第77話 消えた笑み
一瞬の沈黙が広場に落ちた。カーライルの顔から笑みが消えたのは、ほんの数秒のことだったが、レオはその変化を見逃さなかった。
「……何のことでしょうか。存じ上げませんね」
すぐに取り繕うような笑みが戻ってきたが、明らかに先ほどまでとは質の違うものだった。声の端に、微かな硬さが残っている。
「そうですか。失礼いたしました」
レオはあえてそれ以上追及せず、静かに頭を下げた。ここで問い詰めても、カーライルは決して口を割らないだろう。むしろ、こちらの手の内を明かすだけになる。
「では、お気をつけて。またお会いすることもあるかもしれません」
「ええ……そうですね」
カーライルは馬車に乗り込みながら、一瞬だけレオの方を振り返った。その目には、値踏みするような鋭さと、わずかな警戒が入り混じっていた。馬車が走り去る土煙を見送りながら、ミアがそっとレオの隣に立った。
「レオ、大丈夫? かなり際どい賭けだったと思うけど」
「賭けだったよ。でも、確かめたいことがあった」
「確かめたいこと?」
「あの人が本当に何も知らないなら、『W.G.』なんて聞いたこともない印の話をされても、ただ困惑するだけのはずだ。でも……」
「怒りに近い反応だった」ノアが後を継いだ。「あれは、痛いところを突かれた顔だ」
村長が深く息を吐いた。
「つまり、あの男は本当に、四年前の事件と繋がっている、ということか」
「断定はできません。でも、繋がりを疑うだけの根拠はできました」
レオは懐から徽章と手紙をそっと取り出し、灯りにかざした。四年前の失踪、重ね書きされた帳簿、貴族の家紋を思わせる印──一つ一つはまだ点でしかない。だが、点は少しずつ、線になろうとしていた。
その夜、レオたちは村長の家に集まり、これまでの手がかりを整理した。
「W.G.……頭文字だけじゃ、王国中の貴族を洗うようなものだな」ノアが紙に文字を書き殴りながら唸る。
「でも、手がかりはある」エマが静かに言った。「この意匠、どこかで見た記憶がある気がするの。王都に行った時──」
エマの言葉に、レオははっとした。王都編で目にした無数の紋章、貴族たちの馬車、書類の数々。あの時見た何かが、記憶の奥に引っかかっているのかもしれない。
「エマ、思い出せそうか」
「まだ、はっきりとは……。でも、王都に戻れば、確かめる方法があるかもしれません」
窓の外、月明かりが静かに村を照らしていた。ブライアーウッド村での出張授業は、思いがけない形で、また新たな謎への入り口を開いてしまったようだった。
「レオ」ミアが静かに口を開いた。「私たち、このまま先に進んでいいのかしら。ダニエルとフィン、それに今のカーライルのこと……村の外まで広がる話になってきてる」
レオはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「進もう。知ることをやめれば、サリーさんはずっと真実を知らないままだ。それに──」
レオは徽章を握りしめた。
「知は、逃げ隠れする者にとって、一番厄介な光になる。だったら、僕たちはその光であり続けるべきだ」
灯りを広げる旅は、村から村へ、そして今、静かに王都へと再びその針路を向け始めていた。




