本気の一撃
―竜聖母の神殿―
「はぁ、私も竜王格闘杯見たいですわ…」
一人でお茶を飲みながらマリシェルは呟いていた。
リヒトサマラからの届け物である、これを飲むと心が落ち着くのだ。
先程、黒竜化の変異魔素が突然発生して慶司が討伐してくれたと連絡が入った。
シルフィの連絡で内容を確認したのだが、まさか慶司の移動方法が精霊界を通り抜けるといった魔法だとは思わず聞きなおしたぐらいだ。
理論を聞けば出来そうな魔法ではある、しかし実際そこを通るかどうかとなれば躊躇いが生じる。
さすが異世界から転移してきただけはあるのかと感心してしまった。
だが同時に心配もしたのだ…
「まったく、エルさんもこの子もいるのに無茶をしますわ」
だが、慶司が竜族の為に体を張って事態の悪化を防いでくれたのは、この子の為かもしれないわねとマリシェルは思う。
またお礼を考えなければ…
前回は護衛のランクを上げる事ぐらいしか功績に報いる事もできなかったもの。
とりあえず、この偽造カードの件は了承してっと。
何がいいかな…マリシェルは慶司へのご褒美を考えながら団子を頬張った。
―竜王格闘杯会場―
慶司達が会場を訪れたのは昼ご飯を食べてからであった。
午前中は昨日の敗者による五位決定戦が行われ、予想通りキャサリンさんが勝利していた。
そして満員の観客が見守る中、準決勝が開始される。
準決勝 第一試合
カレル :一撃必殺
:虎紋族 :男性:赤竜の牙
VS
ジャック :冷酷な信仰者
:人族 :男性:神殿聖騎士団
「準決勝、第一試合がまもなく始まります、一撃必殺か、それとも冷酷な信仰者が勝つのか、これまでの戦いからはどちらが有利なのか全くわかりません。
これまで打撃で全て粉砕してきたカレル選手の攻撃は通用するのか。
全ての攻撃を耐え凌ぎ相手を倒したジャック選手の耐久力が勝るのか。
この勝負の行方は戦いが終わるまで誰も予想がつかないでしょう。
掛け率も互いに互角、勝負の決め手になるのは果たして何でしょうか。
さあ、両者が闘技場中央に揃いました。試合開始です」
「はじめっ」
「テメエはタフそうだからな…一撃で倒せるとは思っていないさ」
「カレル選手、距離をとってからの下段」
「全ては神のご意志である」
「ハッ偽者の神様崇めてりゃ勝利するってか、セィ」
「無駄です、貴方は神に愛されていない」
「オレは姐御に愛されてりゃそれでいいんだっよっ」
「おっとここで大胆にも思いをぶちまけたカレル選手、ですが闘技場を見つめるキャサリン選手は暴れだしそうだぞ」
「キャサリンさん、落ち着きましょう」
「放せって、あの馬鹿締めなきゃ」
「試合中ですからっ」
「楽しい事になってるじゃないか」
「グラディスさん、ちょっと煽らないでくださいよ」
「大丈夫です、姐御、オレは優勝して姐御に相応しい男になる」
「ぅぅぅ」
「ふむ、どうやら想いは伝わったようじゃの、応援してやるがよいぞ」
「ガルルルッ」
「……どうして俺が止めないといけないんだろうか」
「照れ隠しで暴れようとしてるだけさ、大人しく戦いを見てな」
昨日の戦いのようにカレルはジャックの足を狙い続けている。
しかし、同じ箇所には当たらない、むしろ誘導されている。
「畜生っ、しぶとい足だな」
「貴方の攻撃は神に愛された私には効きませんよ」
蹴っているカレルの方が先に足を痛めてる。
信じられないが打点をずらしてるのは間違いない、カレルは足の甲を使って鞭のようにしなる蹴りである。それをジャックは足の脛の部分を場所を変えながら受けている。
少しづつだがカレルの攻撃速度が落ちてくる。
「カレル、お前の下段はそいつに有効じゃねえ」
「姐御、チッ」
前蹴りで近づいてきたジャックを防御ごと吹き飛ばして距離を取った。
鳩尾を狙った一撃だったがジャックの反応速度に単純な一撃は入らない。
痛めた足の甲をかばって脛で蹴りにいく、しかし蹴りの威力も落ちる上に距離が近づきすぎて掴まれかける。
