第32話 支払いは現金で
東名が常盤探偵事務所を出て駅まで歩く間にタイミング良く虹橋から電話がかかって来た、
「お疲れ様です、先輩どこかから見てたんですか、タイミング良すぎですよ」
「あはは、そんな事してたら社長に怒られちゃうだろ、でも上手い事話しはついたみたいだな」
「それは何とかなりましたよ、その代わりに子供のころから俺が事務所を辞めた後までみっちり話しを聞かされましたけどね」
「良いじゃないか昔を懐かしむ事が出来て、それは誰のおかげだい」
「ええ、ええ先輩のお陰ですよ、店を予約しておくので予定を聞いて欲しいんですけど」
「ん、俺はいつでも良いぞ」
「先輩がいつでも暇なのはわかりますよ、先輩があの子を誘っていましたよね」
「ああ、あの子か、そうだったな、それじゃあ俺が聞いて置くよ」
「はい、よろしく」
そう言って東名は電話を切った、こみ上げてくる笑みを堪え切れなくて、緩んだ口元を隠しながら駅へ急いだ。
厳道を尾行していた男は東名と顔を合わせて以来尾行を諦めた様だった、東名としては何かしら動いてくれないと対処のしようが無いので、これで終わりました、と厳道に報告をすることも出来ずに、もやもやとした日々が続いた、金曜日に厳道を自宅まで見届けてから事務所へ帰り、一応の活動報告書を作成済ませ、薄くなったアイスコーヒーを飲み干し、カレンダーを見つめて明日の食事の事を考えると自然と笑みが零れてきた。
「本当にこんな良い店で良いのか、入った事無いぞ」
待ち合わせ場所から移動した先の店で虹橋が驚いた様子で言った、
「いいんですよ、人に秘密を握られた場合はこれぐらいの事をしなきゃね」
「良い心がけだな、雇い主の娘さんに手を出すような輩は倫理的に処罰されても致し方無いからな」
「その通りです先輩、じゃあ入りましょう」
ウエイターに案内された席には食器が並べられており、それぞれの席にウエイターが付いていて椅子を引いてもらい3人は腰かけた、ソムリエが虹橋におすすめのワインを紹介している間に碧にはソフトドリンクを注文するように促し、東名はソムリエの言うままのワインを注文した、東名は料理が来る前に碧に何か耳打ちをしてスマホの画面を写真に収め始めた、それを見ていた虹橋は何の事かわからずに、
「おいおい、あまり人前でいちゃつくなよ」
と東名と碧をからかった、この前のように二人して否定をしてくると身構えていた虹橋だったが、碧は違うと言った顔をしていたが東名はちらりと虹橋を見ただけだった、肩透かしを食らった虹橋は気まずくなったのか水を口に含んだ、
「ああ、そういえば二人とも、きちんと自己紹介していなかったよね」
東名が突然切り出した、
「ん、ああ、連絡先は聞いたけどそうだったかなぁ」
虹橋が答えた、碧もそうだったっけと言った顔で東名を見ている、
「飯を奢ってもらうんだから、それぐらいはやっておいた方が良いんじゃないか」
「奢るのはお前だろ」
東名の言葉に即座に虹橋が突っ込みを入れる、碧も首を傾げながら虹橋の方を向き、
「赤木 碧 です、よろしくお願いします」
「虹橋 渉 です、トーメーの元の事務所の先輩です」
と名乗った、それを聞いても虹橋には特に反応が無かったが、東名は笑いが堪え切れずにいた。
さすがに様子が可笑しい事に気付いた虹橋は、なにかおかしい事でも有ったか、と東名に詰め寄った。
噴き出しそうになるのを堪えるために東名は水を口に含み、
「赤木 律子 さんの娘の、赤木 碧 さんです」
と虹橋に答えた、それでもしばらくは反応が無かったが、
「あ・・・」
と言って虹橋は黙りこくり、次第に顔面蒼白になっていった、
「これ、ボイスレコーダーです、先輩に会話は常に録音しておけと教えられましたので」
東名が懐から出してテーブルの上に置かれたボイスレコーダーを、うつろな瞳で見つめていた虹橋だったが、やおらそれに手を伸ばすとすぐに東名の懐へ戻って行ってしまった、
「あとこれが先輩が彼女を誘った証拠です、二の句が継げない証拠を手に入れろ、これも先輩に教えてもらいました」
スマホの画像を見せながら東名が話すのを聞いていた虹橋は、顔の色を青から赤、黄、緑と変えた、
「いやあ、先輩の教えは本当にためになるなぁ」
笑顔の東名とは対照的に、財布の中身を確認している虹橋の顔は深く沈んでいた。




