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第二五話 ビビッときて、モヤッとなった


 合体した岩男は一塊りの巨大な球体になった。


「うおっ!?」


 轟音を立ててゴロゴロ転がり、壁にぶつかって方向を変える大きな岩塊の移動速度はかなり速い。


「い、岩玉だぁあああ〜!」

「あんなデカいの見たことねぇ!」


 岩男の額と同じモノを謎の魔法『岩玉』の中心から感じる。


 地面から浮かび上がり核となった岩塊が頭部に当たるのだろうが、核を攻撃するには本気の発勁を通さなければならない。


(くそっ! 無理だ!)


 慣性を無視して全方向に軸を変えながら異常な高速回転を続ける岩玉を止める術が無い。


 あれでは勁が中まで通らず流れてしまう。師匠なら一撫でしただけで木っ端微塵だろうに、あんな境地に至るにはすべてが足りない。


 回転軸の振れを読み切れれば何とかなりそうだが、その頃には大勢の人間が挽き肉になっている。


(逃げよ)


 できるだけ女を回収して引くために距離を取った。


 岩玉は僕を追って湾曲した壁を斜めに駆け上がり、突然ぐりんと向きを変えて、女たちが退避している方へ転がっていく。


「――」


 背すじが騒つき、即座に岩玉を追った。


 岩玉の進路上には、女たちを背後に置いて立ち塞がるアイゼが居たのだ。


「皆の者! 亡き良人の形見! 私に預けろ!」


 女たちの鉄器を取り込み、数倍の大きさに膨れあがる鈍色の羽衣――巨大なファンタスマゴリアがのんびりと鎌首をもたげ、岩玉に向かって伸びた。


 岩と鉄――質量と質量がぶつかり合う。


 不定形で硬化したファンタスマゴリアは岩玉の回転に巻き取られて変形し、地面と岩肌にアンカーを打ち込み、引き剥がされては纏わりつく。


 岩玉の丸いフォルムは徐々に角張り、四角になり、三角になって、アイゼの目前で進行を止めた。


 三角錐の鉄枠の中で丸い玉がギュルギュル回る。


「どりゃあああああああ――っ!」


 アイゼの身体に聖痕が走ると鉄枠がギュッと縮み、突き立てられたアンカーが岩玉の全周をガリガリ削る。


 徐々に痩せていく岩玉の直径に合わせて6辺が太く短くなり、遂にアンカーの抵抗が回転に打ち勝って岩玉が拘束された。


「ヤクト!」


 ビビッときてる場合じゃない。


「――ハっ!」


 三角錐に拘束されて静止した岩玉に掌底を当てがい、地を踏みしめて全身を脱力し、渾身の発勁を放った。


 力は有形、勁は無形。力は出ていかないが、勁は出ていく。


 これは魔法のような超常の顕現ではなく、合理に基づく技術である。


 発せられた勁が体内を通過し、岩玉の中心に向かって浸透していく。


 数瞬後、岩玉は内側から爆散して古代文字の刻まれた核が飛び出した。


「そこかぁ! チェストぉおおお――っ!」


 急所に気付いたハリッシュが飛び出し、振り抜いた大槌は芯と捉えて核を見事に粉砕した。


 アンカーに削られ、発勁で砕かれて小さくなっても、なお大きかった岩玉は三角錐の鉄枠の中で脆く崩れて消えていく。


 ようやく終息した落盤の後には、ハリッシュの背丈ほどもある大きな鉱石が残されていた。


 

**********



 生き残った鉱夫が言うには、岩玉が残したものは純度の高い銅鉱石らしい。


「金になるのか?」

 

 数年前まではそうでもなかったが、今や銅の単価は金に迫る。どこかの商人が大量に買い占めていて市場に流れないのだそうだ。


「販路も謎が多い。一部の王族が関わっているという噂もあるが、誰かまではわからない」

「そうか……金になるのか……」

「ヤクト。いい加減にしろ。それはハリッシュ殿のものだ」

「わかった」

「なんだ? 妙に素直だな……不気味な」


 経済うんちくを垂れていたティタンが失礼なことを言ってきた。


(仕方ないだろ。ビビッときたんだから……たぶん)