カレルの眼つきが変わった、次の一撃はなにか仕掛けるようだ。
例の技か、それともルージュさんのような技か…
放たれたのは飛び込んでの下段に見せかけた踏み込み、防御箇所を変えるには一瞬だが確実にそちらに注意が行く。通常ならそこで回し蹴りぐらいだろうが、勝負を賭けたカレルの一撃は踏み込んだ右足で飛び上がってからの側面から襲う踵で相手の側頭部を狙った。
初見で躱のは厳しい一撃だったはずだ。
それをジャックは躱してみせた、しかも体制を崩したジャックを迎撃までしたのだ。
肩を使ってのタックルで吹き飛ばして、上に多いかぶさって拳の連打だった。
手加減がない。
「やめえい」
止めを差そうとする一撃を止めにはいったのは俺より早く飛び込んだキャサリンさんだった。
「それまで」
(シルフィ、肉体回復の魔術符の効果を上げてきて)
(わかりました)
「やはり神に愛されて居ない者など相手ではない」
「テメエ、殺す気でやりやがっただろ」
「勝負とは死の危険があるものだ」
「キャサリンさん、それよりもカレルさんに付き添ってあげて下さい」
目で訴える。それしかできないが、コイツだけはゆるさせない、明らかに殺す気で殴り続けていた。
気を失ってる相手を平然と殴り続ける、知らなかった、気がつかなかったと言い訳はできる。
だから失格にするわけにもいかないだろうが、こいつは知っててやっている、それを優勝させる訳にはいかない。
準決勝 第二試合
ロバート :華麗な騎士
:人族 :男性:白竜騎士団
VS
慶司 :不可侵領域
:人族 :男性:白銀の翼
カレルの血痕がふき取られ、闘技場に慶司が上がった。
エルに声を掛けられるまで怒りで一杯だったが、なんとか平常心を保てた。
そして目の前に対峙したのが常に笑顔のロバートである。
そして、彼は高らかにこう告げてきた。
「渡良瀬慶司、貴様を私は認めない、この勝負、私が勝てばエルウィン様と別れてもらう決闘だぁ」
思わずエルの方を振り向いた。
エルもなに言ってるんだコイツはという表情である。
だがエルのことをエルウィン様と呼ぶのは知り合いだけだろう。
というか、失礼な男である。
「お~っとっ突然のグディグッディの横恋慕発言、これはなんだ、三角関係それとも痴情のもつれかぁ…あっえっとすいませんはい」
グラディスさんが睨みつけて司会を黙らせてくれてよかった。
聞いてたらムカっとしてしまったのである。
「主様、その無礼者は殺ってよし」
「慶司殿我も許可しよう、殺るといい」
許可が下りたが、大会中なのが残念な限りだ。
流石に殺るのは不味いだろう
「そもそも、そこの貴様は誰じゃ」
「そ、そんな、生涯お守りするとお誓いいたしましたのに」
「こんな馬鹿がいたら爺やが黙ってないはずなんじゃがなぁ」
「父は関係ございません」
「「「父?」」」
「なんだお前、ブリガンの息子か、それがどうして妾の主様に対して歯向かう」
「ブリガンの息子なのか、クックック、笑わせるな」
「………で、誓いがどうした」
「主様、妾は知らんぞ、というか顔さえ初めてみるのじゃ」
「そんな、成人の挨拶の折に誓いを…」
「執事神の息子がこんな勘違い野郎だったのは知らなかったぞ、クックック」
「要するに、思い込みの激しい嫉妬男の暴走ってことでいいの」
「妾も覚えておらぬ相手じゃしなぁ、勝手に勘違いされても困るのじゃ」
「そういえば白竜騎士団の団長も白銀の翼を捜してるって噂を聞いた事があった」
「奥様に横恋慕するような輩は成敗あるのみですぞ」
「そうです、師匠と奥方様の愛の邪魔は徹底排除すべきです」
「勘違い男は始末するにゃ」
「私は勘違い男ではない…この愛は不滅です」
「主様よ、やはり殺ってくれ、気障すぎて気持ちが悪いぞ」
「慶司殿、ブリガンにはアタシからも説明しよう、コイツはお仕置きが必要だ」
「何が何やら判りませんが、準決勝第二試合開始ですぅ」
