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第五二話 数の怖さ


 ダミニとチャーナは深部を歩き回り、声を枯らしてラシの名を呼び、3時間ほど経過したところでヤクトに拠点への道すじを尋ねた。


「もういいのか?」

「「……」」


 言葉を発さなくなった彼女たちの背嚢には鉱石がギッチリと詰まっている。ヤクトが狩り続けた5メートル級と7メートル級の置き土産だ。


 厚かましくも逞しい女たちだが、終始冷静なヤクトを見る目には恐怖がありありと浮かんでいる。


 恐ろしいはずの岩男をものともしない強さを見せつけながら、鉱石に欠片も興味を示さないヤクトを鉱山の島で生きる人間に理解できるはずもない。

 

「お前らは家に帰れ」

「「……」」

 

 わからないものは恐ろしい。ヤクトが恐れるものも同じだったが、怖れへの対処には隔絶した差異があった。


「わかったか?」

「「……」」


 女たちはヤクトとの会話を避け、理解することそのものを拒んだ。


 その内心がわからないヤクトは声掛けを辞めず、双方の相違をさらに浮き彫りにした。


「おい!」

「「――ひっ」」


 その反応でようやく理解したように口を閉ざしたヤクトの表情はまったく変わらない。耐えることに慣れすぎたこの子は自覚すらしていない。

 

 ヤクトは人として強すぎる。あの男のようにだけはなってくれるなと、そう願うことしか僕にはできない。



**********



 途中で何人かの女を拾いながら拠点へ戻った。

 

「ヤクト!」


 アイゼが僕を呼んで駆け寄ってくる。


 心配そうにしている事情はへたり込んでいる衛兵を見れば瞭然だが、遭難を理解した今の僕に恐れるものなど何も無い。その気持ちは的外れだ。


「ヤ、ヤクト……?」

「聞いたぞヤクト。5人も一気に遭難したと……大丈夫だったか?」

「ティタン。アユーはどこ行った?」

「それが……男爵がな……」


 わかってはいたが、この場に残っている人間は一部のみ。主に子供と老人、負傷した男女だけだ。


 男爵は戦える者たちを引き連れて深部へ打って出たらしい。


 狭い鉱山洞で多勢の運用は難しいと思われるが、少数を小出しにして遭難させるよりは全員で動いた方が上策だと判断したのだとか。


「家に帰って頭を冷やした方がいい」

「時間もあまり残されていない。その気持ちはわからないではないのだがな……」

「…………」


 嫌な予感がした――その時、深部から上がってくる大勢の人間の気配を感じた。

 

「うわああああああ――っ!」

「助けて! 助けてぇ――っ!」


 褐色の肌を土気色に染め上げて、血の気の引いた人間たちが()()うの体で拠点に雪崩れ込んでくる。


(ボスの子供があの体たらく……バカが)


 いずれも錯乱しており、その中にはハリッシュとアユーの姿もあった。

 


「――がああああああああああああああああっ!!」


 

 森狼が腹を晒すくらい、本気で威嚇してやった。


 生き物を怯ませるのに覇気や殺気は必要ない。その辺りはベルさんもまったく理解していなかった。


 この瞬間から僕が群れのボスだ。相手が鈍い人間だろうと関係ない。


「ハリッシュ。来い」


 群れの元のボスに最も近しい者を呼びつけ、上下関係を見せつける。狼だったら目の前で喰い殺しているところだが、臆病な人間ならこれで充分だろう。


「……ヤクト」


 腰を抜かしている連中が多い中で、そこだけはさすがと言ったところか。膝を震わせながらも2本の足で立っている。


「何人消えた?」

「……」

「答えろ」

「せ、正確には……わからぬが……おそらく半数ほどだ」


 ざっと見回して、逃げ帰ってきた人間はおよそ100人。男爵も含めて主戦力を中心に丸ごと遭難したようだ。


「引き上げるぞ」

「ヤ、ヤクト! 親父殿も消えてしまったのだ! このままでは帰れぬ!」

「お前の意見は聞いてない」

「頼む! 後生である!」


 土下座が出た。イザされてみるとよくわかる。


 こんなもので何が変わると言うのか。大英雄の底を見た気がした。


「――は?」


 脅されて失禁した男、無言で涙を流す女、拠点に残っていた老人や子供たち――老若男女すべからく、僕に向かって土下座している。


「ヤクト殿……どうか男爵様だけでも……どうか……」


 アユーまでハリッシュの隣で土下座し、僕に助けを求めている。


 土下座する群れのあちこちから「どうか、どうか」と懇願の波が押し寄せて、身勝手に僕を呑み込もうとしてきた。


「…………はぁ?」

 

 皆殺しにしたくなった――。


「わぁああああああああ――っ!」


 すぐ背後から泣き叫ぶような甲高い大声が響き、鈍色に蠢めく質量が全周から僕を押し包む。


 泣き声に篭った気持ちに身体が竦み、不覚にも逃げ場を失った。



**********



 拠点を構成していたすべての鉄が歪な丸い鉄塊に変わり、ヤクトを丸呑みにした。


「あ、義姉上……」


 アイゼも共にその中へ消え、静まり返るその場には平伏する大勢の島民たちとティタンだけが残された。


「……何故だ」

「ハリッシュ……頭を上げろ」

「何故だティターン!? 何故、我らだけが……!」

「ハリ様! ダメです!」

 

 土下座のまま怒りに身を震わせ、ティタンに飛び掛かろうとしたハリッシュをアユーが体を張って止めた。


「――あぐっ!」


 アユーの苦悶を聞いて我に返ったハリッシュは彼女を支えて立ち上がり、共にティタンへ頭を下げる。


「殿下……ご無礼を」

「ブラフマの怒りは受け取った」

「お赦しください」

「よしてくれ……友達甲斐のない奴め」


 ティタンに友と呼ばれて、ハリッシュの表情がほんの少し和らいだのも束の間のこと。


 鉄塊に向けて今だに土下座を続ける島民たちを見やり、再び眉間の皺を深くしたハリッシュは己れの恥を静かに飲み込んで、言った。


「皆、面を上げろ。そして立て」


 ハリッシュの言葉にいち早く従った者は周囲の光景に息を飲み、黙って近場の人間を引っ張り起こす。


「動く気概のある者は我に続け。遭難者の捜索に出るが、岩男との戦闘は極力避けよ」

「私が斥候を務めます。慎重に行きましょう」


 多くの男たちが再び深部へ向かうハリッシュに続いた。女たちは泣き続ける子供の世話を始めた。


 それでも、動けずに蹲る者も僅かばかりいた。


「義姉上……私に力を」


 鉄塊をひと撫でしたティタンは弓を手にして声を張る。


「皆の者! 急ぎこの裏へ身を隠せ!」


 男衆を率いたハリッシュが深部へ降りて1時間後――、人の怖れに呼応するように、数多の岩男が湧き出した。


『『『グォオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』』』


 落盤の発生である――。



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