第二八話 大英雄とモモタロウ
男爵はアイゼの提案を聞き、ハリッシュの決意を聞いて留学を快諾した。
「ハリッシュ、アユー。必ず魔力容量20を捻り出して見せよ。知ってのとおり、我が家に学費を捻り出す余裕は無いのでな」
「「はい!」」
国王はまだまだ現役で幾人かいる王子の中でも後継は決まっていない。年少のティタンにも充分に可能性はあるので、学友として絆を深めるだけでも有意義であると語る。
「学園を卒業すればティタンで決まりだ」
「王室内で20に届いた方は義姉上だけですから」
「まったくあの王は……学費を捻り出してでも全員行かせるべきだろうに」
「父上も古いお方ですから仕方ありません。叔母上の不始末も……おっと男爵、忘れていただきたい」
「はははっ。次期ドラント王に言われては忘れるしかありませんな」
現国王の妹、ティタンから見れば叔母に当たるが、彼女は世紀の大うつけと呼ばれる有名人だ。平民にまで『うつけ姫』と称される始末で、人との会話が苦手な僕ですら噂に聞いて知っている。
大陸人魔戦線の初期、北から上陸した魔人群に北部一帯を蹂躙された帝国は混乱の只中にあったと言う。
その上、さらに大魔人が大量の魔人を産み落としながら海を渡り大陸へ近づいてきた。当時の第一皇子と婚姻関係にあった彼女は、事もあろうに勝手に帝国を見限り、母国へ逃げ帰ってしまったのだ。
そして5年前、その第一皇子が皇帝に即位してしまった。王家の重鎮たちが全会一致でその首を帝国に差し出しそうとしたほどの大騒ぎだったらしい。
今ではある種の笑い話になっているようで、男爵もプルプル震えながら笑いを堪えている。
「子供心に覚えている。叔母上は泣いて土下座していた」
「ドラント初の土下座ですな。当時はその話題で持ち切りでした」
「ドゲザって何だ?」
「大英雄の十八番だ。最大級の謝意をゴリ押しする時に使う」
「また大英雄……どの辺が英雄なんだ?」
「お前! まさか知らんのか!?」
大英雄ニイタカ・ホヅミ――ニホン建国の礎を築いた初代ニホン国アルロー駐在大使であり、命を賭して大魔人を討伐し帝国を救った近代史上の大人物だと、ニホンへ買い出しに行った僕は古本屋のオヤジから長々と聞かされた。
変わった魔法を行使することでも有名で、対大魔人戦では身長1万メートルまで巨大化して果敢に戦った――信じられないが事実らしい。
「はぁ? 1万メートルの人間? なんだそれ?」
「だから大英雄だ。彼の御仁がいなければ帝国どころか、現在のトティアスは無かったと言われている」
従来の五大魔法では成し得ない超常の力は伝説の概念魔法だったとも言われており、超巨大な酒瓶で大魔人を叩き潰した謎の魔法『大魔人クラッシャー』はあまりにも有名――と言われてもまったくイメージできなかった。
「はぁ〜? 酒瓶? なんだそれ?」
「聞いて驚け。学園にはその大英雄の子息や息女も通っている。長男のレイ・ニイタカは学園最強と名高い強者だ」
「王室が義姉上の政略結婚を差し止めていたのは、あわよくばレイ・ニイタカ殿との婚約の機会を狙っていたからでしょう」
「ソイツを殺せばいいのか?」
「やってみろ。どうせお前には無理だ」
「ヤクト。心配するな。私はアイツが好きじゃない」
「心配? 何のだ?」
「――むふっ!? もうお前は僕のモノ……誰にも渡さないってことか……あぁ……ヤクトは優しいな」
「義姉上……おそらく違うと「――あ?」……いえ、なんでもありません」
その男は『英雄、色を好む』の格言にあるとおり、多くの妻を抱えていたと言う。
大使として勤めていたアルロー諸島連合の関係者に多く、アイゼの『鉄血姫』の元ネタとなった『傾奇姫』や、新素材を開発した『巫女姫』もその1人。総勢10人は居たとのことで、ムカつく話だが事実らしい。
「奥方はほとんど亡くなっているがな」
「英雄のくせに優しくない」
「多くは魔人封じに駆り出されて犠牲となられたのだ。きっとその怒りが大英雄を生んだに違いない」
「死なせる前に巨大化すればよかったんだ」
「美談なんだからそれでいいじゃないか。今さら真実を掘り返しても無意味だ」
「何が英雄だ。モモタロウの方がカッコイイ」
胡散臭い変な英雄の話を聞かされてヤクトは渋面を浮かべている。
英雄なら敵を蹂躙して勝ちをもぎ取ってみせるべきだとか思っているのだろう。ヤクトが好きな小説に出てくる主人公のように。
「お前……大英雄を知らないのにモモタロウは知ってるのか?」
「小説はベルさんが仕入れてくれてたから」
「ちなみに裏モモタロウは知ってるか?」
「――むっ。なんだそれ?」
「地獄聖女作品ですな。私も好きです」
書斎から小説『裏モモタロウ』を持ってくるようメイドに命じた男爵は地獄聖女を推す。ヤクトの好きな英雄譚よりも純文学の方が好みらしい。
「ジャンルに捉われない傑作を世に出し続ける文学の天才だ」
「私はレモン・ヘンナーの方が好きです。地獄聖女は大勢の作家の合同ペンネームって噂ですから」
「バグベアーは何回読んでも面白いからな」
アユーも小説談話に乗っかってきた。アイゼはレモン・ヘンナー。ティタンは地獄聖女が好きだと言う。
小説という新たな娯楽が流行り始めて10年が経ち、貴族から平民に至るまで多くの作家が現れていた。
小説家の先駆けとして一世を風靡したレモン・ヘンナーと、作品数と執筆速度で他を寄せ付けない地獄聖女の二大巨頭が主流だ。
「魔堰怪盗シリーズはいつまで続くんだ?」
「男爵様。いつまでもです。バグベアーは不滅です」
「アユーはそう申すがな、あれに便乗して怪盗団を名乗る連中まで出てきた以上は完結させるべきだ」
「作品に罪はありません。作中の事柄はすべてフィクションです」
「そのフィクションを現実とごっちゃにする愚か者が居るのだ。高名な作家なら、己れの作品が世の中へ与える影響にも配慮して然るべきである」
アユーと男爵の会話を無視して『裏モモタロウ』を読み耽るヤクトは『魔堰怪盗バグベアー』には興味を示さない。
発行部数が多いので古本も手に入りやすかったし、僕も面白かったので渡してみたのだが、「国とか派閥とか面倒臭い」と言ってすぐに読むのをやめた。
「なんだこれ!? ティタン! 裏モモタロウの中のモモタロウって酷いヤツだぞ! こんなのモモタロウじゃない!」
「それも地獄聖女作品だ。鬼退治を鬼の視点で捉えた部分が秀逸だろう? 構成はちょっと素人臭いが……なんでだろうな?」
こうして文学の夜は更けてゆき、ヤクトは『本当は怖いグリム童話 人魚姫』を読み終えたところで不貞寝した。
「結末は大して変わらないのに」
ヤクトは単純な物語が好きなのだ。
「なんかドロドロして嫌だ」
生き汚くて人間臭い人魚姫が気に食わなかったらしい。




