第80話 伯爵家、再び
王都のアルダート伯爵邸に到着すると、真っ先に出迎えたのは意外な人物だった。
「レオ様! お帰りなさいませ! ……って、あら? また随分と汚れた恰好で……いえ、それより、この馬車、ちょっと臭くありません?」
出迎えの侍女が、遠慮のない一言と共に鼻をつまんだ。ノアが慌てて自分の服を嗅ぐ。
「え、俺、そんなに臭う?」
「ノア、三日間馬車の中で干し肉ばっかり食べてたからじゃない?」
エマが容赦なく指摘すると、ノアはがっくりと肩を落とした。
「仕方ないだろ、保存が利くんだから」
「レオ様方はこちらでお待ちを。ガイウス様にお伝えして参ります」
侍女が屋敷の奥へ駆けていく間、玄関ホールで待つ一同を、通りすがりの使用人たちがちらちらと覗き見ていた。中には「あの噂の……」「教育特区の……」と、こそこそ囁き合う声も聞こえる。ミアが小声でレオに耳打ちした。
「レオ、あなた、王都でちょっとした有名人になってるみたいよ」
「勘弁してほしいな……」
そうこうしているうちに、荒々しい足音と共にガイウスが姿を現した。
「レオ! 手紙も寄越さず、いきなり来るとは何事だ!」
開口一番の叱責に、レオは思わず身をすくめた。だが次の瞬間、ガイウスはレオの肩を掴み、まじまじと顔を覗き込んだ。
「……多少は逞しくなったか。相変わらず貧相な体つきだが」
「兄さんも相変わらず口が悪いね」
「口が悪いのはお前の方だ。実の兄に向かって」
軽口の応酬に、ミアたちがくすくすと笑いをこぼす。ガイウスはそこでようやく、レオの後ろに控える一同に気づいた。
「して、その顔ぶれは。急に押しかけてきたということは、また面倒事の匂いがするな」
「勘がいいね、兄さん」
「お前が涼しい顔で王都に現れる時は、大抵ろくでもない話だ。四年前の失踪事件だの、正体不明の貴族の紋章だの……」
「まだ何も言ってないのに」
「顔に書いてある」
ガイウスはやれやれと額を押さえながら、応接間へと一同を案内した。歩きながら、ふと思い出したように振り返る。
「そうだ、父上と母上にも顔を出せ。特に母上は、お前が来ていると知ったら、確実に──」
その言葉が終わる前に、廊下の奥から華やいだ声が響いた。
「レオ! 帰っているって本当なの!?」
エレノアが小走りにやってくる勢いに、ガイウスがぼそりと呟いた。
「ほら、来た」
「レオ、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べているの? まあ、この方たちが噂のお仲間ね! ミアさん、いつも聞いていますよ、レオがどれだけお世話になっているか──」
「母上、まだ挨拶も済んでいないのに、質問攻めは酷ですよ」
ガイウスが割って入るが、エレノアは意に介さず、あっという間にミアの手を取って話し込み始めた。ノアがレオにこっそり耳打ちする。
「お前の母ちゃん、めちゃくちゃパワフルだな」
「昔からああなんだ……」
エマだけが少し離れた場所で、貴族邸の豪奢な装飾に目を丸くしていた。
「す、すごい……天井にまで絵が描いてある……」
「エマ、口開けすぎ。鳩が入るぞ」
ノアの茶々に、エマは慌てて口を閉じ、真っ赤になった。
ひとしきりの騒がしい再会が落ち着いた頃、ようやく一同は応接間の椅子に腰を下ろした。ガイウスが真剣な表情に戻り、腕を組む。
「さて。改まって聞こうか。今度は何の面倒事だ」
レオは懐から地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「兄さん、『W.G.』という印に、心当たりはある?」
ガイウスの顔から、一瞬にして軽口の色が消えた。




