第98話 十日後の便り
北部へ向かった使者からの一報が届いたのは、それから七日後のことだった。
「ダニエルとフィン、両名の身柄を確保。健康状態は良好、間もなく王都へ移送予定」
短い文面だったが、その一文がもたらした喜びは、伯爵邸の一室に集まった一同の胸を、深く揺さぶった。
「本当に……本当に、良かった」
ミアは何度も文面を読み返し、そのたびに目を潤ませた。四年間、行方も分からなかった二人の若者が、ついに帰ってくる。
「サリーさんには?」
レオの問いに、リリアンが頷いた。
「早馬で、すでにお知らせしてあります。ブライアーウッド村では、村を挙げての大騒ぎになっているとか」
「僕らも、村に戻った方がいいかもしれない」
レオが呟くと、ガイウスが頷いた。
「ダニエルたちが王都に到着すれば、まずは事情聴取や治療が必要になるだろう。だが、その後は──村に帰りたいはずだ」
「なら、僕らが付き添おう。王都からブライアーウッドまで、一緒に」
それから更に十日。ダニエルとフィンは、王城での聴取と簡単な治療を終え、ようやく旅立てる状態になった。
王都の門で、レオたちは二人と初めて顔を合わせた。四年の労役で痩せ、頬はこけていたが、その目には、確かな生命の光が宿っていた。
「あなたたちが……噂の」
ダニエルと名乗った青年が、掠れた声で言った。
「灰の館から助け出してくれたって、聞きました。ありがとう、ございます」
「礼を言うのは、まだ早いよ」レオは微笑んだ。「本当に感謝すべきは、あなたたちの母親の勇気だ。地図と徽章、彼女が僕らに託してくれなければ、何も始まらなかった」
フィンの方は、まだ言葉少なだった。だが、その目に浮かぶ感情は、誰よりも雄弁だった。
馬車が街道を進み、見慣れた景色──エルバン村を経由してブライアーウッドへと向かう道のりの中、ダニエルは少しずつ、これまでのことを語り始めた。
「最初は、本当に、仕事があるって言われて……王都で働けば、家族に仕送りできるって。信じちゃったんです、俺たち」
「契約書には、サインを?」
「はい……でも、あの時は文字が読めなくて。何て書いてあるかも分からないまま、言われるがままに」
レオは奥歯を噛んだ。まさに、これこそが物語の始まりだった。文字が読めないという、ただそれだけの理由で、人生を狂わされる人々がいる。
「灰の館では、何を?」
「最初は、雑用でした。それから……偽物の証文を、書かされるように」
ダニエルの声が沈む。
「俺たちの字は、まだ拙かったから。それを利用されて、村の帳簿を書き換えさせられて。断ったら、家族に何かする、って脅されて」
フィンが、初めて口を開いた。
「火事の夜、覚えてます。書庫に、火を、つけろって言われて……逆らえなかった」
その告白に、馬車の中が静まり返った。四年前の火災は、やはり彼らの手によるものだった。だが、それは決して、彼ら自身の意志ではなかった。
「お前たちのせいじゃない」
ガイウスが、静かに、しかしはっきりと言った。
「命令されて、逆らえない状況に追い込まれていた。それを罪に問うつもりは、王家にもない。すでに確認済みだ」
ダニエルとフィンは、驚いたように顔を上げた。四年間、ずっと重荷を背負い続けてきたのだろう。その荷が、少しだけ軽くなったのが、レオにも分かった。
「──もう一つ、聞いていいですか」
ダニエルが、恐る恐る尋ねた。
「その後、逃げようとしたんです。でも、失敗して……北部の採石場に、送られました。あの時、誰も助けに来てくれなくて」
その言葉に、レオは胸が締めつけられる思いがした。
「ごめん。もっと早く、気づいてあげられれば良かった」
「いえ……」ダニエルは首を振った。「あなたたちがいなかったら、俺たちはずっと、あそこにいたはずです。それだけで、十分です」
馬車は、夕暮れの街道を進み続けた。ブライアーウッドまで、あと半日ほどだった。




