契機 ③
雪解け水が作る小川のせせらぎを耳に、血の滴るステーキ肉を口に運ぶエミルは、食事の合間に送られてきた報告書を捲りながら、うーんと唸り後ろに控えるカリオストに顔を向けた。
「ゲラムが後退したってあるけどなんで?」
「メノム郊外に駐屯していた兵の半数近くを引き連れての後退なのでおそらくノイルさんの包囲討伐かと。」
「あぁ、なるほどなるほど。腹の中で悪さする九尾をほっとけなくなったのかぁ。ふふっ面白そう。」
あどけない微笑みに喜色を宿すエミルは、手振りで話の先を促す。
「はい。残された副将を務める傭兵団のロイは、メノムから前線へ向け出立した工兵と輸送隊とおもしき部隊の指揮をとっています。」
「ふーん。そっちはアンリが何かやったって事かな?」
「そちらの報告書にも記載してありますが、海魔族と竜人族が敵の物資積載船を沈めたその対応かと。ここから戦線が動くとの注意書きも添えてありました。」
目を通してない紙束を捲り、目当ての内容を見つけたエミルは、頬を膨らませ言う。
「アンリって書類ばっかり寄越すんだからわかんないよ。もっとわかりやすく直接報告してくれれば良いのに。」
「あの方は商人なので数字と紙が合っているのでしょう。一応、自分からエミル様に声掛けはさせて頂きましたが・・・。」
「知らない。カリオストなら良くやってくれるって信じてるもの。だから全部アンリが悪い。それで決定。」
なんて理不尽、と思うが口にすれば不機嫌になると思い直し、幾重にも分岐するその後の展開を予想している書類から今の現状に近いものを見つけ出し差し出す。
「ロイの進軍、ゲラムの離脱、駐屯兵の縮小時の展開予想と対応策はこちらになります」
「・・・アンリってこれ以外の状況考査も全部文字にして送ってきたの?」
「はい。ロイとゲラム2人の進軍、後退、駐屯、それぞれの別行動から駐屯兵の増員、減少、移動。そして先方部隊の後退による本隊との合流と全軍撤退まで多岐に渡る状況に添った副案をおいていかれました。」
「ふーん。たくさんの受け手策を考えてる暇あるなら主導権を握る戦いをすればいいのに・・・。」
書類を読みながら自身の考えと照らし合わせるエミルは、ワインを傾け思う。
アンリを評するなら、戦闘を人任せにする事に負い目を感じる性格の人間・・・だから受け手に回りやすく、日和見主義と捉えかねない立ち回りが多いけど、その一方で備えはしてあり、敵と見なせば悪辣な手段を駆使する事も肯定する精神性を持つ奇人。
その物流や関係性につけ込み、貶める金での戦い方や優位性を維持する立ち回りは、力任せが主体の魔族間で学ぶのは難しいから得難い機会でもあるのよね。
「いつか敵対するかもって思えば、こうしてアンリの戦い方を肌で感じ知れるのは利点よね。」
「はい。アンリ様は、この大戦で秘めていた手札の多くを切らざる得ない立場ですので戦い後の弱体化は否めませんが、直接ぶつからない戦術は学ぶ価値のある脅威です。」
「その辺りの分析を暇な奴等にやらしといて。フェミナと戦う時使えるようブラッシュアップもついでにね。」
いつかくるであろう難敵への対処の選択肢が増えた事に満足な気持ちを胸に、書類を捲りながら最後の文字まで目を通すと一度大きく伸びをする。
「オッケー。だいたいわかったからこれを機に私達も動くよ。死体達の死後硬直が解け次第仕込みを終わらせて、とりあえず死霊族を主体でロイの攻略とメノム陥落を目標で。」
「捕虜や非戦闘民の扱いはどうされますか?」
うん?と首を傾げたエミルは、そっか、と呟く。
これはいつもの小競り合いと違い、各国の記録に残る戦いかぁ。あまりやり過ぎたりすると講話とかで色々面倒になるかもだし・・・でも言って聞くような良い子ばかりじゃないし・・・。
