訓練といえば
ルーサーの特待生措置よりも学園において騒ぎとなったのは勿論クリフがクリスとなった事だった。
まずファンクラブに激震が走ったのは想像に難くない事だったのだが、彼女のファンクラブは元々二つあった。女生徒が中心となって運営するクリフ信者と言える集団と、表立っては行動しなかった男子によるクリフを見守る会だ。女生徒が中心となっていたファンクラブはなんとそのままクリスお姉さまファンクラブとして継続、そして一部の気持ち悪いとされていた危ない道へと突き進みかけていた男子生徒は公にファンクラブ活動をするかと見られていたのだが、何故か一度解散。そして新たに非公式ファンクラブが設立された。その裏で何があったのかは述べない事にしよう。単に救えなくなった生徒が複数名存在しただけである。
だがそのような状態でも授業は滞りなく行われる。人の趣味趣向には学園からは注意は行かないが、それを矯正しないとも明言されていないと云う所が恐ろしい。
そういった煩悩に悩む事が出来るのは体力が有り余っているからだというのが基礎訓練を担当する教官達の結論となっていたから日々のトレーニングは過酷さを増していった。
冒険者とは体力である。ジゾンの方針は慶司から課せられている内容と一致していた。
雨だろうがなんだろうが訓練は無くならない。一日に3テル(9km)のランニングと5セト(20kg)の荷物を背負った状態での歩行訓練を時間内に終了しないと次の実技の訓練には移れない仕組みとなっている。
基礎のランニングと歩行訓練を終えた者だけが午前一杯の格闘技訓練へと移る事ができ、その内容は個人で習得科目を選ぶ事が可能である。一芸に秀でる事も可能だが二次過程に進むには試験を受ける事になる為に全ての技術で合格点は取らなければならない。
そして午後になると昼食を挟んで座学の授業が始まる。寝るのは自由だが試験に合格できなければ必然として卒業が出来ないだけで自分が苦しむだけになる為授業で態々寝る馬鹿は居ない。自分が将来返却する金額が増えるだけであり、卒業できなければなんのメリットも存在しないのだから当然だろう。
また学校の規則で留年できるのは実技は基本無期限、座学での2年の教育に対して留年可能年数は1年に付き1回のみとなっている。もちろん何等かの理由があってテストが受けれないなどのトラブルに関しての救済処置はされているが、要は勉強したくない生徒は必要ないと宣言しているのだ。
その代わり通常の冒険者が銅のクラスから始まるのに対して学院の卒業者は鋼5ランクが約束されている。
だがこれは卒業者は鋼5ランクの実力がないと卒業できないとも述べているし、同時にそこまで育てると宣言しているに等しいかった。
当初は卒業と同時に銀1クラスまでにしようとしたが、卒業できない生徒だらけになる可能性が高いと意味もなくなる為に最低クラスが鋼5と決定されていた。
今日もランニングの掛け声が校庭に響く。
「イッチニ!、イッチニ!イッチニッサンシ!」
「「イッチニッサンシ、ニイニッサンシ!」」
「セイ、ダッシュ!」
「「サー、ダッシュ!」」
「セイ、ロー」
「「サー、ロー」」
「イッチニ!、イッチニ!イッチニッサンシ!」
「「イッチニッサンシ、ニイニッサンシ!」」
教官の掛け声と共にダッシュが時折組み込まれる。単純に3テル(9km)走るのと、時折ダッシュを繰り返させられるのでは疲労度が違う。半数以上の生徒は残念だがまだついていけていない。
「そんな調子で何かあった時に貴様らは地面に寝転がっている心算なのか」
「ノーサー」
「では走れ!」
「サー、イエッサー」
口汚い言葉は罵らないように心掛けて欲しいと依頼しているがつい熱が入るらしい。だが訓練自体は間違えていない、冒険者には持久力と共に瞬発力も必要となる。だがこの「サー、イエッサー」が流行ってしまったのは某映画のような軍事訓練が実際にあると慶司が訓練教官との会話で紹介したからだろう、彼は目を輝かせて「それは精神を鍛えるのにいいですな、是非採用しましょう。礼儀を教え込むのは護衛任務にも必要ですし、階級による統制にも良い影響があるでしょう」と意気込んだからだ。
まあ変な性癖が蔓延するよりはマシだと思う慶司も現在は止める事はしていない。
ファーレン冒険者学院名物となる朝日と共にやって来る地獄の伝説はこうして作られていった。
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こうした過酷な訓練ともなるとサボる者が当然のように現れる。それでは冒険者学院に入学した意味もないのだがこうした者は何故か必ず沸いて来る。蟻の社会でも必ず何%かの蟻が働かなくなるのに等しい法則なのかもしれない。
ブライアン・ワット、アッシュ・ハウマン、デニー・マッコイの三名はその何%の内でも特に顕著にサボる事をなんとも思っていなかった。それどころか悪態をついて授業内容に異議まで唱えはじめる始末。
「つーかさ、意味なくね?」
「そーそー、走っても疲れるだけじゃね」
「だよね、だよねー」
ついでに言えば座学の授業でさえ真面目に受けていないと報告が上がる程であるが、どちらかと云えば授業についていく頭脳が無いのだろうと周囲から罵られていた。
「マジ、実技だけやらせろっての」
