人魔大戦 ⑬
頂上に砦を携えた丘の中腹で儀礼剣を片手にラクトと対峙するアンリは、スキルが伝えてくる危険地帯を避ける為に横に移動すると、今いた付近を複数の銃弾が走り抜けていく。
その銃撃に接近を阻まれ後退していくラクトが額に汗を浮かべ、肩で呼吸を繰り返す疲労具合を見るアンリは、対比として自身の呼吸の乱れが少ない事に気付いた。
高地トレーニングの効果をこんな所で実感するとは思っていなかったが・・・スポーツ医学とは実に素晴らしいものだね。
いや、人数に対する時間と手間に経費、速効性を考えるなら血液ドーピングの方が戦場では理想ではあるのか・・・これは今後の設備投資案件として天啓を得られたのかもしれないな。
筋肉や体幹等の肉体的強化ではなく、赤血球の増加を目指した細胞単位の強化を実感するアンリは、儀礼剣を手で回しポーズを取る。
「随分とお疲れのようだが休憩してはどうかな?こちらとしても男に追い回される趣味は無くてね。」
「誤解・・・されるような・・・事を・・・言わないで・・・下さい。」
「無理しない方が良い。貴方は装備を纏い魔術も行使しながら男を追いかけるというモチベーション維持に難のある行為をしているんだ。俺からすれば苦行だよ。」
「いや、ですから・・・。」
飛び交う銃撃から身を隠せる窪地で息を大きく吐き出し、呼吸を整えたラクトは、言葉を止めアンリと対峙した所感を思う。
奇人変人の類とは聞いていましたが会話を交わす度に困惑させられるなぁ・・・とはいえ、身体能力は凡人程度って感じですかね。
大森林を拠点に暮らしている為か体幹は強いけどそれ以外に特別秀でた特徴は感じられない。
ただ、と言葉を胸に置き、森の方向に視線を向けているアンリを見る。
おそらくスキルと思われる異常な危機察知能力を持っているのは確かです。
飛び交う弾丸の射線を読み切っているかのように全てを躱し、こちらの接近も許さない立ち回り。参謀本部から感覚系スキルに分類される推測が届いていたがその線で間違い無さそうですね。
対策を頭に浮かべ、やはり苦手としている近接戦闘こそ勝機が大きいと判断し、屈めた体勢で剣を構えたのを見計らう声が届いた。
「止めときなって。迎えも来たし、予定通り進んだみたいだから帰るからさ。」
何を、と口にしかけた時、背後から女の声が届く、
「お、なんだまだやってたのか?荒事なら私に任せとけ。遊んでやる。」
振り返った先には、殺気を湛えた微笑みで肩を回す鬼がいた。
不意に向けられた殺意に背筋を凍らせたラクトは、鬼の接近を許すより銃弾の嵐の方がマシと判断し、大きく丘下に後退しながら合流する2人から距離を取る。
ナキさんが相手してた筈じゃあ!?まさか死んだんですか!!?
警戒を強めながら横目で見た先では医療部隊に搬送される人影があり、それがナキだと思い言葉を溢す。
「殺したんですか?」
「いや、確認はしてないが多分生きてるんじゃないか。吹っ飛んだ先で面白い着地を披露して動かなくなったからほっといた。」
返答に内心で胸を撫でおろしたラクトは、服を指差し何かを言いながら謝るサラから視線を切らさず戦略を頭に巡らせる。
マズイかなぁ・・・銃撃に加え鬼まで来たら道化の捕獲は本格的に無理ですね。でもここまで接近出来る機会なんてそうある事でも無いからなぁ。
うーん、と次善の成果を考えていたラクトは、揃って丘を登り始めた2人に気付いて慌てて言葉を飛ばした。
「ちょ、ちょっと待って下さい!本当に帰るんですか!?」
「え?いや、そりゃ帰るよ。御夕飯の準備と汚した服の洗濯もあるし戦死者の御遺族に手紙も書かなきゃいけない。こう見えて結構忙しいんだよ。」
「な、何気に丁寧な対応・・・。」
「代わりに戦って貰っている以上当然だろう。
使命や意義とか感情とかを全面に押し出し強要する行為は、やりがい搾取に繋がり成長性を無くすから良くないんだぞ。」
今後は福利厚生も充実させていくつもりなんだ。と胸を張る姿に呆然とするが、また帰ろうと踵を返し始めたので、頭を振り意識を切り替える。
息を整え、剣を握り、石に[交換]のスキルを込めた時、アンリの呆れた声が届いた。
「商人らしくサービス精神で教えるが、既に俺達と戦闘なんかしている状況じゃあ無いと気付いた方が良い。
ナキさんがダウンした今、貴方は早く帰還して指揮を取らなくては大変な事になってしまうからね。」
アンリが指差す森の方向に視線を向けたラクトは、その先から登る2つの黒煙とその位置に気付き全身を硬直させる。
あの辺りには確か物資の積載所が・・・。
何があったんです?との問いより早く答えが耳に届く。
「常日頃から誠実でありたいと願う俺は、戦争に対して真摯に向き合った結果、兵士を狙い殲滅させる行為は手間とリスクが高いと判断したんだ。兵士より負傷を治してしまう医者を殺した方が楽で効率が良いというのもあるからね。
まぁそんな感じで最も効率が良い行いはなんだろう?と無い頭で必死に考えた時、敵全体に影響を及ぼせる物資や補給線を狙う事こそ最善と天啓が降りて来てくれた。」
後はわかるね?と言葉を置いたアンリは続ける。
「貴方の役職なら知っているだろうが海で展開していた補給船団は壊滅している。そしてあの地で燃えているのは貴方達の命に等しい備蓄・・・こうなれば目に見えて配給を絞らなくちゃならないのは想像出来るだろう。」
「貴方・・・。」
「怖い顔は止めてくれ。小心者なんだよ俺は。」
ラクトの攻撃を警戒し、一歩前に出たサラの背に隠れるように下がりながら言う。
「貴方達がどれだけ情報統制を行っていたかは知らないが、ここまでわかりやすくしてやれば誰でも飢えや負傷に対する物資不足と兵站線の壊滅に気付けるだろう。
だからこそ、ここでサラと戦い怪我をするような事は避けるべきなんだ。既に貴方にとって最大の脅威は、仲間の裏切りになっているんだからね。」
狂気を宿した笑顔で告げられた言葉に全身が熱くなるが、掌に爪を経てた痛みで爆発しそうな感情を抑え込む。
ヤバいです。これは本当にヤバいですよ・・・。
僕達を構成する先発隊は、複数の国家や組織の連合体故に纏まりが薄い。加えて、総司令官であるオリヴィエさんが年若く実績も少ない事で疎ましく思っている層があるのも事実。
ここで物資の確保も防衛もしくじったと知られれば暴動や内乱が生じ戦争を続けるどころではなくなってしまう。
どうすれば、と頭を巡る思考を遮るように土を踏む音が届き声が来る。
「納得いただけたようなので俺達は帰るよ。
あぁ、それと手間をかけて申し訳ないが、オリヴィエさんが『平和』に関して話したくなったら聞く耳はあると伝えて頂きたい。」
「私からもあの男によろしく伝えておいてくれ。」
呆然とするラクトには、手を振り砦に向かう2人を止める気力は残っていなかった。




