第36話 あらし
「では本題に入ってもよろしいでしょうか」
厳道はすでに席を立っていたため、東名の言葉にきょとんとしていたが、はたと気付き恥ずかしそうに再び席に着き、
「そうでした、東名さんが尾行していたと妻に聞かされて、そうじゃないとわかっただけでしたね」
ハンカチを取り出して、冷や汗を拭いている厳道に東名が続けた、
「厳道様の依頼を受けて駅から厳道様の尾行をしましたら、厳道様がご利用の会社の駅で当該人物を見つけたのですが、その日以降見かけ無くなってしまいました」
「そうでしたか、確かにこの1週間は変な視線を感じなかったですね」
「ええ、通勤時間は尾行をさせていただいていたのですが」
そう言った後で東名は少しの時間厳道の出方を待ち、厳道が何も言ってこない事を確認してから、
「まだ厳道様の身の安全が確認された訳では無いので、契約期間の延長を・・・」
東名がそう言いかけたところでけたたましく呼び鈴が鳴った、来客を無視して話しを続けようとすると妙にいいタイミングで呼び鈴に邪魔をされ、厳道の許可を取り扉を開けると、
「おいトーメー、よく考えたら俺だけじゃなくて、お前もあの碧ちゃんと飯食ってるんだから同罪じゃないか、なんで俺だけが金払ってるんだよお前も払えよ」
そこに居た虹橋が、東名の制止を振り切って昨日の夜の事を捲くし立てた、そこに両親がいることに気付く間も無く。
「あなたは、確か常盤探偵事務所の・・・」
聞き覚えがある声だったのかリツコが振り向き虹橋に気付いた、
「そういう事だったんですね、もうわかりました完全にあなたたちはぐるだったんじゃないですか、それに今碧と言いましたね、家の碧と何か関係が有るんですか」
「あ、赤木さん・・・、あのそれは・・・」
「東名さん、いったいどういう事ですか」
リツコはさっきまでの落ち込み様とは打って変わり、険しい表情で東名に詰め寄る、東名はなんとか説明をしようと試みるも、溜まっていた鬱憤を晴らすかのようなリツコの勢いにたじたじとなってしまう。
東名の唯一の味方である厳道だったが、自分を尾行していた事実のある虹橋と東名が知り合いであり、その上、当の虹橋から碧の名前が出てきてしまったために、東名に寄せていた信頼は崩れ去り一気に不信感を募らせた。
どこをどう順序立てて説明をするも、東名は夫婦二人の疑いを晴らす事は出来ず、契約を延長するどころか厳道の契約解除に、常盤事務所も契約違反で解除をすると言い捲られてその場はお開きになってしまった。
嵐が過ぎ去った後に呆然と立ち尽くしていた東名と虹橋だったが、虹橋は自分の置かれている状況に背筋を凍らせ、
「俺の奢りでいいから、もう嬢ちゃんと会う事は無いと思うがよろしく言って置いてくれ」
そう言い残し大急ぎで帰って行った、その後ろ姿を冷ややかな目で見送った東名は事務所に入り、ソファに座ると天井を見つめて、再び飛んで行った経費の計算をし始めた。




