第二〇話 ブラフマを継ぐ者
だだっ広い開けたドーム状の空間に犇めく大中小の岩男の群れ。ざっと見積もって30体は居るだろう。
「ら、落盤っ!? ――ハリ様ぁ!」
まるで岩盤が崩落したかのように大量の岩男が一挙に湧き出す。
極稀に発生するという鉱山事故の現場には、多数の岩男に囲まれながら大槌を振り回す男の姿があった。
ツンツンと硬そうに切り詰められた短髪を血がマダラに染めて、薄闇の中にギラつく赤銅色の眼光が足運びに併せて左右に揺れている。
(へぇ……アイツ結構やるな)
重く荒々しい一撃に乗せる気迫と濃い褐色の肌は典型的なドラントらしさを醸し出し、年齢にそぐわず筋骨隆々の長身には威圧感がある。
次期ブラフマ男爵、ハリッシュ・ブラフマは苦戦を強いられていた。
「なんという数だ……! 岩男だらけじゃないか!」
岩男の間隙を縫うように立ち回るハリッシュは目線の高さが変わらない。
下手に跳んだり跳ねたりせず地に足をつけて動き、周囲の岩男との間合いを一定に保ち続けている点は良い。リーチが長く重量のある得物を抱えて多数を相手取るには堅実な戦法と言える。
しかし、あれでは岩男も首から下にダメージを受けるだけですぐに再生する。トドメを刺せない限りジリ貧だ。
(なんか変だな。この……落盤?)
限られたスペースに多くの岩男が居るにしては、岩男同士の接触が無い。
(連携? それにしては揃いすぎてる)
どの岩男もハリッシュを狙っているようだが、全体が統率されて澱み無く動き、近くに居る個体から決まったパターンで攻め寄せていた。
「くっ……これでは近づけません!」
「私が道を造る!」
アイゼがファンタスマゴリアを前方に展開して2列の鉄の壁を錬成し、ハリッシュに向けて路を伸ばすも距離が足りない。ここへ来るまでに採掘してきた鉱石から鉄を抽出して更に延ばすが届かない。
「これ以上は低くできない! おい! ハリッシュ殿!」
岩男は跳ばないので2、3メートル級は乗り越えられないだろうが、鉄壁の近くには5メートル級も居た。
「アレが来たら破られる! アユー! ハリッシュ殿に気付かせられるか!?」
「お任せを!」
アユーは懐中から小さな玉を取り出し、導火線に火をつけるとタイミングよく頭上に放り投げた。
天井近くで破裂した玉は大きな音とともに閃光を発する。大した光量ではないが、薄暗い鉱山内を広範囲に照らし出した。
「ハリ様ぁーっ! こっちです!」
アユーの声に応えるようにハリッシュは鉄壁の端へ向かって駆け出し、最低限の手数で進路上の岩男だけを散らし始めた。後方から迫る岩男には目もくれない。
(やっぱり変だ)
行動に一切の迷いが無い。
ハリッシュのことではなく、包囲の外側にいて目標の姿が見えていないはずの岩男も一糸乱れず動いていた。
「ここから動くな」
「お、おい! ヤクト!」
予想が外れていたら少し面倒なので、それだけ告げて駆け出した。
アユーは既に鉄壁の間を抜けてハリッシュの援護に向かっている。壁を破られたら袋のネズミになる状況だ。
壁上を駆け抜け、岩男たちの肩を伝って群れの後背へ抜けたところで最後尾から攻撃した。
敢えてトドメを刺さずに足を狙って数体を転がしていると――、岩男の群れが一斉に振り返った。不気味に光る無数の目がこちらを捉える。
(思ったとおり)
この場の岩男は全部繋がっている。何がどう繋がっているかは曖昧で読み切れないが、おそらく1群で1個の岩男なのだ。
試しに1体の額を削ってみると胴体や手足のパーツがバラバラになって崩れ落ちた。普通の岩男の死に方ではない。
襲いくる群れを躱しながら、ばらけたパーツがどうなるか観察していると、数分で元通りに復活した。額の古代文字まで再生している。
(まさか、そういう造りか? だとすると厳しい……もうちょっと調べるか)
2メートル級から5メートル級まで、各種の岩男を満遍なく何度も倒して観察を続けること――約2時間。
(よし。大体わかった)
今のままではどうやっても勝てない。20体ぐらいの群れであれば何とかなったのだが、35体ともなると無理だ。
「帰るぞ」
道中の邪魔な岩男を適当に倒しつつ元居た場所に戻ると、4人の男女が口を半開きにして固まっていた。
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館へ戻ると3人まとめて応接間に通された。余っていた干し芋 (アイゼの)を食べて暫し待つと、メイドに呼ばれて広間へ向かう。
晩餐会というのが催された。今晩の食事は豪勢だ。
魚カレーだけでなくデカい肉もある。他に食われる前に僕が食べよう。
「話はハリッシュから聞きました。お3方は倅の命の恩人です。心から感謝申し上げます」
「美味っ! なんだこれホントにヤギか!?」
「はは……香辛料で臭みを消してあるのでな。秘伝のレシピである」
アユーもまさか落盤に巻き込まれているとは思っていなかったようで、男爵に秘密にしておくことはできなかった。
「我の不覚である……かたじけない」
ハリッシュ自身も深入りしすぎたことを認めて謝罪したが、言葉数は至極少ない。
眉間に刻まれた深い皺は男爵と同じだが、父親より面長で鼻筋の通った顔つきのせいで余計に険しさが際立っている。
「ハリッシュ殿が助かったことは不幸中の幸いだが……アシッシュ殿。どうなさるのか?」
「私も落盤を処理した経験はありません。ブラフマ島の手に余ります」
「直近では……たしか30年ほど前だったか?」
「はい義姉上。西のオデッサ島です」
領主貴族から救援依頼が届き、本島から軍を派遣して何とか収拾したらしい。それでも少なくない死傷者を出したと言うから落盤の発生はこの国にとって一大事なのだ。
「もぐもぐ……ゴクン。その時はどうやった?」
「とにかく火力と物量で押したらしい。砲魔堰まで持ち込んだと聞くが……そうするしかなかったんだろう」
「へぇ……砲魔堰か。ガブリ……もぐもぐ」
爆発する砲弾を撃ち出す魔堰があるとベルさんから聞いていた。実物は見たことがないのでどういうものか気になるが、ブラフマ島に砲魔堰の備えは無いそうだ。
「義姉上。王家に報告しましょう。早急に国軍を動かすべきです」
「そうだな。すぐに通信魔堰を使わせて――もりゃ!? ヤクト……! 急に尻を掴むな!」
軍隊を呼ぼうと席を立ったアイゼを片手で着席させた。右手にヤギ肉、左手に尻肉を握る。
「もぐもぐ……ゴクン。座ってろ」
「座った! もう座ってるから放せ!」
あれだけの鉱石の山を見逃す手は無い。他に取られてなるものか。
「ヤクト。狼藉は控えろ」
「ティタン……私はお前の期待を裏切って……すまない」
「晩餐の席で無礼だぞ」
「え? そっち?」
何か良い方法を考えなければならないが、今はとりあえず肉を食おう。他に食われる前に。