実況の人も困惑してるが仕様が無いだろう。
この状況は想定外だ。
しかしだ、ようするに、ロバートは竜が人の姿をとっただけってことか。
どうりで強いはずだ、という事は【流水】使っても大丈夫だよな…
なんでこの男からの表情で苛っとするのかも腑に落ちた。
嫉妬の眼差しが気に食わなかったのだ。
「はじめっ」
「この私の愛を拳に乗せて貴様を打ち砕く」
しつこい、というか気障するぎる。
極限まで集中してるから、竜族の攻撃だろうが止まって見える、お仕置きだ。
左手で相手の右拳を避けて襟を絡めて右足の踏み込みで体を低くもぐりこまる。
右足の飛び込みの力を、左足からの踏み込みで腰へと送り返しながら捻りの力へと変質させる。鳩尾に右腰からの掌底が当たる瞬間に腰の回転が終了する。
左手で引き込み放つ右の掌底である。
ロバートの体が吹っ飛びたくても押さえているので飛んでいかない。
【流水流転・掌破】
流れる水が転じて岩を砕くように、攻防一体から放つ一撃で、人相手なら内臓にダメージが残る一撃である。
「グディグッディの体が浮いたぁ、そして決着、準決勝第二試合は一撃で決まってしまったぁ、勝者は白銀の翼、冒険者学院の校長にして不可侵領域、ケイジワタラセェ」
ロバートは悶絶してから気絶した。
あとでブリガンさんに謝っておこう。
「よかったなぁエルウィン、本気の一撃だったぞ(ウリウリ)」
「主様が強いのは当たり前じゃ、ニュフフ」
「流石だにゃ、愛の邪魔は滅びたにゃ」
「「師匠、お見事で御座います」」
「それにしても体が浮いたのに飛んでいかなかったな」
「そう言えばそうじゃな」
「え、うん吹き飛ばないようにした方が一撃が重く入るから、でも手の捻りも追掌打も入れてないから手は抜いたよ」
「本気で怒らせると旦那は怖いな」
「うむ、手加減がないな」
そう言わないで欲しい、相手が竜族じゃなきゃこんな攻め方は流石にしないぞ。
気が付いたロバートを待ち受けていたのはブリガンによる説教だったのは言うまでもない。
修行にでてると感心していた息子がまさかの大失態、一撃で敗れて気絶までさせられたのである。
ブリガンは謝る慶司に対して逆に平謝りであった。
ロバートは納得の行かない様子だったがブリガンには逆らえないのか黙っていた。
その様子を見てさらにブリガンさんがロバートの後頭部を叩く。
「本当にどうしようもない息子でして」
「納得してくれたら良いんですけどね」
「私は、クソなぜ人族如きに…」
「逆立ちしててもお前じゃ慶司様に勝てぬわ、この馬鹿息子が、修練の為にと修行の旅にだして白竜騎士団の団長も務めて見込みもあると思ったが、実力の違いが判らぬのか」
「だが親父、竜体だったら」
「この馬鹿者が、竜体で勝負しても貴様は一撃も入れずに倒されるわ、しばし貴様は白竜騎士団から離れて扱き直してくれる」
「ゲッ…」
「お主は修行で出ておったが既にワシが慶司様と手合わせして一撃で敗れておるわ、この未熟者が、歴然とした力の差を感じれぬとは何を修行しておった」
「こやつの大会様子をみるに、人からちやほやされ過ぎたんじゃろう、爺や後は頼むぞ」
「お任せを、腐った根性は特訓にて叩きなおします」
こうしてロバートは悲鳴を上げながら引き摺られて行った。
地獄のような特訓が待ち受けているらしい。
いつか優秀な執事の後継者となってくれる事を祈る。
本気で戦ったのが嬉しかったのかエルはずっと腕を組んだまま離れない。
「フフフ、焼きもちを妬いてくれたのは嬉しかったぞ」
「そんな事を言うのはこの口か、てい」
「お湯が口に入るのじゃ、ていてい」
二人で仲良くお風呂に入りながらじゃれあう。
温泉を利用した浴室は最高のリラックスタイムだった。
だが明日は決勝戦、対戦相手はジャック・ド・ビアンである。
試合を見る限り手加減のできる相手ではない。
慶司は明日の戦に備えて眠りに就いた。




