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第二七話 留学のススメ


「そうだ! お前たちも留学しないか?」

「りゅーがく?」

 

 鉱山から出たところで、思い立ったアイゼがヤクトたちに帝国行きを薦めた。


 彼女は帝国魔法学園に留学中の身であり、学園都市の女子寮で生活しているらしい。今は一時帰国しているに過ぎず、久しぶりに帰って島内を見回っていたら――ヤクトに遭遇してしまった。


「衝撃的な出逢いだった……あぁ……思えば一目でビビッときたな」

「熱心に見てたからな。ナニの何がいいんだ?」

「――なぐっ!? 違う! それは違うぞヤクト!」

「義姉上……おいたわしや」


 事が上手く運べば、再来月にはティタンを連れて大陸へ戻る予定だった。要するに義姉として、また学園の先輩として義弟を迎えに来ただけだったらしい。


 学園の留学生招聘制度を使えば他国の人間でも入学を許される。その名に冠する魔法のみならず、幅広い分野で世界最高峰の高等教育が受けられるのだと語るアイゼは自慢げだった。

 

「無論、ヤクトは絶対だ」

「義姉上? 絶対なのは私では?」

「それはお前次第だ。頑張れ」


 神聖ムーア帝国――、海に覆われたトティアス唯一の大陸に座し、万年に渡る歴史を誇る大国である。


 帝国に比べればドラント州王国など取るに足らない小国だが、それは他のどの国も変わらない。


 むしろ帝国と共にあることで何とか生き延びてきた人々の国がドラントやアルローであり、星の裏側という地政学的な問題を克服するために海運業が発達したのがこの世界だ。


 内乱や覇権争い、国同士の戦争といえば帝国以外で起こるものであり、戦略上、常に帝国との関係が最優先――というのが10年前で止まっている僕の常識だが、現在はどうなのだろう。


「帝国の流れに乗り遅れたら明日は無い。王はなかなか認めないが、ドラントは既に出遅れている。いずれ国を率いるつもりなら、お前は最前線で学ぶ必要があるからな」

「心得ておりますとも。我が国は帝国の市場があってこその鉱山立国です。人脈を作る上でも留学は必須でしょう」


 ティタンは元より行く気マンマンで手ぐすね引いて待っていた様子だ。

 

「だからお前はお前で頑張れ。私はヤクトの世話で忙しくなる」

「義姉上……本気でソイツを? 皇室からの打診もあると聞いておりますが?」


 西南五島では古来より男の立場が強く、王家も貴族家も男児が後を継ぐためアイゼに王位継承権は無い。


 彼女が期待されているのは可能な限り地位が高く、優れた能力を持つ人物との政略を勝ち取り、外からドラントの国益を導くことにある。


 世界最大の人口を賄って余りある食糧生産能力を持つ大陸は人類全体の(よすが)。最良の婚約相手は帝国皇室の皇子か、広大な穀倉地帯を治めるサザーランド家の嫡男が望ましい。


「ソイツらを殺せばいいのか?」

「――ヤクトっ!? もしかしてヤキモチか? そうかそうか……あぁ……やった」

「ダメに決まってるだろ! 絶対に変なことするな! 相手は世界最大の大国だぞ!?」

「1番大きいのは知ってる。僕も最初は帝国に行こうとした」


 当然だとばかりに宣うヤクトへ3人のジト目が集まった。アイゼはそれどころではない様子で浮かれている。


「漂流日数から言って、お前の島は西南五島とサスティナ島の間にある海域の何処かだ」

 

 アイゼは想像の及ぶ限りヤクトの事情を把握して信頼できる人間に説明していたが、常識から外れすぎていて理解されないことが多かった。

 

「手漕ぎ舟でたどり着けるわけないだろ。バカなのか?」

「半魔シャチを狩ろうとして、それすら失ったのであったな」

「強いけど、バカなのですね」


 同世代の3人に呆れた目で見られ、ティタンとアユーからはバカバカ言われたヤクトの反論は、やはり馬鹿だった。


「獲れたてなら何だって生で食える! でもあんなにマズいなんて誰が思うもんか!」

「「「えっ……食べた?」」」

「大体、何をビビってるんだ? 獲物がいれば何処でも生きていけるだろ」

「バカにもわかりやすく言ってやる。それだけじゃ足りないから困ってるんだ」

「大型海獣がいっぱい居るじゃないか」

「……普通は逃げる相手である。やむを得ぬ場合に限り、艦隊で討伐するものである」


 たとえ馬鹿でもヤクトが強いことは全員が認めるところだ。ティタンも乙女と化している義姉の頑固さは知っているので、常識的な嫁ぎ先は諦めてヤクトの野生を国で活かせないか考え始めていた。


「殿下のご提案には痛み入るが、いずれにせよ我らには縁の無い話である」

「いや、そんなことはない。条件はティタンもさほど変わらないぞ」


 ブラフマ家には帝国へ留学させるような余裕は無いと断るハリッシュだったが、アイゼの説明によれば十分に可能性はあるらしい。


 魔力容量鑑定で20以上の数値を出した者は身分や経済状況に関わらず、希望すれば無条件で学園に招かれる。大陸までの旅費の支給はおろか学費まで免除され、寮に入れば在学中の衣食住も保証される。


「気合を入れて臨めばイケるぞ。気持ち悪くても耐えろ。そのためにティタンの鑑定はギリギリまで引き伸ばしたのだからな」

 

 魔力容量鑑定ではほとんどの人間が気持ち悪くて吐いてしまうが、それを我慢して挑む気概で臨めば魔力容量は増大するらしい。


 既にある魔法の才を鑑定するという受け身の姿勢ではそうはならないが、王家や巨額の再鑑定費用を支払える大貴族には周知の事実であり、聖痕が後天的なものであるという噂の裏付けでもあると言う。

 

「しかし殿下……我は……」

「ハリッシュ殿にとって、いやブラフマ男爵家にとってまたと無い好機だ。わかっているだろう?」

「ハリッシュ様。ここは挑むべきです。あの銅鉱石が売れればとりあえず島は安泰でしょう」

「アユーもだ。貴族の留学生には従者の同行が1名まで認められている。ハリッシュ殿は立派なドラント貴族だからな」


 貧乏貴族には無縁だと諦めていた道が見えてきて、ハリッシュの目にも力が篭もる。


「……アユーも鑑定を受けよ。従者ではなく、一学生として学ぶべきである」

「ハリッシュ様……! はい! お供します!」

 

 学園で力と知識を身に付ければ、何かを変えられるかもしれない。ブラフマ島はいつまでも敗戦の負債に押し潰されていてはならないのだ。


「すべては鑑定の結果次第だ。4人とも頑張れ」

「僕もやれって?」

「当然だ。ヤクトならきっと凄いに違いない。三聖だって夢じゃないぞ」


 3つの聖痕を併せ持ち3種の魔法適性を持つ人間。人外の強さを誇る化け物のような強者だが、三聖は学園にも居るらしい。


「女か?」

「…………ああ」

「行く」


 そんなに強い女なら、きっとビビッとくるに違いない。


 そのように考えているらしいヤクトは僕が伝えた恋愛感情のイメージからかけ離れ、大いに勘違いしていた。



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