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異世界見聞録―黒髪の青年と白銀の少女の物語―  作者: せおはやみ
トラブル・道連れ・世は情け
56/105

決勝戦 そして…

 ―洋上・貿易船―


「シャーリィ様、船室へ、体が冷えますわ」

「フフ、ミランダこの空調符を忘れたの」

「なるほど、そうで御座いました、では私もしばし此方で休憩させて頂きます」

「これはホントに便利だわ、石に刻まれた魔術懐炉はあったけど、これほど暖かくて寒さを凌げる物は無かったもの。魔力の少ない私たち人族の事まで考えて設計されてるのが凄いわよね」

「ええ、今頃は丁度竜王格闘杯(D・L・F・C)で頑張っておられるでしょう、情報は港に入った時のみですが予選を勝ち抜いたと聞いております」

「約束通り私たちが帰国したら、必ず竜族の国と国交を結ぶ為に行動を開始するわよ」

「よっと」

「ルージュさんそんなところから降りてこないで下さい、吃驚しました」

「何を言ってるんだ、警護対象なんだぞ、目を放す訳がないだろうが」

「それはそうなんですが、驚きます」

「そうなのか、ミランダは気が付いてたぞ、なあ」

「ええ、そうでも無いと私が目を離す訳がありませんわ」

「はぁ、でもどうして降りてきたの」

「いや、なに、竜王格闘杯(D・L・F・C)の事を話してたからさ」

「そう言えば同じ赤竜の牙の方が出場なさってますわね」

「ああ、姐御に弟分だ、強いけどな、どうだろう慶司の強さは別次元な気がするからなぁ」

「そうですわね、二位から下がわからないので複式は無理ですが一位予想だけは可能でしたので、お小遣いを全部かけましたわ」

「ずるいわ、そんな事してるなんて思わなかった」

「くそぉアタシも賭けりゃよかったぁ」

「お嬢様方、こんな所にいらしたのですか探しましたぞ」

「ヘンドリックは慶司様に賭けましたか」

「例の大会で御座いますか」

「そうよ、今、ミランダがお小遣いを全額慶司に賭けたと話していたの」

「なるほど、さて、私は賭け事には手を出しませんが、出場者に聖教会の聖騎士の名が御座いましたからな、流石の慶司殿も魔法なしで悪魔と恐れられる者と戦うとどうなる事か…負けるとも思いませんが」

「なんだ、そんな奴の話はアタシもしらないよ」

「北にある国の傭兵の間に広まる話ですからな…事実なのかどうかも怪しい話ですし、教会側も否定してる話ですから、出場者の中に名のあったジャック・ド・ビアンという男が同名の人物かどうか判りません。躊躇いなく笑顔で人を殺し続ける殺戮者のジャク(ホーリーリィパー)という聖騎士がいると聞いた事があります、聖教会が威信を賭けて誰かを送るとしたらその男でしょう」

殺戮者のジャク(ホーリーリィパー)か…気持ちの悪い二つ名だな」

「まぁ、でも慶司だし優勝するだろ、なにせこのアタシを子供扱いだぜ」

「そうですわね」

「そうですな、あの方が負けるとは私も想像ができません。同一人物とはかぎりませんしな、さて、船内に入って食事に致しましょう」

「はぁ、まだ三日間はあの食事なのね…」

「慶司殿の食事が懐かしいですわね、夕食には例のスープの素がありますのでそちらを使ってご用意いたします」

「お願いね」


 シャーリィ達を乗せた船は若干の遅れはあるものの順調に航海を進めていた。

 思い出深いのは慶司の用意してくれる極上の食事であった。




 ―竜王格闘杯(D・L・F・C)会場―


 本来であれば三位決定戦を行うはずだったが、カレルの負傷だけに留まらずロバートはブリガンさんによって説教の上に修行という名目で連れ去られている。

 午前の試合部分を何かで代用する必要が出来てしまった。


 早朝に呼び出され緊急会議だというから何事かと思えば出し物の相談であった。

 確かに緊急ではあるが、出場者を呼びつけるのはどうかと思う。


 第一案・グラディスによる提案

 :竜対竜の模擬戦、


 確かに客は喜ぶかもしれないが、全員から却下である。

「どうしてさ」というグラディスさんに全員で「会場が壊れるだろうが」と一斉に突っ込みが入ったのは見事であった。


 第二案・エルによる提案

 :一般参加者を募っての飛び入り参加可能な乱戦(賞金付き)

