第82話 記録保管所の番人
翌朝、王城の記録保管所へと向かう一行は、思いのほか難関にぶつかることになった。
「申し訳ございませんが、貴族家の家系図の閲覧には、正式な許可証が必要です」
窓口に座る初老の役人は、眼鏡の奥から一同を一瞥すると、にべもなくそう告げた。ガイウスが伯爵家の紋章入りの書状を差し出す。
「私はアルダート伯爵家長男、ガイウス・フォン・アルダートだ。閲覧許可はこちらに」
「はい、伯爵家のご子息であることは存じ上げております。ですが、グレイフィールド家に関する記録は、四年前より閲覧制限がかけられておりまして」
「制限……?」
「はい。理由は存じ上げませんが、上からの指示でして」
役人はすまなそうに肩をすくめた。ノアが横から身を乗り出す。
「四年前って、ちょうどダニエルとフィンが消えた頃と同じじゃないか」
「偶然、とは思えないな」
ガイウスが眉根を寄せる。だが役人はあくまで規則を盾に取り、頑として譲らなかった。
「規則は規則ですので……」
そこで、意外な人物が助け舟を出した。
「あら、ガイウス様。こんなところで何をなさっているの?」
振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。王都編で公聴会に関わった記録官の一人、リリアンだった。
「リリアン殿! ちょうどよかった、力を貸してほしい」
事情を聞いたリリアンは、少し考え込んだ後、悪戯っぽく微笑んだ。
「閲覧制限がかかっているのは事実ですが……正式な『調査』であれば話は別ですわ。ちょうど、内務省から『組合事件の関連調査』として、追加の資料請求が来ていましたし」
「それは……」
「もちろん、偶然の一致ということにしておきましょう」
リリアンはウィンクをして見せると、役人に何やら耳打ちした。役人は渋々といった様子で、奥の書庫へと案内を始める。
「ありがとうございます、リリアン殿」
「レオ様の噂は、王都でも大変な評判ですもの。少しくらいの融通は利かせないと」
ミアがくすりと笑った。
「レオ、あなた本当にどこでも顔が利くのね」
「僕じゃなくて、内務省の調査のおかげだよ……」
書庫の奥、埃をかぶった棚の間を進んでいくと、リリアンが一つの箱を取り出した。
「これが、グレイフィールド家の記録です。ただし──」
箱を開けると、中の書類の大部分が、何かの理由で焼け焦げたように破損していた。
「四年前の火災で、記録の半分近くが失われているんです。当時は『不慮の事故』とされていましたが……」
「不慮の事故、ねえ」
ノアが疑わしげに呟いた。あまりにも都合の良いタイミングだった。
それでも、焼け残った書類の中に、一枚の古い家系図の断片が見つかった。ウィリアム・グレイフィールドの名の下に、幾人かの子息の名が連なっている。その中の一人の名前に、レオは目を留めた。
「エドマンド・グレイフィールド……」
「エドマンド?」ミアが息を呑む。「カーライルの下の名前と、同じ……」
「まさか、カーライル自身が──」
その時、書庫の奥から物音がした。一同が振り返ると、慌てて逃げるように立ち去る人影が、扉の向こうに消えていくのが見えた。
「誰だ、今の!」
ガイウスがすぐさま追いかけようとしたが、廊下の角を曲がった頃には、すでに人影は消えていた。残されたのは、床に落ちた一枚の紙切れだけ。拾い上げてみると、そこには乱雑な文字で、こう書かれていた。
「これ以上探るな。灰の館には近づくな」
書庫に、重い沈黙が落ちた。
「レオ、これは……」
「向こうも、僕たちの動きに気づいてる、ってことだ」
ガイウスが紙切れを握りしめながら、低く唸った。
「面倒なことになってきたな」
その横で、ノアがぽつりと呟いた。
「にしても、逃げ足だけは速かったな、あいつ」
「ノア、こんな時に呑気だね……」
「いや、緊張感なさすぎるのも良くないだろ。誰かが茶々入れないと、みんな辛気臭くなるじゃんか」
その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。エマが小さく吹き出す。
「ノアくんのそういうところ、今回も助かってます」
「だろ?」
軽く胸を張るノアに、ミアも思わず笑みをこぼした。緊張と謎が深まる中、それでも仲間たちの笑顔だけは、灯りのように消えていなかった。
「さて」ガイウスが紙切れを懐にしまいながら言った。「相手が本気で警告してくるということは、我々は正しい方向に進んでいる証拠だ。明日、『灰の館』へ向かう」
窓の外、王都の空にはすでに星が瞬き始めていた。




