第96話 灰の館、崩れる
エドマンドの姿を目にした瞬間、周囲の空気が一段と張り詰めた。松明の炎に照らされたその顔は、これまでレオたちが知っていた「調査官カーライル」の穏やかな仮面とは、似ても似つかなかった。
「アルダート家の四男、それに──伯爵家のご嫡男まで、直々にお出ましか」
エドマンドは吐き捨てるように言い、ガイウスへと視線を移した。
「田舎の寺子屋遊びに飽きて、今度は盗賊の真似事か」
「盗賊はどちらだ」
ガイウスが剣を構えたまま、一歩前に出る。
「四年前の火災、消えた若者たち、そして今夜運ばれてきた七人。すべて、貴様の差配だろう」
エドマンドの口元が、皮肉げに歪んだ。
「証拠は? 貴様らが持っているのは、しょせん写しに過ぎまい。それに──」
彼は周囲を見回し、館の使用人たちが遠巻きにこちらを窺っているのに気づくと、声を張り上げた。
「グレイフィールド家に対する言いがかりだ! こやつらは不法侵入者だぞ、捕らえろ!」
だが、誰も動かなかった。使用人たちは互いに顔を見合わせるばかりで、剣を抜く者は一人もいない。
「……無駄だ」
ガイウスが静かに言った。
「衛兵隊は既に、館の主要な出入り口を制圧している。お前の『供』たちも、大方は投降したそうだ」
エドマンドの表情が、初めて揺らいだ。
「まさか……」
「ミルバンクの村長が証言した。西方三村の被害内容、貴様の名も含めてな。それに──」
ガイウスは懐から一枚の紙を取り出した。焼け残った家系図の写しだ。
「王城の記録保管所に眠っていた、お前の本当の名だ。エドマンド・グレイフィールド。四年前の火災は、証拠隠滅のための放火だったこともすでに調査が進んでいる」
エドマンドの顔から、血の気が引いていった。だが、それも一瞬のことだった。すぐに、追い詰められた獣のような、剥き出しの表情に変わる。
「──それがどうした」
彼は懐から短剣を抜いた。
「証拠が揃おうと、俺を裁ける者などいない。グレイフィールド家がどれほどの家か、貴様らには分かるまい」
「エドマンド!」
その時、レオが前に出た。ガイウスが制止しようとしたが、レオは構わず続けた。
「お前が消し去ろうとした村は、九つどころじゃない。ダニエルとフィンも、今夜助け出した七人も、みんな人だ。お前の家の都合で、消していい命なんて一つもない」
「──貴様に何が分かる」
エドマンドの声が、初めて震えた。
「俺は、この家に生まれた瞬間から、こうするしかなかった。父の商いを継ぐしかなかった。それの、何が悪い」
「悪いさ」
レオは一歩も引かず、真っ直ぐにエドマンドを見据えた。
「継ぐことが悪いんじゃない。人を傷つけてまで、それを続けたことが悪いんだ」
一瞬、エドマンドの目に、迷いのようなものがよぎった気がした。だが、それもすぐに、憎悪の色に塗り替えられる。
「──綺麗事を」
エドマンドが短剣を構え直したその時、館の奥から、衛兵たちの声が響いた。
「グレイフィールド様! 書庫の隠し部屋、確保しました! 証拠品、多数!」
その報告に、エドマンドの体から、力が抜けていくのが見えた。膝からくずおれるように、短剣を取り落とす。
「……終わり、か」
ガイウスが静かに歩み寄り、剣を鞘に収めた。
「終わりだ。だが、これで終わらせるかどうかは、これからのお前次第だ」
衛兵たちがエドマンドを取り囲み、連行していく。その後ろ姿を見送りながら、レオは詰めていた息を、ようやく吐き出した。
「レオ様!」
背後から声がした。振り返ると、キットが館の方から駆けてくるところだった。
「終わった……本当に、終わったの?」
「ああ」レオは膝をつき、少年と目線を合わせた。「もう、怖がらなくていい」
キットの目に、涙が滲んだ。四年間、あるいはそれ以上、この館に囚われていた少年が、初めて見せた本当の涙だった。
夜が明ける頃、灰の館には王城から派遣された調査団が到着し、隠し部屋の証拠──品帳簿、契約書、そして数十の徽章──がすべて押収された。ダニエルとフィンの消息についても、館の記録から手がかりが見つかるかもしれない、という一縷の望みが繋がった。