 有無を言わさず却下である。

 そんな怪我人がでる事が許可出来る訳が無い。


 第三案・エイミーによる提案

 :ゲーム大会、優勝者には賞金を出す

 考えは悪くないが来場者を全員闘技場に降ろした後が大変である。

 ゲームも慶司がアイデアを捻ったがビンゴなどでは残念な事に準備時間が足りない。


 第四案・慶司による提案

 :腕相撲大会

 残念だがこれは参加者を絞り込みきれないので却下された。

 だが腕相撲大会は今後の闘技場使用で使える為後日大会が開催される事になった。


 そして現在、全員が唸りこんでいる。

 美女たちによるマスゲーム、演舞、コンサートと意見はでるが今一つであった。

 それで盛り上がるのか?

 この一言に尽きるのである。


「これは厳しいのぉ」

「老若男女を楽しませる物でないとね」

「少なくとも過半数を楽しませる企画か」

「厳しいにゃ、これなら払い戻しの方がらくにゃ」

「払い戻し、そうかよし、その手で行こう」

「まて、払い戻しは構わんが処理が大変だぞ」

「単純に払い戻さなければいいんですよ」


 慶司の答えは簡単である、チケットは席の確保の為に全員が持っているのだ。

 これを使って抽選会を行い、商品を提供すればいいのである。

 10回ほどの抽選を行って、当選者に竜具や商店の用意出来る物、温泉の宿の宿泊などをプレゼントするのである、と同時に宣伝効果も期待できるので商品を格安で提供できるように交渉をすればいいのだ。

