人魔大戦 ⑫
煤と煙が交じる風が走る森の中、オリヴィエの言葉を聞いたファルモットは髪を掻きながら、どうするかと悩む。
降伏を促す言葉は飽きる程聞いてきた。敵からも部下からも同僚からもだ。そのどれにも頷く事は無く、頷く必要もなかった。
そして今回も頷くつもりは無いが、何故そのような言葉を口にしたのかが気になっていたからだ。
降伏要請には幾つか条件があるもんだ。
絶対的な優位、人質、弱み、金等が主だが、細かく区分するなら恐怖や欲望の数だけ交渉材料となるが、今回のように、無条件で促されたのは初めてだな・・・。
長い戦歴の中、新しい経験を得られた事に感謝しつつ首を横に振る。
「それは聞けねぇよ嬢ちゃん。戦いたく無いなら見逃してやる。さっさと帰りな。」
「そう・・・ですよね。失言でした忘れて下さい。」
剣ではなくロザリオを握り、真っ直ぐに向けられた揺れる瞳とその感情が織りなす色に過去の残響を見たファルモットは、呆けに似た感覚と共に察した状況を良くねぇ。と思う。
いかに優秀なスキルと血筋だろうと年若く経験も少ない小娘が総司令官って事がまずおかしい。それも複数の国からなる大軍、各国の思惑からも絶対に纏まらない寄せ集めを任されたとあれば裏の意を疑うのが普通だろうが。
全てを把握するには情報が足りていない事にやきもきしながら、脳裏で様々な想定と否定を繰り返し1つの仮定に辿り着いてしまう。
ルフラは進軍に先鋒と本隊に分けているがそれは失敗を想定した2段構えの策だったんじゃねえのか?
すんなり進めたならそれを最善とし、阻まれたなら損耗する兵は先鋒隊の大半を占める周辺国に負担させる事で自国の地位と国力を維持する。
そこで生じる各国からの不満や鬱憤を解消する為、責任を負わされ使い捨てるお飾りとして担がれたのがこの嬢ちゃんか・・・?
確証は無いがそうであったならと、かつての自分を重ねたファルモットは深呼吸をし、柄尻に乗せた指に力を込める。
これは感傷だ・・・過ぎた過去に今を重ね、勘違いし始めた馬鹿なおっさんの妄想って可能性も捨てきれねぇが、口にする事で救える可能性もあるだろう。
「嬢ちゃん悪い事は言わねぇ。すぐに撤退しな。」
「何を言って・・・。」
「アンリの馬鹿の説得はしてやるからよ。この地でこれ以上の損害を出し、敗走となればあんたは破滅しちまうぞ。」
「・・・。」
言葉の意味を理解しているからこその無言の返答に首を横に振り言葉を続ける。
「祖国の為に身を粉にするってのは立派だがよ。国はあんたを守ってくれねぇ。むしろ利用する。」
「わかっていますよファルモット卿。ですが勝たなければ全てを失う事は小国の常です。」
「だからよぉ。逃げちまえって・・・。」
「私が逃げればその代償は、祖国とその地で暮らす民が負う事になります。まだ戦える状況で退けば尚更でしょう。」
返答を口籠りなんと返すかと考えた時、周囲が騒がしくなってきた事で思考を止めたファルモットは、地から剣を抜き、肩に担ぐ。
感傷を優先し、嬢ちゃんの不死性を探る時間がなくなっちまってたか。
退却用のルートを探りながら最後に言うべき言葉だけを伝えようと決め口を開く。
「何も知らず、道も選べずってなら救ってやろうと思ったが・・・傲慢だった。悪かったな。」
「いえ、憧れた貴方が想像通りの思慮深く優しい方で良かったです。しかし、この場でお覚悟を。」
苦笑する2人が同時に距離を詰めた。
魔族が拠点を築いた丘下の平原、そこから広がる森との境目でサラと戦闘を続けるナキは、前蹴りを接近するサラの腹部に合わせ、その反動で飛ぶように後退し距離を離すと大きく息を吐いてから呼吸を落ち着ける。
