第十七話 異端者
ヤクト、アイゼ、ティタンの3人はアユーに連れられ鉱山へ足を踏み入れた。
初めての実戦になるらしいティタンは剣の柄に手を添え、緊張の面持ちでゴクリと唾を飲み込む。
『グゥオ――オォオオ……』
ハリッシュがどこまで深く潜っているかわからない。誘いに来た時点でアユーは準備を終えていて、水と食糧、さらに医薬品も多めに持ってきていた。
「ヤクト? 一人じゃ大変だろう? 私も持つぞ」
4人分の糧食が詰まった重い荷物を1人で持つヤクトを気遣うアイゼが足元に転がった鉱石を拾いながら声を掛けてくれた。
「なんでしたら、私も持ちますが?」
「ちっ……まぁ、いいぞ」
ヤクトはアイゼとアユーに背嚢を渡し、代わりに鉱石を受け取る。
「結局、渡すのですか。そんなに嫌そうな顔をするくらいなら、初めから持たなければ良かったんです」
なかなか紳士的なところもあると見直していたらしいアユーだったが、ヤクトの反応を見るや評価を改めて毒を吐く。
「こっちにも寄越せ。貴様は人足ではないのだからな」
「嫌だ」
「き、貴様は……何のつもりだ?」
何のつもりかと言えば、男にやる食べ物は無いという意味だ。
ヤクトには他人の荷物を持ってあげている気などさらさら無い。すべての水と食料を自分が確保したかっただけだった。
3人はヤクトの思惑を想像すらできないようだが、思考回路の根っこからズレているこの子をいつかどうにかしてやってほしい。
『グォ――ぉオォオオ……』
僕が『女には優しく』と教えたのはそういう意味じゃない。
「ティタン、甘えておくがいい。お前もまだ魔法を使えないことをヤクトは見切っているのだ」
「むっ……そうか。すまん。1つ借りだな」
「……私も魔法は使えませんが?」
周りの勘違いに気づいているのかいないのか。2人分の荷物を背負うヤクトは黙々と鉱山洞を進み、湧いた瞬間に額を削られる小さめの岩男が崩れて消える。
手出しする隙すら見せない圧倒的な強さにアユーは冷や汗を垂らし、ひ弱な義弟を気遣う優しさにアイゼは頬を染めていた。
アイゼに対しては勘違いだと声を大にして言ってやりたいのだが、僕のナレーションは誰にも届かないので仕方ない。
金欲しさに獲物を誰にも譲らないヤクトの活躍のせいで暇を持て余したのか、ティタンは少しだけ緊張を解いた。
「ハリッシュ殿が鉱山に入り浸るのは自力で鑑定料を稼ぐためか?」
救出対象に思うところの有りそうなアイゼがアユーに確認したハリッシュの目的。ブラフマ男爵家の懐事情と時期を考えれば焦る気持ちもわかる。
「その通りです。ハリッシュ様は今年12歳。本来なら足りていたのですが……岩男の懸賞金に充てるよう自ら願い出たのです」
「……すまない。王家の失策だな」
朝方の会話は目から鱗の連続だった。僕はとんでもなく時代に乗り遅れていたらしい。ヤクトに教えた情報もどこまで役に立つものか。
ナレーターも廃業すべきかもしれないが、鑑定のシステムに関して言えばそれなりに詳しい方だ。前の職場の所管だったからである。
気合いを入れて本分を果たそうではないか。
女神教会が手配する『鑑定の儀』を受けることで、子供は自らの魔法適性を知ることができる。
稀に儀式を受ける前に魔法を行使する子供もいるが、そういった才能のある子供が『鑑定の儀』を受けて別種の適性を示した場合、2種類の聖痕を持つ二聖であることが判明する。
聖痕は魔法を行使する時にしか見えないため、自分の適性に自覚的でない者は『鑑定の儀』に頼るしかない。
「歳を重ねるごとに厳しくなって……男爵様も苦心されていました。度重なる寒波が追い討ちを掛けましたし、ハリッシュ様も公費の流用を固辞されておりましたので」
「ヤクト……懸賞金だが「僕は返さないからな」……そうかぁ〜」
「アイゼンプルート様。こんなのの何処がいいんですか?」