 竜具については問題ない、慶司がいるのだ。武具も大丈夫だろう、温泉の宿の宿泊などだが、これもグラディスが責任を持ってくれた。

 抽選は午後に回して決勝を早める事になる。

 会場の竜族や関係者に通達がされて準備が進められた。

 流石に慶司は試合があるのでエルとエイミー、それにムーサに仕事を任せて控え室で集中力を高める事にした。





 一方でジャク・ド・ビアンはいつもの通りに目覚め、神への祈りを捧げてから会場へと現れた。

 自分の勝利を疑っていない、一切迷いの無い表情である。

 彼は控え室に入ると一人瞑想に入った。

 慶司が疑問に思うジャックの不思議な強さの秘密は此処に存在した。

 ジャックが神に愛されていると思っている事こそ、彼の強さの秘密なのだ。

 しかしそれは異常な物であった。

 彼は小さい頃に聖騎士となるべく教会に預けられた。

 そして絶え間ない訓練、そして教義の違う正教会の異端を信奉する国家達や異端の騎士と戦う日々、そんな中で彼は頭部に重症を負うことになった。

 激しい戦闘が終わりジャックは救護の天幕で目を覚ました。

 夜が明けて朝日が差し込んでいる。

 不思議な事に痛みが無い。

 朝日の中に目覚めたジャックはこの体を神が与えてくれた奇跡だと感じた。

 殴られても痛みを感じない素晴らしい肉体。

 彼は神に感謝した。

 よりいっそうの訓練をする。

 敬虔な信徒として、異端を認めぬ聖騎士として頂点に立つ。

 それだけがジャックの目標となる。

 そして偶然、戦場において仲間が受けた雷撃の魔法の余波をジャックは受けて吹っ飛んだ。

 そのときである。

 彼は吹き飛びつつも周りの景色を全て見ていたのである。

 神に祝福された俺が死ぬのか、これが死ぬ瞬間に見るという景色なのか…

 そう覚悟したにも関わらずジャックは生き延びた。

 体が自然と受身を取り、引き伸ばされた時間の中で彼は戦場を駆けた。

 攻撃魔法を受けても痛みもなく、通常の攻撃ならば全て避けた。

 彼は思った、また祝福されたと。

 歓喜の表情で戦場を駆け巡った。

 だが、突然祝福は終わる事になる。

 偶々、痛みを感じない体と脳に電撃の刺激と死を覚悟した複合作用で生じた偶然なのだ。

 彼は疲労で倒れた。

 そして経験した戦場での奇跡を聖教会へと報告した。

 このように奇跡が起きて生き延びたのだと。

 最初は疑っていた司祭達であった、気がふれたのだろうと。

 戦場ではよくある事だ、殺し合いの中で発狂するもの、気がふれて精神に異常をきたす者など、よく有る話なのだ。

 だが他の騎士や兵士の話で縦横無尽に暴れ回ったジャックの活躍が報告される。

 肉体の奇跡はもしや本物かもしれない。

 だが通常でありえぬ程の時間を引き延ばす感覚の話など聞いた事も無い…

 聖教会の魔術研究機関へとその報告が届いた後に一つの命令がジャックにされる。

 神の奇跡を起こす秘術を受けよ。

 神の奇跡をまた得られる、それだけでジャックは魔術研究機関へと赴いた。

 だれも耐えれなかった人体実験という名の秘術を受けるとも知らず。

 ジャックの報告を読んだ魔術師達は動物実験から開始する。

 微量に浴びせる電撃で体に変化があるかどうか。

 それぐらいの実験など体内に魔石を埋め込んだり、魔術刻印を施す事を日常とする彼らにとって躊躇う事ではなかったのだ。理屈まではわからないが死亡したと見られる個体でも電撃を受けて体を動かすものなどが見られた。微弱な雷撃ならば死ぬ事は無いが苦痛を伴うし、また何も効果は見られない。

 だが前例が存在するのであれば実験を繰り返すだけの価値はある。

 ただ其れだけの理由で次に奴隷に対して実験がなされた。

 強すぎる雷撃だと死亡するのはわかっている、ではどれだけの雷撃の強さなら死亡しないのか。

 100人を超す実験がなされた。

 種族ごとに耐性の違いもあるがおおよその加減が判明した。

 だがジャックと同様の能力は発現しない。

 記憶障害や精神に異常をきたす者しか作り出せない。

 そして、心があるとされる心臓附近、物を認識する器官である目、など場所を変えて実験が続けられた。

 そして一人の実験台の奴隷が首に受けた電撃で早口でなにかを呟きながら死んだ。

 それからさらに実験が積み重なり後頭部の一部への圧迫と電撃が有効ではないか、と推測がなされた。

 しかし結論には達しなかった。

 被験者である奴隷は激痛に耐える事ができず、持って一日すれば死亡したのだ。

 そこで研究が中止になった。

 だがもしかしたら電撃だけを与える魔術をジャックに与えたら…

 魔術師たちは最後の望みにかけたといっていいだろう。

 そうして首筋に幾つかの魔術付与された魔石を埋め込み1時間、通常ならば痛みを感じるであろうその移植手術をジャックは施されたのである。


 奇跡は再度ジャックに宿った。

 以前ほどではないが確かに超感覚とも言える幸福感がジャックを包み込んだ。

 本来ならば解剖し、研究を行いたい程の対象だが相手は聖騎士。奴隷のように扱えない。

 また唯一の成功例として報告する義務もある。


 聖教会の上層部はこれを奇跡と認定、ただしジャックのみに与えられた聖騎士としての奇跡であり、ほかの聖騎士には適用付不可能と判断された。


 だがジャックにはどうでも良いのである。

 これは自分にのみ許された神の祝福なのだから。


 ジャックは控え室で神へと祈る。

 感謝と敬愛を込めて。

 そして竜族の治める異教の地で聖教会の威光を知らしめるべく自らの肉体の魔術を発動させた。




 ジャックが肉体内部で魔法を使ってるなどと考える竜族が居なかったのは仕方が無いと言える。

 そんな事をしたら人は死ぬのである。

 竜族が見張っていたのは攻撃魔法だけであったがこれは責める事ができないだろう。

 そして魔法を発動してるのでもない状態なのだ。

 魔石を体内に埋め込んでるなど考えもつかない。


 そして誰にも秘密を知られる事が無いままに決勝戦は始まろうとしている。


「お待たせいたしました、竜王格闘杯(D・L・F・C)決勝戦、冷酷な信仰者(アイロンフェイス)ジャック選手対不可侵領域(アンタッチャブル)慶司選手の戦いとなります。

