契機 ②
慌ただしい喧騒と動きが作られる執務室内で部下達が纏めた資料と要望書に目を通し、可否のサインと追加の指示をし続けるロイは、忌々しい思いを胸に筆を走らせていた。
どう考えても俺は現場型の性格だと思う。
机に齧り付き筆を取る時間よりも駆け剣を振るい、血潮と泥に塗れた勝利を積み上げ続けた年月の方が遥かに長く、その生き方が性にあっているからだ。
だからこそ現場から離れ、文官として活動しなくてはならない現状に嘆きと憤りを募らせていたロイは、扉をノックする音にも気付かず盛大なため息と共に言葉を吐いた。
「クソ、立場立場立場ってよぉ・・・昇進の先がこんな頭ばかり使うつまらない生き方しか出来ないなんて知ってたらもっと手を抜いたのに。」
「ハハ、前線で命を懸ける生活がそれほど好みか。流石は傭兵団の長よ。」
「っと!?いたんですか・・・いや、からかわないで下さいゲラム様。単に筆より剣が、紙より敵が好みって話です。」
「ノックはしたつもりだったが返答を待たずの声掛け失礼した。」
正面の扉から足を踏み入れたゲラムからの言葉が続く。
「今の言葉を聞いて言うのは些か心苦しいが貴公に取って嫌な仕事が増える知らせになる・・・海運組合の本部を通じ、積載船群へ連絡を通しているが全て遮断されていると報告があった。壊滅の報告は本物だ。」
「マジ・・・本当でしょうか?」
「部下達の前とはいえ畏まらなくて良い。王の御前でも無ければ普段の砕けた物言いで構わんよ。」
「・・・流石旦那、話がわかる奴は好ましい。あぁ男色って意味じゃねえから勘違いは止めてくださいね。」
朗らかな笑顔で立てた中指から親指を下にする首をカッ切るジェスチャーで返答したゲラムは笑いながら資料を差し出す。
「さて、真面目な話をしようロイ団長。
要請のあった前線までの兵站線の敷き直しはなんとかなる。膨大な物資を陸上輸送で運ぶなぞ頭も効率も悪い手法としか言えないが荷馬車と引く馬の確保は可能だ。」
「一時的なもんでしょう。往来が増すに連れ荒れる道の保全と修復、更に魔獣もいる森の中で馬に与える飼葉や水の確保を維持し続けるのは難しい。」
「負担に目を瞑ってもやらねばならんのよ。海運組合が総力をもって訓練と供出をした部隊を潰された今、魔族と対峙している先発隊まで壊滅したとあればカンラムが動かぬ筈が無い。
その状態で魔王に加えカンラムや南側国家群と構える事態だけは避けねばならん。」
筆から手を離し頬杖を付いたロイは、思案し言う。
「ですがね。各国が長年準備し供出した食糧や装備類全て海の藻屑ですよ。ここから更に供出を強制すれば間違いなく反感を煽るって話です。」
「・・・。」
「最近各国の国境近郊で小規模な紛争が頻発しているのは旦那も知っているでしょう?まぁ確実に火種をまいている奴がいて、更に言うなら道化の手先が行っている事なんでしょうけど。」
伸びをしながら椅子から立ち上がったロイは、要所を管理していた豪商や貴族が襲われている事とそこから流出したとおもしき刻印付きの武器や食糧等の闇市への分布図を纏めた資料を差し出し続ける。
「大半の消えた宝石、貴金属や金貨の財宝類の足取りが追えないんですわ。先に屋敷を襲い奪った後に近隣の民を焚き付けた奴が持って行っているからじゃないかと。」
「待て、敵の目的が火種をばら撒く事なら・・・。」
「えぇ、確執や差別で軋轢の多い地域や組織の分解を抑えている者を消し、双方にデマを吹聴しながら資金を流し込むのが手っ取り早い。間違いなくそれを切っ掛けに日頃抑え込んでいた不満が噴出し、笑えない事態に陥ります。」
裏付けとなる資料を読み漁るゲラムの正面の机に対応策を纏めた資料と許可証を追加で置く。
「何処までが道化の計算通りかはわからないが、幾重にも策謀を張り巡らせ暗躍しているのは間違いないと。ここで各国に追加の供出を強いるなら、世論と治安に懸念と深い問題を残しますよ。」
「考え、行動する者とわかっていたが・・・ここまで裏から手を回す人間とはな。」
「俺の嫌いなタイプです。男なら堂々と表立って戦えってんだ。」
「直接戦うだけが強さでは無いと知っているのだろう。直接会って言葉を交わしてみたい気持ちもあるが今はこの状況をなんとかせねばな。」
資料に目を通すゲラムは、北側大陸に潜入し、かき乱している存在の動向に思いを馳せる。
襲撃された貴族達が治めていた土地は、どれも係争地が近く、それなりの対処が出来る備えをしていた筈。だがその備えも虚しく壊滅的な被害を負っている事から並々ならぬ暴を見に付けた手練がいると考えるべきだな。
加えて、道化の意を汲み取り、現場に合わせて対応を行える知謀も持ち合わせている怪物が放たれた筈。
時間を掛ければ致命的な内乱を生み、進軍どころではなくなると判断したゲラムは資料を閉じ、1つ息を吐く。
「仕方あるまい。北側の地は儂が見てくる。可能な限り紛争も収められるよう現場指揮も取ろう。」
「マジですか?いや、旦那ならなんとでもするでしょうけど。」
「なに、そう時間はかからんよ。敵を見つけ、潰し、払えばすぐに戻る。転移神殿の神官共にも金を握らせてあるしな。」
「転移神殿の戦時利用は禁止されているのによく出来ましたね。」
クハハ、と笑うゲラムは口髭を擦りながら頷く。
「建前なぞ世間にバレなければ無いようなもの。そういう聡い思考が出来る者のみ就任させておるからな。これも有事の備えというやつよ。」
なるほど、と呟き思案を重ね、それなら、と言葉を続けるロイは広げた地図の前線へ繋ぐ兵站線の候補をなぞり言う。
「ここに駐屯している兵達に内乱の抑制を期待し、国境付近に動かしておきましょう。」
「どのみち前線に送れないならその方が良いな。生じた火種は現場で鎮圧出来る旨を伝え、各国に食糧の供出を圧力をかけるよう参謀本部に伝えておく。」
「では、こちらで兵站線の確保と維持を行うとしますよ。馬と御者と荷馬車を集め傭兵団へ使用権を譲渡しておいて下さい。」
地図に筆を走らせながら今後の対応の議論と戦略を練る2人は、部下達が次々と用意する資料と裏付けに目を走らせ指示を飛ばし始める。