周囲で補助魔術式をかけてくれる仲間達にも距離を取るよう指示を飛ばし改めてサラを見据えた。
クソ、相変わらず前に出てこられると止められねぇなぁおい。
これ以上の身体能力上昇系の魔術を重ねがけすると骨の方が耐えきれなくなりそうで嫌なんだが・・・やるしかないのかねぇ。
ナキは感覚的に単純に筋力を増す分にはまだまだ重ねがけは出来ると判断しているが、骨を支える筋肉の密度と筋量的には限界が近く、筋肉の増量はそのまま代謝に繋がる為、食糧不足が懸念される今の状況で消費カロリー的にも最善なのか考えてしまう。
ラクトが道化の捕獲に向かったが見た感じ苦戦しているようで望みは薄いか・・・仕方ねぇ。この場は、身体能力を確かめる機会にして調整だな。
正面で蹴られた部分の服の土を手で払ったサラに視線を合わせると不機嫌な声が来た。
「おい、汚すな。買ってもらったばかりなんだぞ。」
「汚れんのが嫌なら着てくるなよ馬鹿が。」
「買ってもらって着ないと気に入らなかったみたいでなんか悪いだろうが!?」
「んな事知るかボケ!!」
中指を立て罵倒を続けるナキと服の汚れを交互に見たサラは、丘の中腹で逃げ惑っているアンリに視線を向ける。
シミや汚れを抜くのは早めにトントンするのが大事と言っていたような・・・だがファルモット達の時間稼ぎとどっちが大事なんだ?
数秒考え、自分の事を優先順位の上に位置付けたサラは左半身を前に傾け拳を握る。
ナキのスキルに対抗する為にカイネが教えた動作を頭で反芻すると、その場で小さくステップを踏み身体を揺らしながら言う。
「用事が出来た。さっさと終わらせよう。」
「んだよ。急にやる気になりやがってわけわからん奴だな・・・。」
油断無く剣を前に構えたナキとの距離を身体を揺らしながらじっくりと詰めていくサラは、切っ先を見据え最適な距離とタイミングを計る。
互いの視線が交わった瞬間、サラは左膝の力を抜き倒れるように身体を前に傾けた。
倒れ込む勢いを伸ばした拳に乗せ、残された右足で加速し、遠間の距離を飛びながら顔面に向け打ち抜かれる拳の軌道を見たナキは、濃密な死の気配を避けようとスキルで動作を消し飛ばし、身体ごと首を全力で横に逸らす。
伝統派空手の刻み突きだと!?
動作の起りを捉え、なんとか死を回避出来たのは、サラの構えも体重移動も力の抜き方も何もかも未熟だったからだ。
それでもセンスと筋力でとりあえずの形にはなっている事が恐ろしいと感じながら頬の横を抜ける拳を見る。
流派によって多少の差異はあるが、刻み突きとは、ボクシングのジャブのように地を蹴り得た反発力を足腰、背、肩と乗せ、拳に威力を乗せる二拍の打撃と違い、距離を詰める動作に合わせた推進力を威力に乗せ突く一拍の打撃。
自身のスキルを理解した上で対応出来る動きをブラッシュアップして来たと理解し、喉を鳴らす。
クソ、これだからスキルを知られるのは嫌なんだ・・・。
空を切った拳に相手への称賛を胸に抱いたサラは、その一方で別に構わないとも思う。
遠間からの飛び込みで打ち抜く技法は、いわゆる当てる事に特化した打撃だが、その本質は、次の打撃に繋げる為に相手の体勢を崩す事にあると聞いていたからだ。
横を抜けた拳をそのまま裏拳の要領でナキに向けたサラは、防御に回された剣もろとも腕を真横に振り抜きその身体を吹き飛ばした。
ずいぶんと軽い感触だな・・・自ら後ろに飛んで威力を逃したか。
二度程地を跳ね、転がり仰向けで止まったナキが動かない事を確認し、汚れた服に視線を向けてから周囲を囲む術師に振り向く。
「あいつ気絶してるようだから帰っていいか?」
顔を見合わせた全員は、両の手の平を上に向け前で揃えると、どうぞどうぞ、と引きつった笑顔とジェスチャーで頷いた。




