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第三三話 半魔奴隷



 庭の真ん中に置かれた台車の上に大小2つの鉱石が置かれていて、それをルーペで覗き込む1人の女が居た。


 ブラフマ島の面々が固唾を呑んで見守っているのは島の命運を大きく左右する金鉱石と銅鉱石の鑑定風景。


「どうです素晴らしいでしょう! これほどの大物はまず出ませんよ! 競売に出せばどれほどの値が付いたことか!」

「……」


 男爵の息が掛かった組合支部の鑑定人が女の周りをうろつきながら、2つの鉱石をひたすら褒めちぎっている。


「もったいないが仕方ないのです。今年の冬は厳しくなります。薪が足らねば子らがどうなってしまうことか……本当に貧乏島の苦しいところでしょう? はは……」

「……」

「すぅ〜……それにしても! これほど若くてお美しい方がいらっしゃるとは思いませんでした! ブラフマに舞い降りた救いの女神ですかな? はぁ〜はははははっ!」

「……邪魔だよ」

「はははは……はぁ」


 時に自虐を混ぜつつ哀れを誘い、女をヨイショして機嫌と買取価格を引き上げようと頑張っていた。


 金が無ければ若輩の女にも頭を下げなければならない。ドラントの男として忸怩たる思いがきっとある。


「ヤクト、絶対動くなよ? 数十億の取引だからな?」

「あの女……なんか変だ」


 アイゼはヤクトを背後から抱きしめるように抑え込み、キーパーソンである女商人に手を出させまいとしていた。


 その気になればいくらでも抜けられそうだが、ヤクトは動かずに大人しくしている。後頭部に胸の感触があるからだろうか。

 

「あとアイツらは見た目が変だ」

「あの商人の奴隷だ。無視しておけばいいから」


 鉱石の運搬役だろう。女商人は人足として複数の奴隷を連れて来ていた。


「匂いも変だ。あの中に女は居るか?」

「全部、男だから。無視しておけばいいから」


 いずれも首に黒くて無骨な首輪を装着しているが、それ以外の共通点は肌の色くらいしかない。


 犬猫の耳や尻尾が生えた人間。


 獅子の牙が剥き出しになった人間。


 馬のたてがみを持つ馬面の人間。


 様々な動物の特徴が入り混じった人間たちは薄紫色の皮膚を持っている。


「半魔奴隷だ。関わっても良いことはない」

「あれがそうなのか。へぇ〜」


 ヤクトは『人間にも色々いるんだな』程度の認識だろうが、あれらは人間と見做されていない。その辺りは僕にもピンとこなかったので教えていないのだ。


 半魔獣と同じように、人間と魔人あるいは半魔獣が混じって生まれた新たな種――『半魔』と、人の字を略してそう呼ばれている。


 青緑色の血液は『魔血』と揶揄され、肌の色と併せて人外の証。


 赤い血を持つ生物との混血が進んだ個体は別として、魔血が濃い半魔の身体能力は人間を遥かに超える。


 強靭な肉体を持ち、成長が早く、容易には死なず、人間並みの知能を有するため隷属魔堰に縛られる。


 人間の奴隷よりも格段に使い勝手のいい『半魔奴隷』の需要は大きい。


「ニホン国は基本的人権を重視している。だからニホンの法は奴隷を認めない」

「基本的じんけん? なんだそれ?」

「人が人として生きる権利のことだ。崇高な理想を掲げて実践しながら、その上で成長するところがあの国のスゴさだな」


 したがって、奴隷を連れていてはニホン国と商売できないどころか、入国すら認められないらしい。


 ドラントでも他国と同じように奴隷は欠かせない労働力だったが、その変化に戸惑っているうちに経済力でニホン国に追い越され、経済格差は今なお広がるばかりなのだとアイゼは複雑な表情を浮かべている。


「だが半魔奴隷は別だ。ニホンは半魔奴隷を輸入してまで確保しようとしているからな」


 ニホン国内で半魔奴隷は多数存在しており、むしろ他国より厳しい重労働を課せて使い潰している。これは有名な話だと言う。


「基本的人権はどこにいったんだ?」

「半魔は人じゃない。だから人権は無い」


 常に大量の半魔奴隷を買い付けているブロックがあり、半魔の墓場とまで言われているそうだ。


「歓楽ブロックだ。ニホン国内で最も外貨を稼ぎ出しているブロックでな。私も一度だけ行ったことがある……夢のような場所だった」


 アイゼはニホンに強い憧れがあるように見える。ヤクトをニホン人と勘違いして『嫁いでもいい』とまで言っていた。


 僕はいくつかの分離した商業ブロックにしか行ったことはないが、それでも海に浮かぶ真白の人工島を目にして驚嘆した。本国はどれほど栄えているのか想像もつかない。


「何があるんだ?」

「遊園地、カジノ、競馬場、高級ホテル、ショッピングモール、プール、サロン、遊郭なんかもある。観光客向けの目玉ブロックだ」

「――遊郭!」

「なんで遊郭は知ってるんだ!?」

 

 僕が教えたからだ。


 どうしても女と上手くいかなかったら、そういう逃げ道もあるのだと知っておいて欲しかった。


 まさかアイゼのような娘がいきなり現れるとは思わなかったし、男なら仕方ないだろう。


「ブロック長はナツ・ニイタカ殿。大英雄の奥方様だ」

「女か?」

「当たり前だろ。絶世の美女ってああいう女性のことを言うんだろうな……でも、とても腰が低いんだ。人として尊敬できるお方だ」

「奴隷は殺してるのにか?」

「半魔だからな。人魔戦線では最前線で魔人と戦われたらしい。その脅威を身を持って体感されたのだから当然だろう」


 歓楽ブロックの予算の多くを半魔奴隷の購入に回し、徹底的に隔離して死ぬまで働かせる。


 半魔奴隷の労働力が歓楽ブロックの発展を支え、歓楽ブロックの稼ぎが半魔の収集に充てられる。


 世界から半魔を効率的に駆逐する循環が出来上がっているのだと、アイゼはナツ・ニイタカを称賛した。


「ふーん」


 ヤクトはまったくピンときていない様子だ。


 人間と半魔の区別からしてわかっていないと見える。


「おっ。終わったようだぞ」


 そうこうしているうちに鉱石の鑑定が終了した。


 男爵自ら女商人を案内して館の中へ入っていき、その後にハリッシュが続く。組合支部の鑑定人は疲れ切った様子で銅鉱石にもたれかかっていた。


「行くぞヤクト」

「僕もか?」

「お前、忘れてないか? あの金鉱石はお前のものだろ」


 1億ムーア相当と言われて宿代に換算し驚いたヤクトだったが、毎日たくさんの魚カレーを振る舞われて金への執着が薄れている。


 ヤクトにとって金とは、いつでも食べ物に変えられるという、ただそれだけの価値しかない。

 

 遊郭を知れば少しは変わるのだろうか。


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