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第九話 ドラント名物


 プラデーシュの町は1つの話題で持ち切りだった。


 あの鉄血姫が謎の美少年に手篭めにされた。


 あの鉄血姫が一切逆らわず凌辱を受け入れた。


 あの鉄血姫が全力で少年に貢いでいる。


 すべて王家の恥となるような内容。だがしかし、意外なことに現場となった町でアイゼを侮る声は無く、むしろ賞賛されていた。


 曰く、鉄血姫は自ら犠牲となって町民を守った。さもなくば、町のすべての女が凌辱されていたからだと言う。


 騒ぎに駆けつけた衛兵全員を治療院送りにした少年の暴虐は(とど)まるところを知らず、金物屋の鉄製品をすべて徴発してファンタスマゴリアを錬成し、実力行使に出た姫も呆気なく組み伏せられた。


 少年が引きずる白い袋は大型海獣サメの胃袋だと言う。姫が言うには、あの少年は半魔シャチの群れとサメを同時に相手取り、たった1人で殲滅してしまったらしい。


 そこまで強いなら異端審問官クラスの化け物だ。


 化け物と呼ばれ畏怖されていても彼等は偶に噂に上る程度の存在に過ぎず、普通に生活している平民に関わることなどまず無い。


 だが、今この町にいる少年のターゲットは目に映るすべての若い女。得体が知れないという意味で、ひょっとすると魔人以上に危うい秩序の破壊者かもしれないのだ。


 年頃の女たちは少しの期待と共に恐れ慄き、妻や娘を持つ男たちは警戒心が振り切れていた。


 それほどに少年は強く無節操で、何より美しかったのだ――と、そんな小説のような噂話はプラデーシュの石垣を越えて、尾ひれを増やしつつ島内に広まって行った。



**********

 


 暫しの時が経ち、騒ぎが収まったプラデーシュの昼下がり、町民の多くは仕事を放り出してアイゼの行きつけの宿屋を包囲し、中の様子を窺っている。


「まさか殿下が男を拾ってくるとはねぇ」

「すまないな女将。突然押しかけてしまって」

 

 宿屋の1階ではスプーンが食器を掻き鳴らす音が延々と響き、その主を幸せそうに眺めるアイゼの姿があった。


「いいのさ。それにしてもいい男だね。あたしが後20も若けりゃ放っておかないよ」

「お代わり」

「女将」

「はいよ。アンタ〜! もう3人前追加!」


 奥の厨房では忙しなく動き続ける店主の姿があり、後ろ手にぐっと親指を突き立てている。

 

「キーア。夜の仕込みも使っちまった。買出し行ってこい」

「はーい!」


 店主の声掛けに厨房の奥から元気な声が響き、飛び出してきた小柄な女性が机の角に足をぶつけて蹲る。


「キーア。焦らずとも良い」

「ヒィ〜。アタタ……殿下? 今日はお泊まりで?」


 彼女は宿屋夫婦の一人娘で、名前はキーアと言うらしい。


 厨房にいる店主は男で女将とキーアは女であると、アイゼは事前に口酸っぱくヤクトに教え込んでいたのでナニ確認被害は免れている。


 少々ドジなキーアは人懐っこく笑い、ヤクトをチラチラ見ながらアイゼに尋ねた。

 

「うん。色々あったから暫くは逗留することになるが……案ずるな。キーアに手出しはさせない」

「ア、アタシは別に……へへ」

「案ずるな。()()体を張って止める」


 キーアは少し残念そうに籠を担いで買出しに出掛けた。まったくイケメンはズルい。


 当のヤクトはひたすらカレーを食べ続けているだけだ。ドラントの名物である。たしかにカレーは美味いから気持ちはわかる。


「アイゼ。水」

「はい、どうぞ」

「アイゼ。お代わり」

「待て女将。私が取ってくる」


 食事を提供してくれたアイゼに給仕係をやらせて眉一つ動かさない。今のヤクトにとってカレー以上に大切なものは無い。


 人生初のまともな料理を口にして内心穏やかではないだろう。スプーンを使っているだけ偉いとも言える。


「あれまぁ……殿下ったらベタ惚れでないかい?」

「そ、そんなことない。コイツは放っておくと何をしでかすかわからないから、見張ってるだけなんだ」

「見惚れてるの間違いでないかい?」

「そんなことないったら、無い!」

「アイゼ。お代わり」

「はい、どうぞ」


 店主から寸胴鍋とおひつを奪い、ヤクトの隣に陣取ったアイゼは甲斐甲斐しくお代わりをよそう。


 ヤクトの何がそんなに彼女の琴線に触れたのか。


 やはり顔か、あるいは体か。それとも別の何かなのか。


 ともかく思春期の少女には刺激が強すぎたことは間違いないだろう。


 ちなみに、彼女の純潔は一応、保たれている。


 貞操については本人に守る気があるのかわからないので微妙なところだ。



**********



 その夜、店のカレーを食い尽くして満足したヤクトは産まれて初めてベッドで寝た。


 ふかふかのマットレスと清潔なシーツに包まれた暖かい寝床を与えられ、ヤクトの中でアイゼの株が鰻登りになっていたのだが、翌朝――。


「キーア。お代わり」

「はい、ただいま〜」


 張り切って宿の仕事をこなすキーアを見て、少し考え違いをしていたことに気付いた。


「ヤクト! キーアに手を出しちゃダメだと言っただろ!?」

「ア、アタシは別に……へへ」

「アイゼ。お前は何もしてないじゃないか」

「……何?」


 カレーの材料を用意したのはキーア。寝床を用意したのもキーア。カレーを作るのは店主。宿屋全体をまとめているのは女将だ。


 では、金を払うのはアイゼかと言えば――、


「私は一応王族だぞ!? 私の行きつけというだけで宿に箔が付くんだ!」

「なんだそれ? 食えるのか?」


 この辺りの感覚は人それぞれだろう。国によっても違うから一概には言えない。


 帝国なら上流階級の人間が平民の営む宿屋に泊まることなどないし、ニホン国なら誰であろうと普通に宿泊費を支払って泊まる。


 ではドラントはと言えば、王侯貴族と平民の間の敷居が低く、一方で王家や貴族家にはそれなりの尊敬が集まっている。そうした気風を背景として、一見ただの横暴にも見える曖昧で良好な関係が出来上がっているのだ。


 しかし、ヤクトにそんな機微はわからない。アイゼとしては完全に盲点だった。


「あんなに揉んだくせに……!」

「だからなんだ。カレーと違って減りゃしないし優しくしてやっただろ」

「こ、この男……くっ! 女将! ()()全額耳を揃えてキッチリ払うから!」


 王族から金は取れないと断る女将だったが、頭を下げてまで払わせてくれと頼み込まれたら仕方ない。宿泊費はアイゼのポケットマネーから出されることになった。


 若くして出会ったばかりの女に貢がせるヤクトに一抹の不安を覚えるのだが、カレーの香りを損なうと言われて大人しくサメ肉を捨てた点だけは成長していると言えなくもない。



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