 此処までの戦いで夫々の強さは証明済み、後は戦えばいいだけ。

 己の拳で勝利を掴め。

 第一回の優勝者の栄光を掴むのは果たしてどちらなのでしょうか。

 最強の聖騎士か、それとも最高の冒険者か、試合開始です」

「はじめっ」

「さて、始まってしまった決勝戦、お互いに慎重な出だしです。

 ジャック選手も構えており動きません、そして何時もの如く慶司選手も構えたまま動かない。

 互いに相手の出方を窺っております。

 どちらから仕掛けるのか、既に静かなる応酬が始まっています。

 下手に実況が出来ないほどの睨みあいです」


 隙はあるけど、全て誘っている。

 ジャックは打撃がないのじゃなくて、必要が無かっただけだと慶司は見ている。

 そして自分と同等かもしくは似たような技術を持っている、もしくは魔法のような物で強化されていると考えている。

 だから迂闊に飛び込まないし、飛び込めない。

 カレルとの戦いは参考になった…

 あの試合を見たからこそジャックの能力を正確に知ったとも言える。

 それが原因で不覚を取る訳でもないが、危険な存在だと思うだけと、情報が有るか無いかでは大きな違いだ。

八識無我はっしきむが】は意識・思考・知覚速度を加速する一つの技と言って良いだろう。

 これと同じ状態を強制的に行うのが【竜撃八識無我りゅうげきはっしきむが】である。

 自然に体得する可能性があるのは慶司が証明したと言ってもいい。

 元々備わっていた思考速度の高速化を竜族魔法で再現していたに過ぎないのだから。

 ここで問題になるのは互いに同じレベルの意識・思考・知覚速度を有していた場合だ。

 互いにコマ送りの世界で戦う事になる。

 そうなれば、互いの肉体の強さ、打撃の強さや技の違いが勝敗を分ける事になるのだ。

 昨日から考えてきた事である、再度確認して【流転るてん】が使えない事を祈りつつ試しの一撃を入れることにした。少なくとも【流転るてん】と同様の技があるならば蹴りにしろ打撃にしろ今までの戦いであれほど攻撃は受けないで済ませるだろう。


 間合いは五歩分、二歩目で飛び込む。その飛び込みの力を消さないように【流水りゅうすい掌破しょうは】の一撃を最短距離で放つ、どんな手を使うか判らないために速度重視である。【流水無常ノりゅうすいむじょうのかた】と違うのは拳でなく、掌底であること、そして拳での捻りを加えてないことである。

【無常ノ型】では此方が反撃を受けた場合のダメージが予想できない。

 確実にガードされるなら破壊より【掌破】の浸透する力を優先したのだ。さらに一撃を加えることも可能であるのも理由の一つだ。

 実際にこの攻撃は防御される事を前提にして放っている。


 そして実際にフェイントも入れた一撃をなんなく前腕で防御に来た。

 掌底が当った瞬間、ロバートには使わなかった追掌底を放つ。

 普通ならこれで顔を歪めるぐらいの痛みが生じる。

 実際全体重がこの手首に掛かってる一撃である。

 体格差はあるがジャックは後方へと下がった。

 しかし、表情に一切変化がない。

 感触からして、確かに完全に予測されたかの如く防御はされた、だが力を受け流されてはいない。

 にも関わらず痛みを感じていないのだ。


 肘で受け止めに来たら関節を取り投げを使うつもりで掌底での攻撃をしたのだが。

 この結果はなんだろう。


「慶司選手の一撃でジャック選手が下がりました。突如放たれた慶司選手の一撃、今までの相手はそれで沈みましたが、ジャック選手後退はしたが見事に防いだ」


 実際には防げていない、打点は最初から防御を打つ為で普通なら痛みで顔を歪めていいし、その左腕は力が入らないはずだ…

 なのに持ち上がってくるのはどうしてだろう…アドレナリンの大量分泌か、それとも何かの薬物か…


「ここでジャック選手、果敢に殴りかかった、しかし不可侵領域(アンタッチャブル)を持つ男、これを捌く、攻撃があたらない、逆にジャック選手が少なくない打撃を貰っている。」


