第十六話 知識補完
翌日、魚カレーをがっついていると、追加のカレーの入った寸胴鍋と大量の芋ナンを給仕台に載せたアユーが現れた。
「ヤクト殿にお願いがあります」
お代わりを給仕台ごと傍に引き寄せて僕の皿にカレーを注ぐアイゼを他所に、鉱夫の救出を依頼してきた。
「無論、私も共に参ります」
「救出とは穏やかじゃないが、領主館に詰めるアユー殿が動くのか? 例の岩男は消えたのだろう?」
裏表の無いティタンの目を見て少し表情を緩めたアユー。肌の色にこだわるような人間ではないと見込んだようだが、僕には人間の色の違いに何の意味があるのかさっぱりわからない。
アユーは内密にして欲しいと前置きして、救出する対象は男爵の息子ハリッシュ・ブラフマであると明かした。
「ヤクト殿が岩男を排除された後、ハリッシュ様はすぐに採掘へ向かわれました。以前もお1人で鉱山に入られることはありましたが……今回はまだお戻りになりません」
「採掘とはそれほど長く行うものではないだろう? 深く潜るにしても単独では水と食糧が持たない」
「できれば大事にはしたくありません。連れ戻すだけなら私一人でも問題ないと思いますが……あくまで念のためです」
ハリッシュは12歳でアイゼと同い年。アユーは彼の1つ年下で乳兄妹の間柄らしい。
通常、貴族の嫡子が危険な鉱山で鉱夫のように働くことなどない。しかし、ブラフマ男爵家には余裕が無く、ハリッシュには個人的な事情もあった。
「ハリッシュ殿は……たしか……」
「はい、アイゼンプルート様。未だ鑑定を受けられておりません」
「鑑定? 鉱石の?」
「何を言ってるんだ? 貴様はもう受けたのだろう?」
「はぁ? わかる様に言え」
ここで言う鑑定とは人間の子供に対して行われる儀式のことだと偉そうなティタンだが、それだったらベルさんから聞いて知っている。
「鑑定の儀だろ。僕は受けてない」
「何? じゃあ、そのファンタスマゴリアは何だ?」
「ふぁんた……何? 知らない」
「ヤクトのそれは私のファンタスマゴリアと同種の魔法だ。真っ白だから巫女姫のオリジナルと同じだと思う」
「ミコ姫? 女か?」
「なぜ知らなくて行使できてるんだ? いいか? ファンタスマゴリアっていうのは――」
10年前まで錬成魔法は精製魔法と呼ばれ、その運用は海水を真水に変えるだけだとされていた。
だから、戦闘にはまったく役に立たないと。
しかし、アルローの傾奇姫ことビクトリア・アジュメイルの船――、ビクトリア号の船上で世紀の大変革が起きた。
彼女の奴隷として船に乗り組み、真水精製を担当していた少女が固体を対象とした精製魔法を行使したのだ。
大型海獣に襲われて損傷した船体をその場で補修し全乗組員の命を救ったのみならず、現在世界中に広まっている新素材を開発してアルローの国益に大きく貢献し、巫女姫と呼ばれるようになった。
ニホンの国土である巨大人工浮島 VLFSsも彼女が基礎設計を手掛けたものだと言われている。
自身の才覚によって奴隷からの脱却を果たし世界を変えた天才。それが巫女姫だ。
「巫女姫……何処にいる?」
「ヤクト?」
「残念ながら亡くなったという話だ」
「なんだ死んだのか」
「生きてても10歳以上も年上のおばさんなの。わかった? わかったのか?」
後の古代研究で精製魔法の本来の名称は錬成魔法であったことが判明するのだが、幼くして古代魔法を復活させてしまった彼女の身の安全を守るために考案されたものが、錬成魔法を用いた特殊兵装ファンタスマゴリアである。
「粒子状の物質を身に纏い、状況に合わせて変幻自在にカタチを変える鎧であり、盾であり、武器であり、拘束具でもある。私のは鉄粒子を使ってるけど、ヤクトのはたぶん巫女姫と同じ新素材だ」
「つまり貴様は錬成魔法適性者ってことだ。本当に鑑定を受けていないのか?」
「受けてない」
「そうなのですか? では、あの噂は間違いだったのでしょうか?」
「ハリッシュ殿もまだ?」
「はい。未だに聖痕が浮かびません」
女神の慈愛によって人は生まれながらに聖痕を持ち、聖痕を通じて女神から魔力を賜わる――と、女神教会の教えではそうなっている。
しかし、最近になって教会の教義を根底から覆えす噂がまことしやかに囁かれるようになった。
「聖痕は鑑定魔堰に触れて始めて得られるという噂だ。各地の鑑定魔堰の所管が教会から国に移った影響だな」
「もし、それが真実なら……この状況は良くない。王女である私が言うべきことでもないが、公正ではない」
「なんで? ドラントにも鑑定魔堰はあるだろ」
「……本島にしかないとも言える」
世界には6つの鑑定魔堰がある。これは知っていたが、ベルさんは人間に魔力をチャージする魔堰だと言っていた。それが聖痕を与えていると言われても大した違いはないように思える。
「大違いです。現に鑑定を受けられない若年層が増え続けています。アイゼンプルート様のおっしゃる通り、鑑定魔堰の所管は教会であるべきでした」
現在、鑑定魔堰の所在は帝国に1つ。アルロー首島に1つ。ドラント本島に1つ。退魔艦隊旗艦に1つ。
「え? 全部で6つじゃないのか?」
「貴様はいつの話をしてるんだ? 聖都の鑑定魔堰は林檎の樹に呑まれて行方知れず。冒険者が探し続けているが未だ発見に至らない。ラクナウ列島は10年前に魔人どもに陥とされて以来、近づけなくなった。退魔艦隊が何度も奪還を試みては失敗している」
「へぇ……そうなのか。ティタンは物知りだな」
「茶化すな。知らない方がおかしいんだ」
人類が使える鑑定魔堰は2つ減って残りは4つ。そのうち1つは古代の超大型魔堰船の中にあり、魔人の巣窟となったラクナウ列島の人魔戦線を支える艦隊旗艦は暇ではない。
「鑑定魔堰には転写魔堰が効かないから詳細はわからないんだ。どんな効果があっても不思議じゃない」
「しかも思兼魔堰みたいにしゃべる。古代語の発音は失伝してるから何を言っているのかわからないし、唯一、理解できた人間は彼の大英雄だけだ」
「大英雄? 女か?」
「男」
「ならどうでもいい」
ベルさんから教わった知識はかなり時代遅れらしい。たまに外から仕入れてくる本もカビの生えた古本ばかりだった。
これは良くない。ティタン辺りから知識を奪わなければ。
「で? 何の話だった?」
「「……何だっけ?」」
「魔法も使えないのに岩男と殴り合っているハリッシュ様を助けに行く、というお話です」
来てくれないなら1人でも行くとアユーは言う。
男を助けに行くなど気は進まないが、女には優しくしなければならない。