金にこだわり過ぎて小物臭が漂うヤクトだが、いずれ大物になってくれるはず。ここでは棚上げにして僕は僕の本分をまっとうしようと思う。
儀式を受ける資格を得るためには2つの条件を満たす必要がある。
1つは満5歳以上であること。
もう1つは魔力容量の鑑定を終えていることだ。
魔力容量鑑定には近隣の鑑定魔堰を用いるが、この魔堰を使用するためには鑑定料を支払わなければならない。
5歳なら100万ムーア。1つ歳が増すごとに100万ムーアずつ上乗せされる。
女神教会が最大の既得権益を捨てたという事実は未だに信じられないが、僕の知るシステムは鑑定魔堰が教会の所管だった頃に定められていたものだ。
平民でも数年で捻出できる程度の額だったと記憶しているが、どうやらドラントでは事情が異なるらしい。
「ドランで納めよなどと……無理な政策を押し通すからだ。早くやめるべきだと言うのに……」
「義姉上。変動為替相場制は未だ発展途上です。今さら覆せば経済にどんな悪影響が出るかわかりません」
得意分野だと思っていたのに畑違いになっていた。
始めは固定為替制だったものが、ニホン国の躍進によって経済戦争の様相を呈してきたので、エンを抑え込むために帝国が変動為替制への移行を決めたのだそうだ。
ニホン国にも配慮してすべての国に対して同時期の移行を薦めたらしいが、帝国にゴリ押しされたら何処の国も嫌とは言えない。
ドラント州王国はまったくついて行けず、年々進むドラン安は平民の家計を直撃し、貧乏貴族のブラフマ男爵家も例外ではなかった――ということらしいが、僕も時代の変化について行けない。
「巷には異端者が溢れています。かく言う私もその歳です」
「10歳を越えたらそうだと言うなら私もだ。ドラント王族が先月から異端者だな」
ナレーターとしてやっていけるか不安になるが、異端者についてなら僕より詳しい人間はほとんどいない。
異端者とは、ティタンの言にある通り10歳を越えてなお鑑定を受けていない者のことだ。
より細かい条件は他にもいくつかあり、そうした予備群の中からふさわしい者を選んで捕縛することは異端審問官の重要な任務である。
何を隠そう、僕は元異端審問官。教皇の命令を受けて大陸を舞台に八面六臂の大活躍を演じていた当事者だ。誰よりも詳しくて当然だろう。
「もう時代遅れの概念だ。背景は色々あるらしいが何処の国でも似たようなものだとさ」
「教会も異端者の捕縛をやめたからな」
「え? そうなのですか?」
「異端審問官の手が足りないそうだ。おかげで鑑定魔堰の管理も地元に任せざるを得なくなったと、王家ではそう分析している」
時代の流れが速すぎる。たった10年で何があったのかわからないが、何もかも変わってしまったらしい。
古臭い知識をひけらかすのはやめにして、大人しくモブ以下のナレーターとしてヤクトの物語に寄り添おうと思う。
「それにしても、何ゆえ教会は異端者を捕まえていたんだろうな?」
先頭をゆくヤクトの斜め後ろを歩き、鉱石を拾う役に徹するアイゼは誰にともなく、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「昔の異端者は身寄りのない子供ばかりだったらしいですから……慈善活動では?」
「だったらどうして異端などと銘打つ? 捕縛に際して邪魔者は始末されたとも聞くぞ?」
「異端審問官に狙われたら死あるのみ。何かやんごとなき事情があったと見るべきでしょう」
捕らえた異端者に試練を受けさせ、新たな異端審問官とするためだ。
すべての異端審問官は元異端者。トティアス最強と謳われる歴代教皇は元異端審問官である。
世のため人のために働く強者が必要とされていて、女神の試練は異端者にしか越えられないのだから避けようのない必要悪だ。
ひょっとすると、この知識ももう古いのかもしれない。