 攻撃をさせれば危険だと判断したジャックは自ら神罰を与えるために攻撃をくりだした。

 しかし当たらない、まさかコイツも神から祝福を受けているとでも言うのか、竜族の地で学校などという物を設立した異教徒の分際で、いや、神ではなく邪神か。ならばこそ私は滅せねばならない。

 悪しき物は滅びねばならないのだ。



 捌き、できれば掴みからの反撃に移りたいが此方の動きは完全に同等の意識加速によって防がれている。

 こうなれば技術で上回り体を崩すほかに決着をつけることは出来ない。

 理由はわからないが先程から【流水りゅうすい】ほどではないにせよわき腹や鳩尾、さらには足にも攻撃は入れている。

 だが、接近先での不用意な戦いは避けたい所である。

 瞬間、ジャックの踏み込みが少し甘くなった。

 そう、一日経ってもカレルの打撃によるダメージは蓄積されていたのだ。

 膝の上を側面から、昨日数発はカレルが蹴りを叩き込んだところへ【流水りゅうすい飆脚ひょうきゃく】での一撃を放つ。蹴りの軌跡はカレルの技をトレースした。それが上半身の捻りと軸足からの捻りで加速され放たれたのである。若干【飆脚ひょうきゃく】とは異なるが体を治療してるカレルの魂を乗せるつもりで放った一撃である。


 膝をついたジャックはなぜ立てないのか理解が出来なかった。

 私の体は神に祝福されているのに、なぜ立てない…

 痛みの無い肉体、全ての攻撃を防ぐ事ができる目…

 神から与えられたこの肉体で敗北などありえない。

 何かの間違いだ…



 おそらくジャックは先天的か後天的かまでは判らないが無痛症なのだろう、だから自分に蓄積された肉体の悲鳴が聞こえないのだ。今までの戦いで攻撃をうけて平気な顔をしてるのは肉体の悲鳴に気が付いて無いだけで危険な状態なのだ。

