第75話 フィンの母
朝靄がまだ残る中、レオたちは村長に案内され、村外れの小さな家を訪ねた。木戸を叩くと、しばらくして白髪交じりの女性が顔を出した。彼女の目には、長年の心労が刻まれているようだった。
「村長さん……それに、噂の先生方も」
「サリーさん、朝早くにすまない。少し、フィンのことを聞かせてもらえないか」
その名を聞いた瞬間、サリーの表情がわずかに強張った。だが、彼女はゆっくりと戸を大きく開け、一同を招き入れた。
「……いつかは、誰かが聞きに来ると思っていました」
小さな居間の壁には、二人の若者が並んで笑う古い肖像画が飾られていた。一人は快活そうな青年、もう一人は物静かな目をした青年。
「左がダニエル、右がフィンです」サリーは肖像画を見つめながら言った。「あの子たちが消えて、もう四年になります」
レオは木箱の中身を差し出した。手紙を見た瞬間、サリーの目に涙が滲んだ。
「これは……フィンの字だわ。間違いない」
「サリーさん、当時のことを、覚えている範囲で構いません。教えていただけますか」
サリーは震える手で手紙を撫でながら、ゆっくりと語り始めた。
「あの年の冬、村に一人の男が来ました。名乗りは違いましたが、物腰は今のカーライルという人と、よく似ていた気がします。『王都で、記録係の仕事がある。読み書きのできる若者を探している』と……」
「読み書きのできる若者、ですか」
ミアが息を呑んだ。当時のブライアーウッド村で文字を読める者は限られていたはずだ。
「ダニエルとフィンは、旅の商人から独学で少しだけ文字を覚えていました。村では珍しいことで……それを、あの男に見込まれてしまったんです」
サリーは涙を拭いながら続けた。
「二人は喜んで王都へ向かいました。でも、出発の前の晩、フィンだけがこっそり私のところに来て言ったんです。『母さん、もし何かあったら、村長さんを頼って』って。あの子は、何かを感じ取っていたんだと思います」
レオは徽章を手に取り、サリーに見せた。
「これに、心当たりは?」
サリーは徽章をじっと見つめ、やがて小さく首を振った。
「いいえ……でも、そういえば、あの男の馬車にも、似たような印が入っていた気がします。今まで思い出せなかったけれど」
その言葉に、レオとノアは顔を見合わせた。W.G.――組合でも、子爵家でもない、第三の勢力の存在が、少しずつ輪郭を帯び始めていた。
「サリーさん」レオは静かに、しかしはっきりと告げた。「約束はできません。でも、必ずダニエルとフィンの行方を追います」
サリーは深く頭を下げた。その肩が、小さく震えていた。
家を出た後、村長がレオに向き直った。
「先生……本当に、大丈夫なのか。相手はグリンウォードよりも、さらに得体の知れない相手かもしれない」
「だからこそ、です」レオは静かに答えた。「知らないままにしておく方が、もっと危険だ」
遠くで、馬車の車輪の音が聞こえた。カーライルが、村を発つ準備をしているようだった。




