第83話 変装作戦、始動
「灰の館へ向かうにあたって、まず問題がある」
翌朝、応接間に集まった一同を前に、ガイウスが腕を組みながら切り出した。
「相手はすでに我々の顔を知っている可能性が高い。特にレオ、お前の顔は王都で知らぬ者がいないほど有名だ」
「それ、褒められてるのか貶されてるのか分からないんだけど」
「事実を言っているだけだ。堂々と近づけば、向こうはすぐに警戒して尻尾を隠す」
ミアが顎に手を当てて考え込む。
「つまり……変装が必要ってこと?」
「察しがいいな」
その言葉に、真っ先に目を輝かせたのはノアだった。
「変装! 面白そうじゃん!」
「面白がる話じゃないだろ……」
レオが呆れる間もなく、ガイウスは使用人に指示を出し、屋敷の衣装部屋から様々な服が運び込まれてきた。
「まずレオ、お前は――」
「僕は?」
「商人に化けろ。地味で目立たない格好が向いている」
「地味って、それ本当に僕に対する評価?」
「事実だと言っているだろう」
不服そうなレオをよそに、次はミアの番だった。
「ミアさんは、貴族令嬢の侍女という設定でいきましょう」リリアンが助言する。「品はあるけれど、目立ちすぎない立場ですわ」
「分かりました」
「エマちゃんは、旅の薬師見習いなんてどうかしら」
「わ、私が薬師なんて務まるでしょうか……」
「大丈夫、知識さえあれば見た目はどうとでもなるものよ」
そして、最後にノアの番になった。ガイウスが少し考え込んでから、彼に手渡したのは――やけに派手な、貴族の三男坊風の衣装だった。
「お前は、成り上がりの商家の跡取り息子ということにする」
「え、俺だけ扱いが違わない?」
「お前は目立つ方が、逆に怪しまれない。堂々と胸を張って、生意気な小僧を演じろ」
「それ、地じゃないか」
エマが思わず突っ込むと、ノアが心外そうに声を上げた。
「エマ、それは酷くないか!?」
「事実でしょう?」
「ぐぬぬ……」
一同が着替えを終え、応接間に再集合すると、そこには見事なまでにちぐはぐな一団が出来上がっていた。地味な商人風のレオ、控えめな侍女姿のミア、おどおどした薬師見習いのエマ、そして妙に堂々とした成金風のノア。
「……なんというか、統一感が皆無だな」
ガイウス自身も、商家の護衛という設定で地味な革鎧を纏いながら、呆れたように一同を見渡した。
「兄さんだって、その恰好、全然伯爵家の人間に見えないよ」
「それが狙いだ」
「レオ様」リリアンがくすくすと笑いながら、最後の仕上げとばかりに、レオの顔に薄っすらと付け髭を貼り付けた。
「な、なにこれ!?」
「これで完璧ですわ。誰も王都で噂の教育特区の英雄だとは気づきません」
鏡に映る自分の姿を見て、レオは思わず頭を抱えた。付け髭のせいで、どう見ても胡散臭い薬売りにしか見えない。
「……本当にこれで大丈夫なのか」
「大丈夫だって!むしろ、いつもより面白い顔になってるぞ!」
ノアが腹を抱えて笑い出すと、エマとミアも我慢しきれずに吹き出した。張り詰めていた緊張感が、久しぶりに笑いに包まれる。
「みんな、笑ってる場合か……」
そうぼやきながらも、レオ自身、鏡の中の自分の姿がおかしくて、思わず口元が緩んでしまった。
「よし」ガイウスが仕上げとばかりに手を叩いた。「これなら、少なくとも一見で正体を見破られることはないだろう。灰の館までは馬車を使わず、徒歩と辻馬車を乗り継いで向かう。尾行の有無も確認しながらだ」
「了解」
一同が屋敷を出る間際、玄関でエレノアが見送りに出てきた。息子たちの奇妙な変装姿を見て、目を丸くする。
「あら……レオ、その髭、とってもよく似合っているわよ」
「母上、それ絶対本音じゃないですよね」
「うふふ、内緒よ」
くすくすと笑うエレノアに見送られながら、一同は変装のまま、静かに屋敷を後にした。灰色の空の下、灯りを広げる旅は、思いがけない喜劇的な一幕を挟みながらも、着実にその真相へと近づいていた。