 はっきり言ってこれ以上は戦えないだろう、膝は完全に立ち上がれる状態ではない。

 痛みを感じてないから他人への攻撃も極端だったとまでは言わないが、何かしらの理由があるはずだ。


 この時点でこれ以上ジャックが戦えないと判断しているのは慶司とグラディスのみである。

 戦おうと思えば片足で立ち上がって殴りかかれる事はできても、相手を倒す攻撃は放てない。


「これ以上は無理だよ、その体は悲鳴を上げてる」

「私の神から与えられた肉体が悲鳴など上げるはずがありません」

「いや、その足では立てない、これ以上の戦闘は貴方には無理だ、降参を」

「舐めるな、私は聖騎士、敗北など許される立場ではない、神は常に私に味方されている」

「審判、これ以上は危険だ」

「え、はいでは…」

「黙れええこの異教徒の虫けら風情がぁ、私は退かぬ、【聖炎殲滅ホーリィフレア】」

「オイッ…………()何を考えてる」

「ク…邪教の神の加護ですか、忌々しい我神の与えた赦しの炎を避けるとは、いいでしょうこうなれば私の最大の魔術を発動させてあげましょう」


 狂信、まさにそう呼ぶに相応しい体であった。

 胸から腹部にかけて魔石が複数埋め込まれ全てが魔術付与されていたのである。


「」


「ッハッハッハッハッハッハッハ燃え尽きてしまいなさい、我全力の浄化の炎でこの会場ごと消し飛べえ」


 発動した、これで異教徒は全て葬り去る。

 フフフ、我神の前に叶うものなど居ない。

 私は死んで、神の御元へと旅立つ事が赦されるのだ。

 邪神の加護を受けた男など我が魔術で消し飛んだ。

 私は世界を浄化する天使として使えよう。

 そしてまたこの世の邪教を駆逐する為に竜族も皆殺しにしなくては…


 そこでジャック・ド・ビアンの意識は途切れた。







 危機一髪、とそこまで行かなかったか、なにせ四方に竜が居たし、グラディスさんやエルも居た。

 だが一応対峙していた慶司は【竜撃ノ伍八識無我りゅうげのごきはっしきむが】を強制的に発動していた。以前ほどきつくないのは訓練の成果だろう。

 そしてジャックが魔術展開をする前にシルフィを呼び出して障壁を展開させた。

 生み出した魔術の炎を操って消し去る事も考えたが先ず他の人間の安全を優先。

 発生した魔術による炎を鎮火させて幸悦に浸るジャックを後ろから首を押さえて気絶させた。


 流石に極大の魔術を行使したとは観客も気付かない、それだけ慶司の対応は早かった。

 事象の上書きこそが魔法の原理である、魔術では一度発動したのちはコントロールがされていない。

 現れる炎を現れる速度をもって温度変化させて消したのである。

 流石に即時に殺してしまうのは避けた。

 闘技場での魔術使用、一撃目は流石に消せないで避けただけだったのだ。既に手遅れではあるが競技大会で殺害はまずい。始末をつけるにしろ国と国の問題がある。

 それらの理由があって気絶させたのだ。

 無ければ心臓を貫いてでも発動を止めていた。


(慶司殿、助かった、色んな意味でな)

(いえ、それより上手く誤魔化して下さい)

 グラディスさんが思念で実況のエレンさんに伝えている。


「おっと、余りの出来事に呆然としてしまいましたが、審判の判定に納得がいかなかったジャック選手抗議の魔法を発動したが、認められず、そこを慶司選手が即時に失神させて確実な勝利を手にしました、第一回竜王格闘杯(D・L・F・C)優勝者は我が都市に新たな風を吹き込んだ不可侵領域(アンタッチャブル)のケイジワタラセェ、沈着冷静、まさに冒険者最強の男です。この方の作る私立ファーレン冒険者学院には興味が沸きます、4年後、この大会が行われる時には是非また防衛者として参戦して頂きたい、そして今日までの素晴らしい戦いをもう一度見せて頂きたい、皆様、そう思いませんかっ」

『『『ウォォォォオ』』』

「ケイジッ、不可侵領域(アンタッチャブル)

「ケイジッ」

『『『ケイジッ、ケイジッ、ケイジッ』』』

「この会場の観客全てがもう一度この素晴らしい戦いを繰り広げた王者を称えています」


 おい、さすがに煽りすぎだろ。

 手を振っておくか…


『『『ウォォォォオ、ケイジ、ケイジ』』』


 頭が痛い…

 でもまあこれだけ盛り上がればいいか…


「それでは皆様、御案内しておりました抽選会を始めたいと思います、商品はなんと、今世間では品切れ続出のあの、竜具のセットが竜具屋から提供されております。さらに、この地が誇る最高級スパリゾートホテルグラディスより三泊四日とエステチケット。かの有名なドレスムントの名工が作った武器。さらに今大会の王者であるケイジワタラセの直筆入りの胴着が用意されます」


