
「矢をちょうだい!」
「私が渡すの! 放して!」
「ちょっと! 曲がっちゃったじゃない!」
「ウチは悪くないもの!」
「デンカさま〜! この子が邪魔するの!」
当初のティタンは頭でっかちで高慢ちきな子供という印象だったが、天衣無縫の野生児ヤクトに叩かれ、同時に感化されたことで心身ともに逞しくなっていた。
「皆ぁ! 協同せよ!」
「きょーどー?」
「バカね。ウチに指導しなさいと仰せなのよ」
「バカじゃないもん! バカって言う方がバカなんだから!」
「仲良くしなさい! というか矢をくれ!」
しかし、器はあれどまだ幼い。
社交辞令以外で女からモテた経験も無いに違いない。ドラント王族なんてそんなものだ。
決して僕個人の偏見で言っているのではない。
「どうぞ。殿下さま」
「うむ」
シュバっと撃つ。
「あそこにいる女はウチの母ですの」
「うむ?」
ズバっと撃つ。
「ウチも近い将来あのように育ちますわ」
「ふ、ふむ」
ドパンっと撃つ。
「妾にどうですか?」
「ぶふぁ!」
思わぬ方向からの攻勢にティタンの差し手が崩れてきた。
5歳の童女が指差す母親は大変ご立派な胸の持ち主――乳の大きな未亡人ダミニである。
「こらサアチ! デンカさまにぶれーだぞ!」
「無礼なアヒット。ぶれーじゃなくて無礼よ。デンカさまじゃなくて殿下さまよ。おバカなアヒット」
「ヤクト兄ちゃんが怖かったからってお前! 尻が軽い女はダメだって父ちゃんが言ってたぞ!」
「はぁ!? アンタだって『おかあ〜さ〜ん』って泣いてたでしょ!」
「ぐっ……このバカ女! ダミニさーん! サアチが「わぁあ〜!」モゴモゴ!」
その隙を突いてティタンの横に陣取ったのも未亡人の娘だった。
「どうぞ! デンカさま!」
「もう、そこに置いといてくれ」
「ウチはリャーナです! お……おしりおきを!」
「お見知りおきだ。背伸びするんじゃない」
ティタンはビュンビュン矢を撃ちながら、どの女の娘だろうと探してしまう。ちゃんと思春期の男の子だった。
「あそこの貧乳がウチのおか――ごめんなひゃい!」
「……あとで折檻だな」
チャーナが物凄い目で娘を睨んでいた。よくも聞こえるものだ。ヤクト並みの地獄耳だ。
「しかと動け。容易い戦ではないぞ」
「「「はい……ごめんなさい」」」
少し厳しめに言うと子供たちは黙って働くようになった。
矢弾を使い回して凌いでいるが、このままではジリ貧だ。
ティタンは何人かの衛兵をハリッシュの元へ走らせていたが、深部を進むだけでも簡単ではない。ましてや岩男の拳を受けて骨折多数の負傷兵たちだ。
救援は望み薄だった。
「ハリッシュは必ず戻る! 意気を示せ!」
女たちはティタンの指揮に従い、危険な前線で矢を拾い、槌を振るって駆け回る。
特に大勢の土下座を見た者たちは捨て身で落盤に相対していた。
最後まで蹲っていた者たちは既にこの世に居ない。
各々の明暗を分けたものが何だったのか、僕にはわかるが、ヤクトならどうだろう。
「――ダミニ! 後ろ!」
「――っ」
矢を拾ったダミニの後方から岩男が迫り、ティタンにトドメを刺されながらも倒れ込んできた。
「落ち着いて……全部そのまま……流れだけ――」
轟音を鳴らして崩れた岩男のパーツがダミニを押し潰した。
「お、お母さーん!」
悲鳴を上げて飛び出そうとするサアチをアヒットが羽交締めにして抑える。
「ダミニぃいいい――っ!」
「行くな! 持ち場に戻れ! 矢を拾え!」
「殿下!」
「子まで死なすか!?」
皆まで言わせるなと厳命するティタンも余力は無い。
落盤を成す岩男たちの単調な行動パターンに助けられているだけで、相手が個の集であったならとっくの昔に詰んでいる。
「くっ……前線を下げよ!」
仲間の死に浮き足立った女たちへ後退を命じるティタンの顔に苦渋が浮かぶ。
岩男の先鋒が進めばそれだけ回収できる矢弾は減る。
老人たちの技巧を駆使しても使用に耐えない矢もあり、ティタンの手数は矢の補給があってこそのものだ。
精密無比な弓矢の速射で支えられる防衛線に、アイゼの不在が重くのしかかっていた。
「お、おれ……鉄工ジジイ手伝ってくる!」
「アヒット!」
「リャーナはサアチを見てろ!」
ヤクトの威嚇に竦み上がり、周りに釣られて土下座までした島民たちだったが、ハリッシュの言葉でブラフマらしさを取り戻した。
「矢を!」
「最後の矢筒ですじゃ!」
「ですが殿下はお逃げくだされ!」
「愚弄するなよ爺!」
「いんや逃げなさい! ここで殿下に死なれては困る!」
鉄工芸用のトンカチを手にした老人たちも前線へ向かい、復活間際の岩男の額を殴り始めた。
「殿下! 子供たちを連れて逃げて!」
「アンタら早く行きな! 人数が減ってんだ! 薪だって足りるさ!」
「母ちゃ〜ん!」
「黙れぃ平民ども! ドラント王家を舐めるな!」
ティタンは前線まで出張り、至近距離から岩男の額を狙い撃ち、さらに跳ね返った矢をキャッチして矢弾を節約する妙技を見せた。
「男子ぃ! 手伝え! これ転がせ!」
最前線から動かず今にも死にそうな老人たち。その姿を目にした子供たちは知恵を凝らして活路を見出す。
「そっか! こっちに持ってきて!」
岩男の頭だけ転がして他のパーツから引き離し、後方に運んでしまったのだ。
「ここを削ればいいの?」
「そう! 1人あたり頭2つ! みんな、頑張ろう!」
「「「おーっ!」」」
追い詰められてなお、鉄塊の中の強い子供に頼ろうとする者は1人もいなかった。




