第86話 地下書庫への道筋
キットが描いた見取り図を囲みながら、一同は声を潜めて相談を始めた。
「地下書庫への入口は、厨房の奥にある食料貯蔵庫からだ」キットが枝の先で地面をなぞる。「普段は鍵がかかってるけど、鍵は厨房の梁に掛けてある。誰も気づいてないと思うけど」
「よく知ってるな、そんなこと」
ノアが感心すると、キットは少し得意げに鼻を鳴らした。
「下働きは、館のことなら隅々まで知ってる。誰も俺たちのことなんか気にしてないからな」
「今夜、警備が厳しくなるということだったが」ガイウスが腕を組む。「具体的にはどの程度だ」
「いつもは裏口に見張りが一人だけ。でも『若様』が来る夜は、表と裏、両方に二人ずつ立つ。あと、館の中を巡回する奴もいる」
「つまり、正面突破は論外ということね」
ミアが冷静に整理する。レオは地面の見取り図をじっと見つめた。
「厨房から書庫まで、途中で人目につく場所は?」
「食堂を突っ切る必要がある。でも、あの時間なら『若様』たちは応接間で食事してるはずだから、多分空いてる」
「多分、というのが不安な言葉だけどな」
ノアがぼやくと、キットは肩をすくめた。
「絶対なんて、この稼業に無いんだよ」
計画の骨子が固まってくると、ガイウスが一同を見渡した。
「よし。侵入は最小限の人数で行う。レオ、お前とミア嬢の二人だ」
「え、僕?」
「文字が読めれば十分な仕事だ。書庫に忍び込んで、証拠になりそうな書類を探し出す。それ以上の人数は、逆に目立つ」
「じゃあ、俺たちは?」
ノアが不服そうに尋ねると、ガイウスは真面目な顔で答えた。
「お前とエマ嬢は、外で見張りを頼む。何か異変があれば、この合図で知らせろ」
ガイウスがポケットから取り出したのは、小さな呼子笛だった。ノアがそれを受け取り、試しに吹こうとする。
「待て、今は吹くな!」
「わ、分かってるって!」
慌てて口から離すノアに、エマが呆れたようにため息をついた。
「ノアくん、緊張感のある場面で、一番信用ならないの、あなたかもしれません」
「酷くない!?」
一同の間に、束の間の笑いが漏れた。張り詰めた空気の中でも、こういう軽さが不思議と皆の緊張をほぐしてくれる。
「私は?」キットが少し不安げに尋ねた。「案内、まだいるだろ?」
「キット、お前はここで待っていろ」ガイウスが穏やかに言った。「これ以上お前を巻き込むわけにはいかん。もし失敗が発覚すれば、真っ先に疑われるのはお前だ」
「でも……」
「大丈夫」レオがキットの肩に手を置いた。「必ず、ダニエルとフィンの手がかりを持って戻ってくる。それと、お前のことも」
キットは一瞬驚いたように目を見開いた後、小さく頷いた。
「……分かった。信じるよ、教師さん」
日が傾き始め、木立の影が長く伸びる頃、一同は最終確認を終えた。付け髭はすでに剥がしたレオが、改めて自分の格好を見下ろす。
「この格好のまま忍び込むのは、さすがに無理があるよな……」
「厨房の裏に、下働きの予備の服がある」キットが言った。「サイズは合わないと思うけど、暗闇なら誤魔化せる」
「贅沢は言えないな」
やがて日が完全に沈み、灰の館の窓に明かりが灯り始めた。表と裏、それぞれに見張りの人影が立つのが遠目にも見える。
「時間だ」
ガイウスの声に、一同は静かに頷き合った。灯りを広げる旅は今、最も危うい一夜を迎えようとしていた。