 結果的に落盤はブラフマ男爵家にとって望外の臨時収入となったわけだが、衛兵や鉱夫と共に巨大な銅鉱石を運ぶハリッシュの表情はいつにも増して険しい。


 落盤に挑んだ者のほとんどが魔力容量の小さな平民で、半数がニワカ鉱夫の女たち。


 ティタンが知る限り今回の落盤は最大級の大物だったと言うし、得られた銅鉱石が売れれば向こう数年分の薪を賄うだけの金になる。ハリッシュの鑑定料も余裕で賄える。


(なのに……なんだ? ムカムカする)


 今年の冬は悠々と越せるというのに、誰も彼もが陰鬱に沈んでいた。


 何人かの女たちはメソメソと泣いていて、それを別の女が強い声音で嗜めている。


 かと言って、その強い女にもアイゼのようにビビッとくるかというと、全然そんな事はない。


 むしろイラッとする。何故かはわからない。


 岩男の足下で腰を抜かして最初に死に掛けた女だった。


(ケチの付き始めだったからか? 弱いくせに強がってるから?)


 女は足元に視線を落として、淡々と死体を載せた荷車を引いていた。


「……皆、よく戦ってくれた」


 鉱山から出るとハリッシュが全員を集めて感謝と労いの言葉を掛ける。


「失ったものは多いが……これを売れば冬を越せる。この場の者らには相応に報いることを約束する」


 そう締め括ってその場はお開きとなった。


 せっかくビビッとくる女を見つけたのに、素直に喜べない自分にもイライラが募る。


「ヤクト……大丈夫か?」

「何がだ?」

「いや……ならいいんだ」


 間近でアイゼの顔を見てもビビッとこない。


 ビビッとは戦闘中にのみやってくる感覚なのだろうか。



**********



 早朝から庭で座禅を組んでいたら、館の方が騒がしい。


 喧騒というのではなく、多くの人間が急に浮き足立ったような嫌な感じがした。


 朝食の席でハリッシュからその理由を聞かされた。


「……ディピカが死んだのである」

「ディピカって誰だ?」

「昨日の討伐隊に参加していた女である」


 もちろん世の中のすべての女に優しくできるとは思っていないが、だったら昨日の苦労は何だったのか。

 

「死ぬほどのケガをした女はいなかった。嘘だ」

「負傷によるものではない……自殺である」


 まったく意味がわからない。


(何? じさつ……自殺? 自分で殺す……いや自分を殺すってことか?)


 昨晩、未明に海へ身を投げたのだとか。岸辺に流れ着いた死体を漁師が発見した。


「南の崖に置き手紙があった」


 ディピカとは、昨日の帰り道でイラッとした女のことらしい。


 遺言を要約すると、岩男に潰されかけたところを兄に救われたが、その兄は潰れて死んだ。自分には他に身寄りも無く、天涯孤独になってまで生きる意味を見出せない。以上だ。


(だから死ぬ? それが理由?)


 男が死んだことに原因があるらしいことはわかるが、他にも似たような状況の女は多くいた。


 あの女だけが飛び抜けて弱かった。自分で自分を殺してしまうほどに――、本当にそうだろうか。


 ムカムカして、イライラして、最後にはモヤッとなった。


 美味いはずのカレーが喉を通らない。食べられる食べ物を食べられないなんて産まれて初めてだ。


 負けじと無理やり流し込み、席を立って庭へ向かう。


 わからなくなった時には座禅だ。大概の事はそれで解決策を見出せる。


(…………)


 庭先に座って視線を落とし、何かを見定めつつ、何も見ない。


 自己の意識はしっかりと保ちつつ、何も考えない。


(そうすれば合一の瞬間が……ダメだ。考えるな)


 考えないようにと考えてしまう。


 頭の中で同じ光景がぐるぐる回っていた。


(…………ちっ)


 あの時、僕はあの男にも優しくできたのだ。



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