第84話 灰の館への道
王都の裏通りを抜け、辻馬車を三度乗り継いだ頃には、すでに日が高く昇っていた。地図に示された場所は、貴族街の外れ、鬱蒼とした木立に囲まれた一角だった。
「……本当にこんな場所に、貴族の隠れ家があるのか?」
ノアが訝しげに周囲を見回す。表通りの華やかさとは対照的に、この辺りは廃れた空気が漂っていた。
「表向きは、もう使われていない別邸ということになっているらしい」ガイウスが地図を確認しながら言った。「だが、村長の話では、夜になると馬車の出入りがあると聞いた」
「つまり、日中は誰もいないふりをしてる、ってことね」
ミアが侍女の恰好のまま、木立の間を注意深く進んでいく。付け髭のレオがその後に続きながら、思わずぼやいた。
「この髭、暑いし痒いし、正直集中できない……」
「我慢しろ。お前の顔は目立ちすぎる」
「兄さんこそ、その革鎧、動きにくそうだけど大丈夫?」
「お前より百倍マシだ」
軽口を叩き合いながらも、一行の足取りは慎重だった。やがて木立の向こうに、灰色に煤けた古い館が姿を現した。窓は板で塞がれ、庭は雑草に覆われている。一見して、確かに廃屋にしか見えない。
「これが……灰の館」
エマが緊張した面持ちで呟いた。薬師見習いの恰好で、手には申し訳程度の薬草籠を抱えている。
「エマ、その籠、中身空っぽだけど大丈夫か」
「い、一応それらしく見せるための小道具です……」
「まあ、それらしくは見えてるな」
館の周囲を一周してみるが、表からは人の気配は感じられない。だが、裏手に回ったところで、ノアが小さく声を上げた。
「見ろ、これ」
裏口の扉の前、地面に新しい馬車の轍の跡が残っていた。しかも、まだそれほど時間が経っていないように見える。
「最近、確かに誰かが出入りしてる」
ガイウスが扉に近づき、慎重に取っ手を確かめた。鍵はかかっていないようだったが、彼はすぐに手を止めた。
「待て。正面から押し入るのは危険だ。罠の可能性もある」
「じゃあ、どうする?」
その時、館の裏の物置小屋から、ガサリと物音がした。一同が一斉に身構える。物置の扉がゆっくりと開き、中から現れたのは──煤だらけの顔をした、痩せこけた少年だった。
「……誰だ、あんたら」
警戒しきった目で睨みつけてくる少年に、レオはとっさに両手を上げて見せた。
「怪しい者じゃない。ただの旅の商人だ。この辺りで道に迷ってしまってね」
「嘘つけ」少年は鋭く言い返した。「その髭、明らかに付け物だろ。それに、そっちの女、侍女にしちゃ姿勢が良すぎる」
一同が思わず顔を見合わせる。ノアが小声でぼやいた。
「……変装、意味なかったんじゃね?」
「静かに、ノア」
レオは付け髭を諦め、ゆっくりと剥がしながら少年に向き直った。
「正直に言う。僕たちは、四年前にこの近くで消えた二人を探している。ダニエルとフィン、という名前だ」
その名を聞いた瞬間、少年の顔から警戒の色がわずかに揺らいだ。
「……その名前、知ってる」
「本当か!?」
ミアが思わず身を乗り出す。少年は物置の陰にちらりと目をやってから、声を潜めて言った。
「ここじゃ話せない。誰かに見られる。……ついてこい」
少年は踵を返し、木立の奥へと歩き出した。一同は顔を見合わせた後、無言で頷き合い、その後に続いた。付け髭を握りしめたまま、レオは静かに呟いた。
「……この髭、結局何の役にも立たなかったな」
「レオ、そこ気にするところじゃないだろ」
ノアの突っ込みに、緊張の中にもわずかな笑いが漏れた。灰の館の裏手、木立の奥へと続く小道の先に、四年越しの真実が待っているのかもしれなかった。