頭を抱え悩むエミルは、身体を左右にゆらしながら身悶えし諦めた表情で結論を言葉にする。
「戦場にいるならそれなりの覚悟はあるでしょ。生かして後でなんか言われるのも面倒だから皆殺しで。」
「かしこまりました。配下の者達に伝えて来ます。」
「それとアンリの馬鹿に恩を売りたいから九尾が狙われている情報を流してあげて。感謝するよう念を押してだからね。」
驚きに目を丸くさせたカリオストは、その対応を優しい、と評すればこれまた不機嫌になるだろうと理解しているからこそ何も言わず了承の意を込めて深く一礼を作り返答とした。
沈む夕日に赤く色をつけられたソドム。疎らな人通りの街並みを見ながら歩を進めるカイネは、目当ての酒場の扉を潜るとカウンターに座る女の横に身体を預け言う。
「おいおいおい。こんな早くから酒浸りとはいい身分だなパセリ女。」
「うるさいわね。貴女は年中飲んだくれてるでしょうが。」
「私は良いんだよ。ワインは、偉大なる主の息子の血って聖書にも書いてある。文句を垂れるなら洗礼を受けてから言え馬鹿が。」
無言で火花を散らす2人の注意を逸らす為に、慌ててカウンターにワインを置いた店主は、その勢いで言葉を作る。
「待て待て待ってくれ!ここで喧嘩は駄目だ!!ローンが残ってんだぞ!?」
「そんな迫真で言われたら・・・ごめんなさい。」
「悪い悪い。こっちは戦地帰りで気が立っていてね。気を付けるから許してくれよ。」
胸をなでおろす店主に促され席に座ったカイネは、グラスにワインを注ぎながら書類をカウンターに置く。
「なんで戻って来ているのよ。」
「あぁ?なんでも何も金になるからに決まっているだろうが。
ヒルデとかなんとかいう馬鹿がソドムを荒らしてるからその経過報告と対応も任せれたがそっちは後回しだ。」
ヒルデによる撹乱で疎開した住民達の戸籍と土地の権利所のコピーを掲げ笑う。
「見ろよ。戦禍を恐れて格安で売りに出されてる土地の多い事多い事。これをビジネスチャンスと捉えないのは罪だわな。」
「相変わらずねぇ。」
「あったりまえだボケ。敵を殺して『はいお終い。めでたしめでたし。』となるか。その後の賠償金や支援金、戦災復興とやる事は山程あるんだよ。
そこで優位に立てるよう事前に手を回すのが賢い人間ってもんだ。」
既に契約を交わした書類をしまい、他の狙う土地の管理者や、所有者の交渉代理人の名簿を広げる。
「近々戦いが本格に始まるからな。時間と共に残党なり野盗崩れとなった馬鹿共も現れるだろう。私の土地を守る為にもちゃんと追い払えよ。」
「そっちで対処しなさいよ。」
「元々、混成軍を殲滅する気なんざないんだよ。どのみち包囲殲滅で無い以上どうやっても取りこぼしが出て、敵前逃亡も責任問題も避けたい馬鹿共は、亡命か野盗となり南側国家に向かうしかなくなる。」
名簿に印を付け、今後の交渉順を決めながら言葉を続ける。
「今後人魔混合の都市を作るなら無駄に影響力のある貴族なり騎士に亡命されるのは政治的に困るってのがアンリの考えだ。勿論、南側国家の総意でもある。
ついでにお前も領地の目と鼻の先を荒らされて面目を潰されたくないだろう?わかったら黙って働け。」
グラスを傾け飲み干したフェミナは、また争わないかと不安気な表情の店主からグラスを受け取り微笑む。
「はいはい、わかったわ。そういう約束だからやるわよちゃんと。
でも私が楽しめる戦いを見せてくれないなら前線に向かうからそのつもりでいなさいよ。」
「あぁ、そりゃあ良い。エミルと揃って引き上げるから1人で遊んで来なよ。どう踊るか見ててやる。」
こめかみに青筋を浮かべながら乾いた笑いを作るフェミナとカイネは立ち上がり、店主の必死の静止も虚しく店を揺るがす喧嘩を始めた。




