アルバイト#2
どうしてこうなった。よく言われる台詞だ、そう、後悔している者が口にする言葉としてこれほど判り易い表現は無いかもしれない。
ルーサーは何故にこの誰でも参加可能と言われる放課後訓練にたった4人しか参加していないのかという理由を体験したと云えよう。
これはルーサーがボッチだったから情報を得られなかったのではない。彼はその金銭的な責任感さえなければ可也のコミュ力の持ち主である、但し残念な理解力があるという付則が必要だが。そして情報を得ていたにも関わらず如何してだろうと疑問に思っていただけかというと、慶司も認めるその身体能力の高さ故であった。
初体験にも関わらずフリーフォール式の加速装置訓練設備のホルス2倍速度にもルーサーは軽く耐えていた。これぐらいでどうして驚愕しているのだろうかと余裕を持っていたのである。それが今回は完全に災いした。
そもそもホルスはこのメンバーだと3倍速度の高さから始められる。2倍から3倍なんてと思うのは大間違いで、ホルスが20テル/hが通常の速度で倍で40テル/h、3倍だと60テル/hとなってしまう。(1テルが3kmの計算となるので時速120kmから時速180kmの世界の違いとなれば恐怖も段違いになる。)
そして現在、慶司の作った新たな訓練道具を試しているのがルーサー達5人。3段階の難易度設定があるらしいのだが一番低い物で既に全員がボロボロというか水浸しである。
8箇所の全方向からの攻撃が次々に打ち出されるのだが全て水弾で威力は少ないが現状で30テル/hの威力で当たるので水とは云っても痛い。魔術を使用しているので打ち出しの道具に一旦光る、そしてピッチングマシンと違うのは徐々にスピードが上がって突っ込んでくる点であろう。
最高設定は100テル/hの設定らしく、現状では誰も使えないし危険だと判断された。
「水はちょっと危ないかなあ」
「そうねえ、この子達でこれだけずぶ濡れだもの」
「次回から紙の玉を使う方法に変えてみようか」
「それならもっといい方法があるかも」
「そうか、紙自体に魔術式も書き込めるか」
まだ初夏にも掛からないので濡れたままというのも悪いから一旦シャワーを浴びてきなさいと告げられて全員でシャワー室へ。ここにきて初めてクリフが男性ではなく女性のシャワー室に入った事で一同に混乱が走った。
「「「え?」」」
「あ!」
「クリフさんって……」
「女の子だったのです」
「あははは、長年男で通してきたんだけど、良い機会かなって」
「拙者気が付かなかったのだ……」
「うーん、これで数名の女子が泣き、狂いそうな男子が救われたな」
単純に嫡子がいない問題があった為にクリフ(クリス)は男装をしていたのだが、ボアード伯爵が既に死亡し領地の継承も辞退している事からクリフからクリスに戻ろうとは思っていたらしい。だが長年男として生きてきたので服も持っていなかった。そして学院に入ったはいいがどうせ日々修行と思いそのまま男装でもいいかとなってしまったというのだ。
清々しいまでにお洒落なにそれと割り切っているところはカミュと通じる物があって、即座に受け入れられてしまう。そのあたりがこの人気者集団の懐の深さと慶司の薫陶の賜物と言える。
「洋服、必要なら今度買いに行く?」
「いや、面倒だし、冒険者を目指すにしろ剣術をするにしろ男装の方が便利だからこのままで」
「それもそうですね」
非常に勿体無いなと男性人二名が心に思ったが口には出さなかったのはホメロウは姉が多くルーサーは妹が居たお陰かもしれない。心で思うのは自由だが口にだしてはいけない事もあるし勘違いを招く行為は宜しくない。
「なんだ勿体無い」
などと天然で言えるのは慶司だからである。
「まあ一着ぐらいは……」
「そうだね、せっかくだから今度皆で買い物でも行っておいで」
「はい」
「お買い物ですの」
「ここで立ち話をしててもなんだから皆で家に来るといい、食事をご馳走しよう」
「「「師匠の料理ですか!」」」
「みんなとご飯です」
「それじゃ、先に用意しているから片付けたら屋敷の方へ来てくれ」
