第十話 鉱夫組合
数日後、ヤクトに生活の諸々を何とか教え込んだアイゼは一旦王都へ戻ることになった。
「殿下……無理をしてまで男に貢ぐのは感心しないねぇ」
「このままじゃ……プラデーシュの備蓄米がヤクトに食い尽くされるから」
「ナンでよければありますぜ? 麦の備蓄は十分にあるはずでさぁ」
王都に戻り、プラデーシュに米を融通するため動くと言う。本来なら成人前の王族にできることではないが、鉄血姫のネームバリューと将来性をフル活用してゴリ押しするつもりらしい。
「ヤクトが……米の方が好きだって言うから」
「あらまぁ〜。本気でベタ惚れなんだねぇ」
「そんなんじゃない! コイツを放っておいたら土蔵を襲撃するかもしれないでしょ!」
「大型を一人で仕留めちまうなんざ並じゃねぇですがね。アッシとしちゃあ……ちょいと働かせてもバチは当たらんと思いますぜ?」
店主の言うことはごもっともである。
ここ数日、ヤクトは食うか、寝るか、揉むかしかしていない。
サメの胃袋を売って全額を女将に渡し、初日の被害者たちに謝って回ったが、それらはすべてアイゼの気遣いと根回しで成されたことだった。
「ヤクト! 余計なことはしないで、宿で大人しくしてなさい! いいか!? 絶対だぞ!」
そう言い残して宿屋を飛び出したアイゼは衛兵隊から馬を徴発し、王都を目指して駆けていく。
ドラントは嫌いだが、僕はあの王女様のことは大好きになっていた。ヤクトは死ねばいいと思うが、彼女の恋は是非とも実ってほしいと思う。
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「おい。金を稼ぎたい。どうすればいい?」
アイゼは大人しくしていろとか言っていたが、このまま言うことを聞いて過ごすつもりは無い。
この数日でわかったことは、ベルさんが言っていた通り、金は大切だということだ。
金自体は食べられないが色々なものと交換できる。石ころの埋まった透明の円盤が食べ物に変わる。持ち運びは簡単だし、腐らないから沢山持っていても困らない。
「ほぅ。やる気はあんのか……いいぞ。ついて来い」
今の状況はつまり、アイゼの金が尽きれば食いっぱぐれるということだ。この島は獣の数が少ない。そもそも禿山ばかりで深い森が無いのだ。
町中にはそこら中に食べ物を売っている人間が居るが、アイツらの持っている食べ物――商品を奪うと、やがては大勢の人間を殺すしかなくなるらしい。
人間を無闇に殺してはいけない。
ベルさんの教えは今のところすべて合っていた。ならばこれも正解だと考えておくべきだ。
その気になればこの町の食べ物を独り占めすることもできるが、アイゼは他の町から米を引っ張ってくると言っていた。
政治力というらしいが、食べ物を得るにも様々な方法があり、力にも色々と種類があるようだ。
(人間の群れの中で力と言えば……要するに金だな)
金を稼ぐために店主の後をついていくと、町の中心部近くにある大きな建物が見えてきた。
門前の看板には『鉱夫組合』と書いてある。
「ドラントで稼ぎたいなら鉱山に入れ。採掘した鉱石は鉱夫のもんだから、それを組合で売れば金が手に入る」
「そうか。わかった」
「しっかり稼いでこい。それと……姫様を泣かすような真似は許さねぇからな?」
「アイゼはすぐ泣くぞ」
「……死ぬなって言ってんだ」
妙なことを言い残して店主は宿屋へ帰って行った。
あの男も衛兵連中と同じくらい弱いが、何かが引っ掛かる。そこまで金を持っているわけでもなさそうなのに、何故か力強いと感じるのだ。
「らっしゃい……って、ここはガキの来るとこじゃな――イっ!?」
建物の中に入ると、入り口の近くに座っていたやる気の無さそうなヒョロい男がこちらを見るなり目を剥いた。
コイツは男だ。間違いない。初日に確かめたから。
「……な、何の用だ?」
「鉱山は何処だ?」
「……鉱夫になりたいのか?」
「違う。金を稼ぎたいだけだ」
「へぇ……そうかい」
男はニヤリと笑い、紙を1枚差し出してきた。
「読み書きはできるか?」
「できる」
「なら、それ読んで待ってな」
受け取った紙は鉱夫組合への加入申込書だった。細かな文字が連なる説明文をつらつら流し読む。
西南五島には各地に鉱山の入り口があり、その近くの町には必ず鉱夫組合の支部がある。
数年前にできた民間組織で歴史は浅いが、帝国も設立を認めている上、すべての鉱夫が所属しているため王家に対してもそれなりの発言力を持つ。
所属したからといって個人に特典や制約は生じない。
組合の主な活躍の場は王国との鉱石の価格交渉であり、過去には鉱夫に低賃金で強制労働を強いた貴族も居たということで、そうした経験から平民が徒党を組み始めたことを発端にできた組織らしい。
「読んだかよ?」
「読んだ」
ちょうど読み終えた頃に男が戻ってきた。
「なら、そこにサインしな」
「名前を書けばいいのか? ……書いたぞ」
「ヤクトね……オーケーだ。細かいことを説明するからコッチ来な」
「さっさと話せ。鉱山は何処だ?」
申請書の中身は正直言ってどうでもいい内容だった。似たような話なら必要ないし、男に優しくする必要も無い。
「ひぃ!? ちょ! ちょちょちょ!」
ナニを鷲づかんで金的用意。
わかりやすい急所がある分、男の方が女より弱いのではないだろうか。
「お、おい! 待てよ! 耳寄りな情報があんだって!」
「はぁ? 潰されたいのか?」
「なんでそうなるんだよ!? 怖ぇんだっつの!」
この男は衛兵よりも格段に弱い。今にも死にそうなほど弱いのに、どうにも嫌な感じがする。
店主の仏頂面と真逆のニヤケ面にはびっしりと汗を掻いていて、微妙に口角が歪んでいる。
わざわざわかりやすい急所にしてやったのに、命を握られた自覚が無いのか。
人間は危機察知能力が極度に低いようなので解るように脅しているのだが、何故か変にニヤけたまま、わけのわからないことばかり言っている。
男の反応が理解できない。なんだコイツは気持ち悪い。気持ち悪いからもうやめだ。
股間から手を離して瞬時に殺せる間合いギリギリで距離を取ると、男は安心したように溜め息を吐いた。どこに安心する要素があるのか。
「なぁアンタ……ブラフマ島に行ってみねぇか?」
「知らない。どうでもいいから鉱山の場所を吐け」
「めっちゃいい稼ぎ場なんだって! その島の鉱山が!」
「稼ぎ場?」
その島に行けば荒稼ぎできる言われ、ヤクトの瞳がギラリと光った。
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本作は『海の彼方のトティアス ~救助されたら異世界だったので美人船長の船で働くことにしたら、地雷系女子に包囲されてしまった件~』の続編です。
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