 直筆だとっ、聞いて無いぞ。

 ていうかホテルグラディスって何、経営してたのかっ。


「なんと此処で新情報を頂きました、竜具開発はこの王者の手によるものとの事、これは驚きです。

 女性が喉から手が出るほど欲しがっている竜具の開発まで手がけていた、一体何処まで私たちを喜ばせるのでしょうかっ」


 そこまで宣伝しろと言ってないぞ…


「そして、この竜具開発で得た資金で冒険者学校を設立したそうです、驚きの余りなんと表現したら良いのか全く言葉になりません、感謝を送りたいですねっ」


『『『ケイジ、ケイジ、ケイジ』』』


 暫くの間歓声は止む事が無かった。

 表彰式を終えて抽選会も終わって闘技場だと目立つということで庁舎の一室で話し合いをすることになった。

 問題のジャックについてである。

 既に魔術は付与自体を上書きして意味を成さないように消してある。

 魔石を取り出すのは人体にどのような影響があるか判らないし、疲労してる体に負担がかかる為取りやめたのだ。

 しかし、気が付いたジャックは廃人のようにうわ言を呟くだけであった。


「これは、酷いもんじゃな」

「自分で自分を殺す魔術を発動したからな、当然だろう」

「そうですね、最後には恍惚とした表情でした」

「幸せな夢をみてるじゃろうが…教会へ届けてやるしかないのかのぉ」

「そうだな…だがこの魔術付与は…いかんぞ」

「恐らくですがこの首のあたりにも痕跡がありますから…人体実験をしてますね」

「何の為に此処までするのか…」

「我等にはわからぬなぁ」

「送り返しても実験か処分されるでしょうね」

「いっそ殺してやったほうが慈悲じゃな」

「かもしれない、だけどそれはこの状態にした俺がやるよ」

「うむ、主様に任せよう」

「構わないのか」

「ええ、俺のエゴです、任せて頂けませんか」

「判った、苦しまずに逝かせてやってほしい、どれだけ狂おうが守るべきだった人という存在だ」

「守られる側にも自覚と責任はありますよ」

「そうじゃな」

「そうなんだがな、まったく愚かしい話だな」


 慶司はジャックの体の温度を操って凍らせた。

 何も感じず緩やかに死を迎えた。


 後日、ジャックの死亡は魔術使用による暴発とし聖教会には伝達される事になる。

 実際に闘技会場で魔術を発動させた事も聖教会は間者から報告を受けていた為抗議はされなかった。

 頑なに遺体の要求がされたが荼毘に付したため不可能と返答がされた。




 ―竜王格闘杯(D・L・F・C)打ち上げ会場―


 会場となったのは言わずと知れた学校の一室である。

 所狭しと机の上には料理が並べられている。

 前回の落成式とは違って今回は身内のみである。

 挨拶に来たがったものもいたが今回は遠慮願っている。

 一緒に住んでるエル、エイミー、カミュ、ホメロウ、アドニス夫妻。

 グラニエスから、グラディス、フェリエス、ガウェイン、エレン。

 赤竜の牙で、キャサリン、カレル。

 そして大会関係者としてムーサ、グルテン、メルク、ミシェル、シュタイン。

 これだけ揃えば十分に楽しいし騒がしい。

 それに明日からの事で頼まないといけない事が多数あるのだ。


「それでは慶司さんが第一回竜王格闘杯(D・L・F・C)王者になった事を祝って乾杯」

「「「乾杯」」」

「師匠、おめでとう御座います」

「師匠、私たちも師匠のように強くなります」


 そう祝いの言葉を述べてくれたのはホメロウとカミュ。


「明日から数日は居ないけど、きっちり訓練をつんでおいてね」

「どこかへ行かれるのですか」

「うん、遅くとも春までには戻る気ではいるよ、学校の事もあるから」

「そうですか…」

「一応ここで訓練するもよし、ドレスムントで修行の続きをするものでも構わないさ」

「できればこちらで」

「はい、こちらの施設があるほうが助かります」

「うん、わかったじゃあ暫くの間校舎の管理も任せるから頼むね」

「「はい」」

「アドニスさん達も宜しくお願いします」

「任せておけ、その間に屋外食のレシピなんかを充実させておく」

「楽しみにしてますね」

「新しいケーキや団子とかも覚えますね」

「はい、何か面白いものができたら教えて下さいね」


