第三〇話 常識的な手段
アユーと見てきた予報官の情報をエルフに共有した。
ビュッフェのためには黒い扉の先を調査しなければならないわけだが、今のところ強引な手段以外に思いつかない。
「掌が鍵になってるんでしょ? 手首ちょん切って持ってって開けちゃえ。開けゴマ〜って」
思いもしなかった強引な手段が提示させた。
「なるほどな。それでいくか」
「ダメに決まってます。自治部会を敵に回して飛行機に乗れなくなったらどうするんです」
その通りだった。空港施設は自治部会が所管しており、航空券も自治部会の運営する発券場でしか購入できない。
ニホン国大使館で売っている旅行券であれば航空券が付いているものもあるが、帝国旅行は非常に高額であり搭乗前には役人のチェックも入るとのこと。
島の行政と敵対すると後々面倒であり、閣下にとっても帝国にとっても面白い事態ではない。下手を打つと推薦状も貰えなくなる。
「面倒だよね。人はそれをしがらみと言う〜。野生児のヤクト君にもこれから増えるよ覚悟しな!」
「だったらどうすればいい?」
「正面突破で常識的にいこ〜う! 帝国大使館とか基地の名前は出さないよ〜に!」
エルフはスキップしながら庁舎の玄関をくぐり、受付嬢に向けて死ぬほど気安い元気な声を掛けた――覇気を添えて。
「予報官に会いたいな♪」
「こっ!? こ、こちらです!」
受付嬢に案内させて奥まったデスクへ向かい、簡素な椅子に座ってボーっとしていた中年男に声を掛けた。
「貴方が予報官さ〜ん?」
「へ? あ、はい。そうですが?」
不意の声掛けに――普段は無いことなのだろう――予報官はドギマギして若々しくテンションの高い女に面食らっている。
「おはようございまっす! あっ、もうそろそろこんにちはかな? 初めまして私はエルフ。こっちは私の子供たちで〜、へへっ……すごく可愛いでしょ〜? 男の子がヴェルで〜、女の子はエルっていうの〜。そっちの半魔は私の奴隷ね。それはどうでもいいんだけど、私の子供たちが将来は予報官になりたいって言ってるんですぅ」
捲し立てられてポカーンと呆けている予報官を無視し、エルフは本題を切り出した――覇気を添えて。
「この子たちの職場見学に協力してくださ〜い! よろしくお願いしま〜す!」
「はい〜! 喜んでぇ〜!」
覇気に当てられビシっと覚醒した予報官は即座に席を立って、ペコペコしながら通信室へ僕らを招いた。
「どう? お母さんは誰とでもすぐに仲良くなれるんだよ? スゴいでしょ? こんな母親いたらいいな? そう思ったよねそうだよね? お母さんって呼んでもいいよ?」
「「……」」
「むしろそう呼んでください! 名前もヴェルとエルに変えてちょ〜だい!」
「「嫌だ」」
「あら? あららら? 反抗期?」
いつもよりかなり早い仕事始めに受付嬢もポカーンとしていた。
**********
予報官は通信室に入ると散乱した書類の山からいくつかの予報と送信先リストを引っ張り出し、この宛先へ気象予報を送信することが予報官の仕事であると説明したが、それはもう知っている。
「その気象予報はどうやって作るんだ?」
「作る? 私がですか? まさかそんな……無理ですよ」
「お前が予報してるんだろ?」
「私は定型文の古代ラクナウ語が翻訳できて、さらに少し魔力容量の大きい運動魔法適性者なので、予報官として勤めさせていただいておる次第ですからハイ」
意味がわからない。コイツは何を言っているんだ。
「その予報の元を教えてください。気象海象の予報には精緻な観測と経験に裏打ちされた見極めが不可欠です」
「そうなんですか? それは知りませんでした」
「……それほどの精密な予報を作る方が他にいらっしゃるということですか?」
「他に居るというか……これは女神のご意志ですからねぇ。細かいことは私にもわかりかねますし、人の身で詮索することは罷りなりませんのでハイ」
誰かの意志で自然が動くものか。女神が実在するなんて信じられないし、師匠ならできるかもしれないがそんな無意味なことはしない。
「その黒い扉の奥を見せてくださ〜い! お願いしま〜す!」
「ひぃ!? ダメですよそれだけは! 裁きが下りますよ!?」
「女神の裁きはもう落ちませ〜ん。だから安心してぶっちゃけちゃいましょ? ね? いいよね?」
「うひぃいい〜!」
覇気を浴びせて他人を威圧し言うことを聞かせる。これは魔力容量の大きい人間にとって常識的な手段らしい。
威嚇の応酬は獣界隈でもよくある事だが、僕の知っているものとは大分違う。とりあえず大きい方がいいという部分だけは共通項だろうか。
エルフは覇気を十全に使いこなしているらしく、僕やアユーを巻き込まずに予報官だけピンポイントで狙い撃ちにしているようだ。まったく以って気に食わないが、ビュッフェのためなら仕方ない。
予報官は鈍った丹田を懸命に回して堪えているが、そろそろ限界だろう。
「はい〜……喜んでぇ〜……」
「よっ! 予報官さん男前! よっろしくぅ〜!」
パッと覇気を消して疲れた背中をバシバシ叩き、黒い扉へ向けて中年を押し出すエルフに黙って続いた。
「特別ですよ? 誰にも言わないでくださいね? ていうか本当に裁きが下りますよ? いいんですか?」
言い伝えでは、黒い扉の向こう側を覗いた者は数時間から数日後にはチュンと消えるらしい。鍵となる掌の認証を受け継いだ者だけがその裁きを免れるのだとか。
「大丈夫でしょうか? 私たちもチュンと消えるのでは?」
「小規模な女神の裁きだね〜。大丈夫大丈夫〜。もう無いって証明されてるし、だからこそ私たちが忙しいんだから」
詳細は教会の禁忌に触れるので明かせないらしいが、閣下も似たようなことを言っていた。自分たちで探るべき浪漫とかいうやつだ。
『既設定個体ノ静脈認証ヲ確認シマシタ。制御室扉ノロックヲ解除シマス』
黒い扉が開かれ、僕は初めての太古の浪漫に触れる。




