第十九話 男女別トーク
「ヤクト。少し休もう」
「わかった」
何度目の小休止になるか。背後から不意打ちを受けない位置取りで止まった。
休みたいと言うなら休ませる。女に無理強いするのは優しくないとベルさんは言っていたが、女は無理強いされると死ぬのだろうか。詳しく聞いておけばよかった。
「申し訳ありません。義姉上に直していただいた剣をまた……」
「気にするな。次はもう少し分厚く錬成する」
地力の差を理解したらしい3人は僕が陣取った場所に集まり水筒と干し芋を取り出した。
偶に5メートル級の岩男が出るようになって厳しくなった。あれだけの重量級になるとアイゼの手持ちのファンタスマゴリアでは押し負ける。
負けるのに逃げないのだから困ったものだ。
軽そうに見えるファンタスマゴリアだが、その重量は持ち歩いている鉄の重さそのもの。重さのほとんどは地面に接する部分で受けているらしく、アイゼは咄嗟の回避が苦手だった。
ティタンはもう少し上手く立ち回れば援護も要らないと思うが、相変わらずギクシャクと決まった動きしかしない。
「岩男に刀剣は不向きです。有効な武器は槌や棍棒でしょう」
「アユー殿は戦えているではないか。頭部をピンポイントで狙う技術は見事だ」
「ティターン殿下の剣術は純粋なドラント流ではないようですが?」
「私が帝国の近衛流を教えたんだ。それで迷わせてしまった」
小難しい剣術談議が始まった。やれ間合いがどうの、切り返しがどうのと言っているが相手は岩だ。
「背中から這い上がって頭を割れ。それで死ぬ」
「「「…………」」」
はっきり言って足手纏いだ。3人とも弱いがアユーだけなら戦闘を避けてもっと奥まで進めている。
「ハリッシュ殿はどこまで行ったのだ……さすがに1人では……」
「ハリッシュ様は武術も槌術も一流です。屈強で大きな体躯は大人にも引けを取りません」
「……アユー殿。ちょっと」
アイゼはアユーを連れて壁際に寄り、コソコソとナイショ話を始めた。
「やはり……そうなのか? ん?」
「そんな……私はただの従者で……」
「身分なんか気にするなって。今どき平民を正妻に迎える貴族も珍しくないぞ……?」
「アイゼ様はヤクト殿を……? 本気で……?」
「本当に未発見の島の出らしい。身寄りが無いなら好都合かもしれないだろ……」
「相当な蛮族ですよ? 異文化どころか異界の住人ですよ?」
「さっきはちょっと傷付けてしまったが……あの顔にキュンとした」
「狩猟生活に引き摺り込まれるのでは? 食うには困らないのでしょうが……御身は王女ですよ……?」
「ビビッとこさせれば言うことを聞いてくれる……たぶん。それに……未開の島で2人きりも乙なものだ……」
「産めよ増やせよ……されるのでは?」
「――っ! アユー殿! こらアユー! それはダメだってまだ早い……ってアレ? そういえば私は……」
「アイゼ……様? も、もしや既に!?」
何が嬉しいのかキャッキャと楽しそうだ。
対してこちらの雰囲気はどんよりとして、肩を落とし座り込むティタンの表情は冴えない。
「おい、ヤクト」
別にどうでもいいと思っていたら声を掛けられた。
「なんだ?」
「どうやったらお前みたいに動ける?」
「知らない。とりあえずそのギクシャクやめろ」
「ギクシャク? お前にはそう見えるのか?」
「焚き火に飛び込む羽虫みたいに動け」
「……どういう意味かわからん」
そもそも、こいつは何故ついてきたのだろう。
ティタンの強さは戦いの場ではなく、大勢の人間の中で始めて活きるものであることは何となくわかる。
宿屋の店主とは違うが――、
「お前は気持ち悪くないからな」
「どういう意味か……わからん」
少なくとも、あのニヤケ面の男よりは強いと思う。
「むっ」
「……どうかしたか?」
鉱山の奥から反響し、何か硬いものを打ち鳴らす音が聞こえる。
「誰か戦ってる。近いぞ」
「岩男の雄叫びは聞こえないが?」
「アレの声は声じゃないから」
「よくわからんが……急いだ方がいいな」
荷物をまとめて駆け出し奥へと進んでいくと打音が大きくなってきた。3人にも聞こえたようだ。
「おそらくハリッシュ様の槌の音です!」
「ヤクト! 先行してくれ!」
「ダメだ。途中に岩男がいる」
まだ距離がある。ハリッシュとやらは男らしいし、この3人だけでは2体以上の5メートル級に対処できない。
アイゼとアユーを担いで行くならそれでもいい。
「念のため聞くが、ティタンも担いでやってくれないか?」
「なんで僕が男を担がなきゃいけないんだ」
「3人担ぐことはできるんですね……」
元から人間にはかなりのことができる。自分の体を十全に使っていないだけだ。要するにできることをやらずにサボっている。
「う、うおおおおお〜!」
「ティタン!? 待て!」
突然ティタンが全力疾走を始めた。地面から湧きかけた岩男を無視して真っ直ぐに走っている。
「……そういう意味じゃないぞ?」
火に飛び込む羽虫の例を勘違いしたのか、あれではただ焼け死ぬだけだ。
羽虫が光に寄るのは本能的な習性だが、好んで焼かれたいわけでもない。ただ無様に飛び込むわけではなく、不規則に揺らぐ炎の熱を躱しながら避け切れなくなって焼け死ぬ。
ならば始めから火に近づかなければいい。人間と羽虫の違いはその知恵があるか否かだ。
そういう危機察知能力と心構えを何となく説くためのイメージだったのだが、根性論と捉えられてしまったらしい。
「ティターン殿下!」
「ティタン! コラ! お姉ちゃんの言うこと聞きなさい!」
身軽なアユーが疾風のように後を追い、鈍足のアイゼは変わらず遅い。
「あ〜もう」
仕方なくアイゼを担いで2人を追うことにした。
「重い。アイゼ重い」
「失敬な! 私じゃなくてファンタスマゴリアが重いんだ!」
まさかこんなに重いとは思わなかった。女を連れ歩くという行為はかなり面倒らしい。
「あぁ!? ヤクト! コラ……あぁ〜ん!」
こんなの乳でも揉まなきゃやってやれない。
「もう……ちょっとだけなんだか――りゃぁああああ~!」
ついでに噛んでやった。山羊みたいに乳は出ないようだ。