「ガウェインさんにフェリエスさん、明日は宜しくお願いします」

「おう、慶司殿此奴らのことなんて呼び捨てでかまわぬよ」

「流石にそれは」

「いえ、ア私如きがお役に立てますにゃら」

「ハッ我等如きがお役に立てますなら光栄です」

「まあ、主様は妾の旦那さまじゃ、呼び捨てのほうが二人も気が楽というものじゃぞ」

「うーん、そうなのか、じゃあガウェイン、フェリエス宜しくお願いするね」

「「ハハッ」」


 どうにも呼び捨ては慣れないなぁ。


「いやぁ慶司、いい戦いだったな、最後はちょっと吃驚したがな」

「さすが姐御に勝っただけあるぜ、あの男を倒すなんてな」

「いや、実はカレルさんの攻撃で大分疲労してたんですよ」

「そうか、やっぱりな、うん」

「コイツにそんな事いったら調子にのるじゃないか…馬鹿なんだから」

「ッフッフッフ照れよってからにのぉ」

「んなぁ、違うぞ」

「それはそうと、暫くルージュさんをお借りします」

「ああ、大丈夫だ、この手紙を持ってってくれ」

「有難う御座います」

「まぁアンジェリカの方にも私から連絡しておくよ」

「宜しくお願いします」

「あらあら、ここに最強の冒険者が勢ぞろいですわ」

「ミシェルさん、すいません今回は無理を言って」

「いえいえ、用意は私ですが根回しはシュタイン代表に丸投げですわ」

「ハハハ、吃驚しましたがね、これが竜聖母様からお聞きしたカードです、特注品でして

 被せるだけで全てが鋼ランクの高位から銀のランクで構成されているように見えます」

「お手数をおかけしました」

「なんの、今回の大会に学校と此方が世話になりっぱなしですからな」

「さすが、慶司殿ですな」

「メルクさんも無理をお願いしましたが助かりました」

「なんの、私は設計図通りの荷車を作っただけですし、箱のような物を用意したに過ぎません」

「いえ、先程見てきましたがいい出来具合でした」

「気に入ってもらえたら嬉しいですな、あの仕組みは馬車の常識を変えます」

「ええ、是非取り入れて下さい」

「特許は私の方で申請しておきますので、書類を後日送らせて頂きます」

「すいません」

「なんだ慶司、また何か作ったのか」

「そんな事は無いですよといいたいですが、少し荷車の改造をお願いしたんです」

「メルク殿もたいへんだな、ッハッハッハ、アタシもだけどな」

「ムーサ殿の忙しさに比べたらまだまだですよ」

「慶司に忙しくさせられてるってんなら俺をも同列だな」

「いや確かに、グルテンさんにも無理をお願いしてすいません」

「まあそういいながら三人とも楽しいんだがな、ッハッハッハ」


 陽気に笑ってくれてるが製作に流通、販売と三人には無理をお願いしてる。


「それで明日から暫くは国外なんだな」

「ええ、ちょっと知り合いになった人達を助けに」

「まぁどうせまた鴨葱で(トラブルに)突っ込むんだろ」

「そうですね。今回は確実に突っ込む事になりますけど、元々突っ込んでますから」

「ハハハ、全く懲りない奴だ」


 全員にお願い事のお礼を言って慶司達も食事をすませ、宴もたけなわではあったが解散をして明日に備える事になった。

 状況はわからないが出来れば先回りしてシャーリィ達を待っていたい。

 例の黒竜化する魔素の件もなにか情報がつかめるかもしれない。

 シルフィへのお願いも済ませたし、明日移動して驚かせるぐらいでいいと思う。

 二人で風呂に入ってからベットに入った慶司とエルは互いに抱き合って朝を迎えた。

 久しぶりすぎてエイミーが耳栓を忘れたのは悲しい出来事だったとしか言いようが無い。


 そして慶司達三人は次なる目的地、ブルトン王国へと向かう。


 シャーリィ達と合流する慶司達はどんな事件に巻き込まれるのか。

 異世界見聞録を読んでくれて有難う御座います。

 此処までが2章でした。

 この先慶司達はブルトンへと向かってさらに行動範囲を広げて行きますので楽しみにして頂ければと思います。

 更新してない物語も少し進めますので更新は少々遅れるかもしれません。

 出来る限り更新しますので応援宜しくお願いします。


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