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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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第97話 見つかった名前

 灰の館の事件から三日が経った。王城の調査団による本格的な捜索が続けられ、隠し部屋から押収された証拠品の分析が進んでいた。


 伯爵邸の一室に、レオ、ミア、ガイウス、ノア、エマ、そしてリリアンが集まっていた。机の上には、分厚い報告書の束が積まれている。


「まず、良い報せから」


 リリアンが一枚の書類を手に、静かに切り出した。


「押収された記録の中に、労役に就いた者たちの移送先を記した台帳がありました。そこに──ダニエルとフィンの名前が」


 ミアが息を呑んだ。


「生きて……!?」


「はい。四年前、彼らは灰の館から、王国北部の採石場へ移送されたと記録されています。厳しい環境ではあったようですが、生存の確認が取れました。今、王城から救出のための使者が向かっています」


 部屋の中に、堪えきれない歓声が上がった。ミアは両手で顔を覆い、肩を震わせている。


「サリーさんに……サリーさんに、知らせなきゃ」


「もちろんです」リリアンは頷いた。「ただ、再会には少し時間がかかるかもしれません。北部までは片道十日ほど。心の準備をしていただくためにも、まずは無事だという一報だけでも、早馬で村に届けましょう」


 レオは胸に込み上げるものを感じながら、ミアの肩に手を置いた。


「良かったな、本当に」


「うん……うん」


 ミアは涙を拭いながら、何度も頷いた。ブライアーウッド村を最初に訪れたあの日から、ずっと気にかけ続けてきた名前だった。


「西方三村の被害者たちは?」


 ガイウスが尋ねると、リリアンは別の書類を取り出した。


「ミルバンクを含む三村、合わせて十二名が、同様の手口で連れ去られていたことが判明しました。うち七名は今回の救出で保護済み。残る五名についても、記録を基に捜索が進められています」


「十二名……」


 ノアが呟く。九つの村どころではない被害の広がりに、誰もが言葉を失った。


「グレイフィールド家については?」リリアンが続けた。「エドマンド氏の身柄は王城で拘束され、正式な取り調べが行われています。先代当主──ウィリアム・グレイフィールド氏についても、関与の有無が調査中です」


「あの家系図に載っていた人物ですね」


「ええ。ただし、こちらは慎重な調査が必要です。名門貴族の家督問題も絡みますから、バロウズ侯爵の件以上に、時間がかかるかもしれません」


 ガイウスが腕を組んだ。


「王家としても、これだけの規模の不正を見過ごすわけにはいかないだろう。エルバン、ソルヴィンの一件がなければ、今回の発覚もなかったかもしれない」


 その言葉に、レオはふと、これまでの道のりを振り返った。辺境の小さな村で始めた寺子屋が、村を変え、隣村を変え、そして今、王国の闇の一端を暴くところまで繋がっている。


「──キットは、今どうしてる?」


 レオの問いに、リリアンが柔らかい表情になった。


「保護施設で、他の被害者の方々と一緒に過ごしています。身寄りがないようなので、今後の身の振り方については、王城でも検討中です。ただ──」


「ただ?」


「彼、あなた方のことをずっと話しているそうですよ。『文字を教えてくれる人たちがいる』と」


その言葉に、レオとミアは思わず顔を見合わせた。




 数日後、レオとミアは保護施設にキットを訪ねた。日差しの差し込む中庭で、キットは他の子供たちと一緒に座っていた。以前よりも、幾分か顔色が良くなっている。


「レオ様、ミア様」


 キットが駆け寄ってくる。以前の怯えた表情とは違う、まだぎこちないながらも、確かな明るさがあった。


「元気そうだな」


「うん……あの、聞いた。ダニエルとフィン、見つかったって」


「ああ。もうすぐ、村に帰れるはずだ」


 キットの目に、また涙が滲んだ。だが今度は、安堵の涙だった。


「あのさ」レオはしゃがみ込み、キットと目線を合わせた。「もし良かったら、なんだけど。文字、ちゃんと教えようか。市場での手紙、拾い読みできたのは、たいしたものだったよ」


 キットは目を丸くした。


「……教えて、くれるの? 俺、館の下働きしかしたことなくて、何も出来ないのに」


「文字は誰にでも学べる。年齢も、生まれも関係ない。僕がそれを、一番よく知ってる」


 キットは少しの間、黙り込んでいた。それから、小さく、けれどはっきりと頷いた。


「──教えて、ほしい」


 その声には、四年間押し殺してきた何かが、ようやく解き放たれたような響きがあった。


 ミアが優しく微笑んだ。


「じゃあ、決まりね。次の生徒、増えたわ」


 中庭に差し込む陽光の中、レオはふと、辺境のエルバン村で最初にミアに文字を教えた日のことを思い出していた。あの小さな一歩が、今ここまで続いている。




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