「「「解りました」」」
ホメロウ達は慶司の料理の美味しさを知っているので大興奮、ルーサーは何が起こっているのだろうと首を傾げていた。そして全員と同じく料理を食べて驚く事になったのは当然の反応だった。
そして料理の味に驚くルーサーにも、そして食事に参加している全員にも一つの驚きがあった。クリフ(クリス)の女性という事実である。
「しかしクリフの男装は見抜けなかったな」
「生まれたときから男の子として育てられましたから」
「ちょっと吃驚したの」
「それで実家の領地を継がなかったのか」
「まあ、それもありますが、父のやった事は間違っていましたから」
「成るほど、でも子供に父親の責任はないよ」
「ええ、ですが私自身が領地をもって経営などという事に向かないとおもってますので」
「まあ良いのじゃろう、そうして己の進む道を自分で切り開くのもまた人生じゃからの」
「はい頑張ります」
「しかし、クリフがクリスと知って嘆く生徒は多いかも知れないですよ」
「そ、それは……困ったな」
「いや、案外そのまま人気が出るかも知れないさ」
「まあ主様の言うとおりそのままで人気がでる可能性は高いかもしれぬな」
「クリスは美形男子として人気があったからね」
「そこはルーサーが引き受けるか、男子の人気はホメロウとルーサー、中間がクリス、そしてカミュとソフィとなるのかな」
料理を出しながらも然程に驚いているようには見えないのが慶司らしいといえば慶司らしかった。そしてルーサーは次々に出てくる料理に驚き続ける事になる。
まだ数回だが野外訓練の一環でアドニスの教える調理実習があったのだが、そこでは生徒が作る物なので美味しい物というほどでもない。寮で食べるのもアドニス達が作るので美味しいとは思うが流石に大量の生徒に提供する料理だけに極上の料理とまでは行かない。
だが慶司の料理は王族を唸らせ、竜を虜にする魅惑の味だ。まさか年の近い尊敬する慶司といえど料理までと思っていたらトンでもない料理が並んでいた。これにはルーサーも驚愕してしまった。他の4人が嬉しがる筈だと納得していた。
そして食事後にレポートを作成し全員が提出して依頼料だよと手渡された銀貨を受け取ってルーサーは驚いた。受け取った袋には銀貨が2枚も入っていたので、最初は間違いかと思ったが明細にきちんと200リュートと明記されている。
訓練を受けて200リュートも貰っていいのでしょうかと問いかけた慶司は朗らかにこう答えた。
「それが労働の対価としてこちらが支払っていいと思える働きだったので用意したまでだよ」
そしてこう付け加えた。
「ただ毎回支払えるものでは無いのも確かだね、でも君が一人じゃなければこれよりは少ないかも知れないが今までよりは稼げる方法があると思うし、学院でもその方法は提示できるようにしよう」
慶司はこれからルーサーや一部成績の良い生徒や生活面で問題のある生徒に向けての資料作成の仕事などを斡旋する計画だよと教えたのである。マギノでも取られている制度であり必要とする生徒がいるのであれば前倒しして実行する予定であるという方針を固めたのであり、それによって多少は忙しくなるがエイミーに手伝って貰おうと丸投げする気でいる。
「そういう訳で君を特待生として迎えよう、あの訓練についてこれるならば十二分に資格はある」
実際にあの3倍の速度を体感しても乗り切れるのであればそれだけの資格はあると慶司は説明したのだ。こうしてルーサーは【遅刻王】から【特待生】の第一回採用正の一人となった。もちろん同時に訓練を受けている4人もそのメンバーに入ったのは言うまでも無いが、継続して慶司は特待生枠を増やす方針であり、運動能力以外にも選考基準を設けようと働きかけた。
それからルーサーが遅刻する事は無くなりその才能を伸ばしていく事になる。誰もが認める学園のトップ集団の一人として活躍するルーサーの事を最初は妬んだ者も居たが、あのフリーフォールの3倍速度を経験していると聞いて誰もが尊敬に至ったのはまた別の話である。




