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喪喪太郎  作者: 茨城真珠
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喪喪太郎 第四話

 喪喪太郎一行は、森を抜け山の麓に差し掛かった。この山を越えて少し歩けば海があり、そこに鬼ヶ島がある。喪喪太郎は山の麓を流れる小さな小川を前にして「ここで一度休憩する」と言った。お供達はその言葉が食料探しを命じられることの契機と学習していたのか、気を緩める素振りはなかった。

 陽は西へ傾きかけている。

「川か....」喪喪太郎は水面の押し返す陽光に僅かに目を細め、小さく呟いた。

「今日も魚で大丈夫ですか...?」飛影は恐る恐る喪喪太郎に問いかけた。

「いや、飯はいい。お前達も休め」喪喪太郎は穏やかにそう言うと、川を見つめながら腰を下ろした。

「これって、喪喪太郎語で飯とってこいってことですかね?」秀吉は喪喪太郎に聞こえないように、小さな声で飛影に聞いた。

 飛影は数秒考えた後、同じく小さな声で言った。「いや、これはなんか雰囲気違う。とりあえず様子見で、額面通りに言葉を受け取ってみよう」

「了解っす」

「いや、でも水汲んできますか?くらいは聞いた方がいいな。でも、もし汲んでこいって言われても、絶対先に自分が飲んだりはすんなよ?」

「オッケーです。心得てます」

 秀吉はピョピョーンと跳ねながら喪喪太郎の傍に立つと、揉み手しながら尋ねた。「喪喪太郎さん、喪喪太郎さん、よければ水筒に水汲んできましょうか?」

 喪喪太郎はゆっくりと秀吉の方を見ながら、懐から水筒を取り出し「ああ、すまないな。頼む」と言った。

「はい!」秀吉は両手で水筒を受け取ると、再びピョピョーンと跳ねながら水を汲みに行った。

 水を汲み終えると秀吉は片膝をついて、喪喪太郎に水筒を差し出した。

「お前たちは飲んだのか?」喪喪太郎は秀吉に尋ねた。

 秀吉は飛影の忠告に心からの感謝をしながら「いえ、私たちはまだです」と答えた。すると喪喪太郎は「では、お前たちが先んじて飲むがいい」と返した。

 秀吉は感謝の意を伝えると、ソロリソロリと一匹と一羽の元へ向かった。

「あの....」秀吉は恐る恐る話し始めた。「喪喪太郎さんが、お前らが先に飲めって...」

 飛影は唖然とした顔をして押し黙った後、「罠か...?」と呟いた。

「いや、僕も分かんないです」秀吉は困惑しながらそう言った。

「罠じゃない」唐突に口を開いたのは月光狼だった。

「え?」そう言いながら秀吉が月光狼の方を向くと、月光狼はしたり顔で話し始めた。「あれは、モードだ」

「モードですか?」秀吉は困惑の色をさらに深めた。

「良い主君モードだ。罠じゃない。ああいう奴に限って不意にそういうモードになりたくなるんだ」

 月光狼の言葉を聞いて、飛影はニタリと笑って何かを言おうとしたが、それを見た秀吉はキッと飛影を睨みつけ制止した。

「僕らはどうするのが正解なんですか?」

「アイツの厚意を素直に受け取るんだ。そして、いつも以上の感謝を伝えろ。それがベストだ」月光狼は言い切った。

 かくしてお供達は水を飲み終えると、全員揃って喪喪太郎の元へ赴き、感謝感激の意をここぞとばかりに並び立てた。

「川を見ると思い出す....」喪喪太郎は唐突に語り始めた。それは自身の生い立ちだった。


 ある日、お婆さんは川で涙を流しながら洗濯をしていた。二日前から洗濯の量が減っていたのだ。お婆さんの夫は三日前に山へ芝刈りに行ったきり、帰ってこなかった。村の者総出で山を捜索したが、終ぞお爺さんが見つかることはなかった。