「走り終えるまで次の訓練には移れんのが規則だ」
「ハイハイ、マジ辞めさせちゃうよあんた」
「貴様」
「オラ、手だしたりしたら外交問題ものだぜ、オッサン」
彼らの暴挙の原因はその出身、三名ともにエミリア貴族の子息で、ブライアンが侯爵家の三男、アッシュが伯爵家の次男、デニーは子爵家の次男と夫々が部屋住み予定や家を継ぐ可能性の無い子供達だった。
商家でもなんでも基本的に長子が跡取りとなる決まりがあるのがファーレンの跡目の慣習であり、次男などで新たに領地をもらえる者など少なく多くは騎士を目指すのが普通。
この三名もその例に漏れず目指すは騎士であった、だが竜王格闘杯で優勝した慶司の学校を卒業すれば騎士としても箔がつくし、万が一に騎士となれなくても冒険者の道があるだろうと彼らの親が入学をさせたのである。
外交問題だと脅されても規則は曲げない軍曹ではなくジソンの方針で一向に終わらないマラソンを嫌った彼らはとうとう授業のボイコットに乗り出した。
「チョーメンドウじゃね、そもそも走るより剣が習いたいんだよね」
「ダヨネー、俺は乗馬訓練と槍ができりゃいいや、騎士になるしさ」
「ソウソウ、走るより実際の技術を教えろっての」
「お、俺たちも出来るなら走るより技術が教わりたいよな」
「そりゃ走りこみより剣とか槍とか格闘術の方がいいよな」
「ダイタイ、意味あんのかこんなに毎日走らされてよ」
「サッスガ、ブライアン様正論を言うその正しさに痺れるっすよ」
「マジソンケイ、憧れっすわ」
「ハッ、俺が正しいのは生まれたこの血の成せる業」
「という騒ぎになっていまして」と報告に現れてくれたのはジソンと共に基礎訓練を担当しているセインだった。外交問題を笠に着て横柄な態度をとっても毅然と接していればよしとジソンにも伝えてはいたが、ボイコットまでいけば放って置く事もできまいと慶司は現場へと赴く事にした。
「オ、なんだ英雄様のご登場じゃね」
「マジトップ引っ張り出すとか凄いですわー」
「ヤッパ、器が違うんだよね」
慶司からすればこのような生徒たちに卒業して貰う義理もなければ意味も無い。即時退学処分が可能だが、屑を世に放つというのは如何なものだろうかという思いもある。中途退学者が世間様に迷惑をかけるからとかではない、人として世間に害をなすのが確実な人物を放って置くかどうかの問題であった。
「凄く元気があるね、そして、身の程も知らないようで何よりです」
「ハァ?何言っちゃってんのコイツ、ちょっと優勝したからって調子にのるなよ、こちらの方はフルトリアの侯爵家のお方だぞ、庶民が偉そうにするとか馬鹿じゃね」
「プッ、校長だぞーってか、貴族と平民が一緒な訳がないだろうが、常識で考えろよ兄ちゃん」
「ハハハ、世間に疎いのでしょうし、そう言っては可哀想でしょうから構いませんよ。前言を撤回するなら許してあげようではないですか」
「スッゲ、マジ人が出来てて吃驚です」
「ヤッバ、器でか過ぎ」
「何か勘違いでもしているようですが、この学院で貴族だなんだという生まれなど一切意味を成しませんよ、実力がある者であればその証明をすればいい」
「フッ、まったく解らない人ですね校長先生も、意味が無いから授業に反対してるんですよ」
「ほう、基礎訓練が意味が無いと君は言うんですね」
「ハッ、当たり前だろうが、こんな毎日走らされて意味なんかないだろうが、ランニングなど学びに来たのでは無いのだぞ」
「ではそうですね、私が相手をしても良いのですが、正直なところ箸にも棒にもかからないような実力のあなた方を相手に私が戦ったとしても負けて納得はしないでしょうからね、ホメロウに相手をしてもらいましょうか、グランドを互いに10周走りきった所で戦闘開始です。そのかわり周回遅れにでもなったらその時点であなた方の負けとします」
「ハッ、三対一とか舐めすぎ。だが俺らが勝ったら授業はランニング無しって事でいいんだよな」
「そうですね、それで良いでしょう、ですが負けたら特別訓練ですよ?」
「プッ、負けるわけないっつーの」
「スゲーヨ譲歩させちゃったじゃん、マジ尊敬ですよ」
非常に聞くだけで不愉快になる言葉遣いに辟易しつつもこうしてホメロウVS貴族3人という形式の戦いが開催される事になった。
「悪いね、ホメロウ」
「いえ、師匠の教えを受けた弟子としてあの輩の態度は許せないと思っておりました」
「まあ、怪我させない程度に懲らしめて」
「了解であります」
「私が担当じゃなかったのが少し悔しいです」
「私もなの」
「カミュやソフィがやってしまうと、人間として、いえ男として彼らは二度と立ちあがれなくなりますよ」
「では、わたくひが!」
「クリスも一緒ですし、まあフルトリア貴族ですからね彼ら」
「そうですか残念です」
実際のところで彼女たちでもおそらく余裕で勝つのは解っているが、同じ男として負ける事が彼らの薬になる可能性に期待をしているのも事実である。フルトリアの貴族だけに獣人に差別意識を持つ彼らの考えも正したいところなのだ。なので弟子の中でも選んだのがホメロウになった。ホメロウだけ周回数を増やしても良いぐらいの力の差があるのだが、そこで気が付けば良し、気が付かなければ罰ゲーム気分の特別訓練に放り込むまでだと慶司は軽く微笑みながらスタートの合図を行った。




