第95話 裏門の攻防
日が沈みかけ、空が茜色から紫へと変わっていく頃、レオ、ミア、エマの三人は灰の館を見下ろす丘の茂みに身を潜めていた。
「東側の裏門、キットが言った通りだ」
レオは双眼鏡代わりに借りてきた望遠鏡を覗き込みながら呟いた。森に面した裏門は、確かに他の門よりも警備が薄い。だが、それでも見張りが二人立っている。
「衛兵はまだ?」
エマの問いに、レオは首を振った。
「リリアンさんが動いてくれてる。でも、正式な出動には時間がかかるって」
「じゃあ、私たちだけで……止めるの?」
ミアの声に、隠しきれない不安が滲む。レオは自分自身にも言い聞かせるように答えた。
「止めるんじゃない。時間を稼ぐ。荷馬車が来たら、できるだけ引き延ばす。その間に、衛兵か、兄上たちが到着してくれれば」
「引き延ばすって、具体的にどうやって……」
その時、森の奥から、車輪の軋む音が微かに響いてきた。三人は同時に息を呑んだ。
「来た」
暗がりの中、幌をかけた荷馬車が一台、ゆっくりと裏門に近づいてくる。御者台には二人の男。荷台は幌で覆われ、中の様子は見えない。だが、時折、微かに人の声のようなものが漏れ聞こえた。
見張りの一人が、荷馬車を確認しながら門を開ける。
「予定通りか」
「ああ、七人分だ。西方の三村から集めた」
七人。レオの拳が震えた。
「エマ」レオは小声で言った。「さっき教えた通り、頼めるか」
エマは頷き、両手を組んで小さく呪文を唱えた。彼女の魔力は決して強くはない。だが、小規模な火種や煙を操ることには長けている──先日の陽動作戦で見せた通りだ。
「──今」
エマの手のひらから、小さな火花が飛び、裏門近くの茂みへと落ちる。パチパチと乾いた葉が燃え始め、細い煙が立ち上った。
「な、なんだ!?」
見張りの一人が声を上げる。もう一人が慌てて駆け寄り、踏み消そうとする。
「今のうちに」
レオとミアは茂みを抜け出し、身を低くしたまま裏門に近づいていった。荷馬車の陰に滑り込み、幌の隙間から中を覗き込む。
薄暗い荷台の中、縄で縛られた数人の人影があった。若い男女、恐怖に強張った顔。その中の一人と、レオの目が合った。
「……静かに」
レオは唇に指を当てた。相手は驚きながらも、微かに頷く。
「今、助ける。少しだけ待って」
ミアが素早く縄を解きにかかる。だが、その時。
「おい、そこで何をしている!」
見張りの男の一人が、消えかけた煙の向こうから、こちらに気づいた。
「くそ、邪魔が入ったぞ! 誰か呼べ!」
館の方から、複数の足音が響き始める。レオは焦りながらも、縄を解く手を止めなかった。
「ミア、あと何人」
「三人……いえ、もう二人!
荷台の後方から、縛られていた人々が次々と地に降り立つ。だが、その一人が足をもつれさせ、転倒しかけた。
「大丈夫か!」
レオが咄嗟に支える。その隙に、見張りの男が抜刀し、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
「レオ!」
エマの叫び声。だがレオには、剣の心得などない。前世でも、今世でも。
──万事休すか。
そう思った刹那、暗闇の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「そこまでだ」
馬蹄の音とともに、月明かりの中に浮かび上がったのは、剣を構えたガイウスの姿だった。その後ろには、ノアと、数名の衛兵らしき人影も見える。
「兄上……!」
「間に合ったか、どうやら」
ガイウスは剣を構えたまま、見張りの男を睨みつけた。
「アルダート伯爵家の名において、この場を確保する。武器を捨てろ」
見張りの男は、突然現れた騎馬の集団に怯み、後ずさった。館の方から更に人が駆け出してくる気配がしたが、ガイウスの背後の衛兵たちが素早く展開し、館の裏門を制圧していく。
「衛兵隊、間に合ったんですね」
レオが問うと、ノアが馬から飛び降りながら息を切らして答えた。
「ミルバンクの村長が、ついに口を割ったんだ! 西方三村の証言が取れて、それを持って王城に駆け込んだら、思ったより早く動いてくれた!」
レオは荷台から助け出した人々を見回した。恐怖に震えながらも、皆、無事だった。
「良かった……間に合った」
安堵で膝から力が抜けそうになる。だが、その時、館の方角から、聞き覚えのある声が響いた。
「──随分と、賑やかなことだな」
暗闇の中に、エドマンドが姿を現した。その顔には、もはや取り繕う余裕もない、剥き出しの憎悪が浮かんでいた。