 お婆さんがふと川へ目をやると、川上からドンブラコ、ドンブラコと大きな桃が流れてきた。

 「あの桃...、優に1尺はあろう。不吉なり。さりとて近頃、貧窮に鈍しておる故、あの桃を割いて食ろうてやりたい」お婆さんはそう言うと、ざんぶと流れに飛び込み、川のせせらぎを相手に闘争を開始した。満身の力を皺がれた腕にこめて、川の流れを、なんのこれしきと掻き分け、掻き分け、往年のマイケル・フェルプスを彷彿とさせるバタフライで桃まで泳ぎ切った。

 お婆さんは桃をがっしりと脇に抱え込んだが、よく見ると桃ではなくお爺さんの尻であった。

 お婆さんは心底驚いたが、声は出なかった。一縷の望みを捨てるにはまだ早かったのだ。

 お婆さんはお爺さんを抱えたまま、仰向けとなり背泳ぎをしようとすると、お爺さんの肩にがっしりとしがみつく幼子を見つけた。

 齢三つほどであろうか。幼子は服を纏っておらず、オンギャオンギャと泣いていた。

 お婆さんはお爺さんと幼子を抱えたまま、バタ足で雲を突かんばかりの水飛沫をあげながら、岸辺へ向かった。

「お爺さん!お爺さん!」お婆さんはお爺さんの体を揺すりながらワンワン泣き喚いた。

 お爺さんの体は川水のせいか、やけに冷たい。 

 お婆さんの双眸から溢れた涙がお爺さんの体を打つが、一向にお爺さんは応答することなく、その体はピクリとも動かなかった。

 後日、お爺さんの葬儀が村を挙げて、粛々と執り行われた。

 村人は乳飲み子に至るまで等しく涙を流したが、お婆さんだけは、最早泣く余力すら残っていなかった。

 お爺さんは村の英雄だった。数十年の昔、お爺さんは旅に出て、暴虐の限りを尽くしていた鬼共の巣食う鬼ヶ島に討ち入りを果たし、近隣に平和をもたらした。

 お爺さんは村に帰り、鬼の蓄えていた金銀財宝を村人に分け与えると、村人はお爺さんを讃えた。

「桃太郎様...」葬儀の参列者は、お爺さんに感謝と別れの言葉を涙ながらに伝えていた。その傍ではお婆さんが精悍な顔付きをして、じっと座っていた。

 一昼夜に及んだ葬儀が終わると、お婆さんは家に幼子と二人だった。

 お婆さんは幼子に、お爺さんの名を借りて「喪喪太郎」と名付けた。その後、喪喪太郎はすくすくと育ち、村人から英雄の後継者と持て囃され三十年近くの歳月を過ごした。


 喪喪太郎は川辺で生い立ちを語り終えた。お供達は途中、眠たいのを必死に堪えながら、然るべき刻を見計らって涙を流していた。

 陽は既に大きく地平に傾いており、川を斜陽の色に染めていた。

 美しく輝く水面を見つめ、喪喪太郎は大きな声を出した。

「某は、桃太郎の喪から生まれた喪喪太郎!この身体に英雄の血は流れておらずとも、この魂を律動させたる、その源泉は等しい!さりとて某は、鬼を討ち果たすには力及ばず!」

「迅雷月光狼!」

「ハッ!」

「鳳雛飛影!」

「ハッ!」

「....」斜陽は芋虫の前進ほど、地平に近づいた。

「あっ...」喪喪太郎は小さな音を漏らした。

「霊長秀吉!!」

「ハ、ハッ!」

「某に力を貸してくれ!共に、戦ってくれ!」そう言うと、喪喪太郎はお供達の方へ振り返った。逆光に晒された喪喪太郎の表情を見ることは叶わなかったが、二粒の何かだけはキラリと光っていた。

「喜んでお供いたしまする、喪喪太郎殿!」お供達は声を揃えてそう言うと、頭を下げた。

 その日は朔。数多の星が寄り添う空の下、一行はまどろんだ。

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